帝国編:第二話 運命の二人
一行は出てきません。
かつて無力な女がいた。ただその女は珍しい精霊の力を持っていた。それがこの女の不幸の始まり。
女は「時」が見えた。しかしそれ以外はただの女だった。はじめは皆、重宝した。都合のよい「時」を見ているうちは。
しかし見える「時」はいいものばかりではなかった。それは当たり前のことだったが、不幸を何かのせいにしてしまうことは簡単であるがゆえに皆はそれを彼女のせいにした。それが幸福の始まり。
女はやがて村が困窮しだすと真っ先に人買いに売られた。珍しい精霊に愛された人間は好事家の間では重宝される。そのときにはもう彼女の心は冷え切っていた。
彼女の買い手は辺境領の領主。放蕩者でみな、手を焼いていた。できるだけ彼の気を長く引く「玩具」が必要だった。そこで買われたのが彼女だった。
領主は彼女の力より笑わないそのことに興味をもった。彼女を笑わせるためにあらゆることをした。これは彼に仕えるものにとって大きな誤算であった。出費が一向に減らなかったのだから。
何をしても笑わぬ女に業を煮やした男は彼女を殺そうとした。このとき、初めて彼女は笑って。心底幸福そうに笑った。
それをみた領主は衝撃を受けた。殺されるときになって笑うなんてこの女はなんと不幸な人生を歩んできたのかと。そのときにはもう遅く。彼は彼女に恋していた。それが彼女の転落の始まり。
彼のやさしさに触れるにつれ少しずつ彼女の心は癒えていった。そしてついには彼女は彼と結婚し、双子を出産した。赤毛と金髪の双子だった。彼女は母親になった。
母親は愚かだ。子供のためを思いどんな愚かなことも簡単にやってしまう。母親は村を出てから一度も使わなかった力を使った。それがどのようなものだったかは彼女しか知らない。出産まもなくに力を使ったためか母親の体調はくずれ床に伏しがちになった。
双子の名は月と太陽の精霊の名前からつけられ、シンシアとエオスと名づけられた。二人の容姿とは逆の名前をつけ、運命に抗おうとしているかの様だった。その名に皆不思議がったが母親はこの名を変えようとはしなかった。
ある日母親は赤子を抱えて森に来ていた。人の立ち寄らぬ魔の森。そこに住む奇矯な人々の住まう村に。
「この子をよろしくお願いいたします。この子はこれから長き後、苦難に見舞われるでしょう。でも私はそんな運命に抗いたい。そのためにどうかこの子を育ててやってくれませんか?お願いいたします。」
「・・・わかりました。お預かりいたしましょう。」
赤毛の幼子は母親の顔も知らぬまま、森の民となった。
「どうか幸せに。あなたは強く生きて。私には何も・・できないの。ごめんね。・・・ごめんね。」
母親は馬車が森を抜けるまで森のほうへ謝り続けた。何度も何度も。
その十年後、母親は息を静かにひきとった。名をカレンデュラ。「慈愛」「別れの悲しみ」「乙女の美しい姿」「失望」の花言葉をもつ花の名である。32歳の若さであった。
母親がなくなってからというもの父親は酒びたりになり、母親によく似た金髪の娘を溺愛した。それから一年後、後を追うように父親は死んだ。娘はそんな父親を見てこう思っていた。「こうはならない」と。私は誰も好きにはならないと。常に感情に流されず自身を制御しようと。彼女に貴族とはかくあるべきという像を教えたのは教育係のクラウスだった。彼は母親がまだ生きていたときに彼女が拾い、目をかけていた没落貴族の子息である。彼は奥方を主人である以上に母親、いや神のように崇拝していた。それは彼が親の愛を感じずに幼少時代をすごしたことに起因する。その娘である金髪の少女を自身のすべてを尽くしてでもお守りしようと誓っていた。
そうして金髪の少女は人として不自然なまでに「理想の領主」であろうとし、またそれはある程度成功していた。
これはとある辺境領に起こった出来事である。
応接室に二人の少女が見詰め合っている。二人ともよく似た顔立ちをしていたが、これまでの生活で刻んできたものが彼女たちをまったく別の生き物に感じさせた。
片方は生命力にあふれその目は輝いている。髪は赤く燃えるように波うちそれを強引に後ろにまとめている。そこが唯一女らしさを感じさせるところだった。身なりは森の民特有の森の材料を使った硬さと動きやすさを追求した服装で本来彼女には似合わないはずであるが、長年着ているせいかしっかり着こなしている。
もう片方は刻みこまれた眉間のしわと土気色をした顔は化粧でも隠しきれていない。髪は淡い金髪であり、月のように光を淡く反射してあたりを照らしている。最低限の装飾品しか身につけておらず、女らしさの限界に挑戦しているかのように姫の身分の割りに質素であった。ドレスはまるで彼女を縛り付けるための鎖のように体にぴったりとしていた。
「久しぶりね、シンシア。」
「ええ、久しぶりね、姉上。」
シンシアが眉をひそめた。
「姉と呼ばないで。身軽で自由なただのシンシア?」
「わかったよ。重い荷を背負うかごの鳥の姫、エオス様。」
しばらく間があった後、二人は笑いあった。
「変わってないわね。あなたは・・・」
「あんたもな・・。」
「あら、私は変わってるわよ。最近体重が1デラタラン(1タラン=50キログラム、デラ=1/10)も減ってしまったわ。」
「私は体重に興味はないなわ。重さは私には意味があまりないからね。」
「重さを変えられるあなたをうらやましく思うこともあるわ。」
「私もあんたの光の力をうらやましく思うわよ。蝋燭いらずだもの。」
「ふふ。さて、そろそろここに来た目的を聞きましょうか?」
エオスが真剣な顔になった。
「目的ねぇ。別にないわ。」
「嘘おっしゃい。さっきもわざとあの五人をここに残すように口をはさんでおいて。」
「やっぱ、ばれてた?」
「ばればれです。理由は何です?」
「まず、あんたにあの五人の守護をしっかりやってもらおうと思って。この屋敷の中じゃ、あの五人に馬鹿やろうとするやつもいないでしょ?」
と肩をすくめた。
「なるほどね?他の理由は?」
「あとはあの五人がこの屋敷にいたほうがあんたが安全かと思ってね。」
「?それはどういう?」
「あいつらは全員かどうかは知らないけどかなり気配に敏感みたいなんだ。私たちの包囲網をやすやすと何度もくぐって見せた。これからあんたの身辺に命を狙うやからが来るかもしれないからね。もしそんなやつがいればすぐにわかると思ってね。」
「森の民の包囲網をかいくぐるなんて・・・。何者なのかしらね。」
エオスが警戒するような目で五人の連れて行った方向を見つめた。
「少なくとも悪いやつらじゃない。私の勘がそう言ってる。」
「あんたの勘は信じてるけど、見ず知らずのしかも腕のたつ人間をそばに置くのは神経使うわ。」
「あんた得意でしょ。神経すり減らすの。」
「特技じゃないわ!まったく!あんたが一番私の寿命を減らしてるわね。」
といいつつもエオスの顔にエネルギがあふれている。
なんだかんだで彼女は世話焼きである。自分ではなく他人のために力を発揮するタイプの人間なのだ。また彼シンシアと話せたことが彼女にエネルギを与えている。シンシアのように気安く話せる存在を貴重なものだとエオスは思っており、シンシアはシンシアでエオスの自分にない部分に敬意と信頼を寄せていたのである。