帝国編:第一話 空気を読んでほしかった
「例の異邦人たちが到着いたしました.」
「分かりました.私が直々に尋問します.」
「直々に・・・でございますか?危険では.」
「あなたがいれば安全でしょう?私もそんなに弱々しいつもりはないわ,ヘパイストス.」
「命に代えてもお守りいたします.」
「簡単に命に代えられたら困るけどね.そんなに気張ることないわ.」
エオスは苦笑し,部下の過剰な気負いをたしなめた.
「シンシアも来ておりますが.」
「あの子が?なぜ?」
「どうやら同行を希望したようで我々では止めることもできず.」
「あいつを止められる者はそうはいない.気にすることはないわ.」
「はい.」
「なんだか歪な館だな.」
「無駄に贅沢な所がある割に規模が小さいですね.」
「一貫性がないですね.」
「来る途中の街道や街の整備もかなり切り詰めてやった感があるよ.」
「資金がないんじゃないかな.」
「産業も発達してなさそうだしね.仕方ないんじゃないかな.」
「ケチなのよ,あいつは.」
などと一行は軽口をたたいていると,
「お前ら少し口を慎め!」
監視していた兵士の一人が叱責した.
「(かなり怒ってるよ.)」
「(おそらく彼らも気にしていた所を言ってしまったんだろう.)」
と一行は小声で噂してると
「着いたぞ!降りろ.」
と指示された.
「恐れ多くも領主様が直接お会いになる.少しでも不信な行動をとれば命がないと思え!」
「はい.」
ようやく着いたが,屋敷までは少し歩いた.直接馬車で乗り降りはできないようになっているらしい.
「よく来た.私が領主のエオス=ゲルギオス=マニだ.」
「女の子?」
思わずヨシヒロは口に出していた.領主と名乗った人物は薄い金髪の髪をボブカットにした美少女だったからだ.しかしその身にまとう雰囲気はただ者ではあり得ず,子供らしいのはその外見だけであった.眉間のしわと青い顔色が少女の美しさに陰を落としていた.
「貴様,エオス様を愚弄するか!」
「よしなさい,ヘパイストス.」
「しかし.」
「私が子供であることは事実なのだから目くじらを立てる程のことではないだろう?でも私のために怒ってくれてありがとう.」
「いえ,申し訳ありませんでした.思慮が足りませず.」
エオスは少しうなずくと話を続けた.
「では,早速だが尋問を始めさせてもらう.お前たちは何者で,なぜあの森にいたのか?」
代表して最年長のヤンが話すことにした.
「我々はおそらくこの世界の外から来ました.次元が異なるのか,単に違う銀河に来てしまったのかは分かりません.恐ろしく遠い所から来てしまったとお考えください.事故だったのです.気がつけば海の上にいて,一番近い陸地に上陸したらあの森だったという訳です.」
「次元とか銀河とは何かはしらんがあなた方が遥か遠い世界から来たというのは服装からも分かる.少なくとも帝国およびその周辺の文化圏の者ではないだろうな.」
「その通りだと思います.ですのでこちらの世界の状況を我々は知りません.よろしければお教え願えますか?」
「わかった.手短に説明しよう.大まかに言えば我々がガイアと読んでいる陸地にいくつかの国に分かれているが基本的に帝国と共和国で勢力が二分されている.他の国はどちらかの同盟国,有り体に言えば属国か,中立都市国家だ.ここは帝国の中でも共和国との国境に位置する辺境領だ.共和国と帝国は深い森で遮られていて互いに交流することはほとんどなかった.今まではな.」
「今までは?」
「共和国はいくつかの小国や都市国家が統合に統合を重ねて成りったていてな,内紛も多く安定していなかった.だがリュカオンという首長が立ってから秩序を取り戻し,ついには半年前完全な統合を果たした.リュカオンが統合を果たしてからというもの帝国の様子をうかがっている者が入り込み,国境付近に兵と物資が集まってきている.大変きな臭い状況なのだよ.君たちを警戒したのもそのためだ.」
「なるほど.分かりました.大変な状況下にお邪魔してしまったようで申し訳ありません.」
「いや,事故なら仕方ない.しかし,たどり着いたのがここだったのはある種幸運だったかもしれないな.」
「というと.」
「基本的に帝国は排他的だ.異民族は野蛮人とみなされ,大抵は奴隷に,適正がないと判断されれば危険だと殺される.そういう国なんだ.しかし辺境領は違う.文化水準は帝国の本領のほうが上だろうが,異民族と接する機会も多いから野蛮人等と思えないさ.それに今の状況じゃ争いの火種になるようなことはできないしね.身分差はそれなりにあるがそこまで厳しくないと私は思っているよ.つまり奴隷にされるような心配はしなくても良い.」
「それは助かります.」
「そこで君たちの処遇なのだが,私は君たちを信用したい.しかし領主として軽はずみに信じることもできなくてね.保護観察期間をとりたいのだよ.理解してもらえるだろうか?」
「はい,分かります.しかし保護観察とはどのようなものかお聞きしても?」
「兵士による住居の出入りと行き先の監視,この街から出ることを禁じるといったところか.期間はおよそ三ヶ月.食料等の生活物資は支給する.」
「なるほど.わかりました.ご配慮痛み入ります.ただ何もせずに,というのも気が引けるのですが.」
「あまり動いてもらうのも困るのだ.できれば屋内でできる仕事ならばやってもらっても良いが.お前たちは何ができるのだ?」
「それは・・・.」
「言えぬのか?」
「いえ!ただ何ができるのか分からないというか.」
「分からぬとは?何をして生計を立ててきたのだ?」
「私は全員のできることを把握してませんので.」
「そうか.また個別になにかできることがあるのなら兵に言ってくれればできうる限りの便宜を図ろう.」
「ありがとうござい・・・」
ヤンがお礼を言おうと思ったら
「トモエは強いのだから兵に訓練でもつけてやったらどうだ?」
とシンシアが口を挟んだ.
「なにせおそらく私と互角に戦えるくらいだからな.」
(余計なことを!)
とほぼ全員が思った.
「お前とかシンシア,それは相当の猛者だな.誰だ?トモエというのは?」
「私です.」
トモエがおずおずと手を挙げた.
「お前が?とてもそうは見えんが.」
「海岸で戦ったのを見たが強かった.攻撃を最小限の動きでかわして効果的な一撃を入れていたからな.」
「そうなると,処遇を少し変更しなければな.」
「それは・・・.」
「ここにシンシアと互角に戦えるものはそういない.ただの兵では監視にならんだろう.この屋敷に行動を限定する.夜間は自室で待機だ.」
「・・・わかりました.」
「シンシアはこの場に残れ.ではこれで尋問を終了とする.」
今ひとつ状況をつかめていないシンシアは部屋に残り,一行はあてがわれた部屋に連れて行かれた.