6 加速する過保護
とにかく、ただ座って騒いでいても仕方ない。
不満しかないけど、なんで俺だけが女子になったのかは一旦横に置いておくことにして、自分たちが置かれている状況を確認することにした。
立ち上がって、周囲をぐるりと見回す。天井がビルの二階分くらいの高さがあるから圧迫感はないけど、大して広くもない円形状の小部屋だ。
ダンジョンの入口と同じようなレンガでできた壁に、ぐるりと囲まれている。大股で十歩歩いたら、端から端まで行けちゃうくらいの広さしかない。
そして見たところ、滑り落ちてきた場所以外に、出口らしきものは見当たらなかった。……初っ端から詰んでるじゃん。
不安になった俺は、腕組みをしながら考え込んでいる龍之介に擦り寄り、龍之介の腕に手を添わせた。
「なあ、龍之介……俺たち、ダンジョンに入れるペアに選ばれたってことだよな? なのに何でいきなり行き止まりになってんだ? 訳が分かんないんだけど」
龍之介が、うーんと唸る。難しそうな顔をしているだけで憂いを帯びたイケメンに見えるんだから羨ましい。俺なんて、うーんって唸ってたら「お腹痛いの? トイレ行きなよ」って女子マネたちに滅茶苦茶心配されたんだけど。子供かよ。
「神竜って名乗ってた奴が言ってたよね。ネタバレするから、四日目になったら配信を開始するって」
「あ、言ってたかも」
参加型配信がどうのこうのって件のことだ。ゲーム配信ならたまに観ることもあるけど、複数を同時視聴は経験がない。どんな感じになるんだろう。それって俺も見られるのかな。
「それが前提だとすると、全員のスタートが同時じゃないと勝負に差が出ると思うんだよね。要はフェアな勝負じゃなくなるってことだ。それを避けるには、同時スタートさせる為に今はまだ閉じ込めている……とか?」
「おお! 俺にはない発想!」
さすがは俺の親友だ。キャプテンを務められたくらいだから、周りを冷静に見て俯瞰的な判断ができる奴なんだよな。
俺? 俺には無理。目の前にあることについ熱くなっちゃって、試合のスコアを付け忘れてよく女子マネたちに「亘先輩ってば夢中になってかわいーんだからあ」って言われてた。あれ? なんか俺、全然敬ってもらってなくない?
「それにさ、ダンジョン内にグッズが揃ってるから手ぶらで来ていいって言ってたでしょ」
「確かに言ってたかも」
「だったら、最初にチュートリアル的なものがあるんじゃないかな」
龍之介の鋭い考察に、俺は笑顔で手を叩いた。
「すげえ龍之介、めっちゃ冴えてる!」
「そ、そう? えへ」
龍之介は周りがいくら褒め称えても、謙虚さを失わない。多分それも、龍之介の人気が高い理由のひとつなんだろうな。俺なんか煽てられたらすぐに調子に乗っちゃうから、見習いたい。
「そういやさっきから不思議だったんだけど」
「ん?」
「光源がないのに明るいよね」
龍之介は不思議そうに近くの壁に近付くと、人差し指をレンガの壁に擦り付けた。緑色が指の腹に付着して、仄かに発光している。
指に顔を近付けながらじっと見つめている龍之介が、推測を口にする。
「苔だ。光苔ってやつかな」
「ほえー」
俺も近くで見ようと顔をギリギリまで近付けてみた。確かに苔っぽい。黄緑色の蛍光ペンの色に発光していて、不思議な光景だ。
と、突然「……ふんっ」と息が吹きかかり、苔が飛んでいってしまった。なんだと思って風の発生元を目線で辿ると、視線があちこちに忙しなく彷徨っている親友の顔があるじゃないか。
「お前いま鼻息吹いた?」
「だ、だって」
「だって、何だよ」
「む、胸がさ……っ」
「胸?」
なんのことだと思って、チラチラと視線が注がれる俺の胸元に目線を落とした。今日俺が着ているのは、青地の迷彩柄のTシャツだ。汗を掻いてもサラサラってやつで、着心地がよくてよく着ているやつだ。
スポーツファッション系の、ややオーバーサイズ感があるもの。女体化した俺には、かなり大きめになってしまっている。肩はずり下がり、当然のことながらブラも何も装着していない状態のまま、背の高い龍之介の近くに寄って前屈み気味に手元を覗き込んだ。
つまり。
サッと胸元を手で押さえて、ジト目で尋ねる。
「……まさか見たのか?」
「わ、わざとじゃないよ!?」
龍之介は大慌てな様子で首と両手をブンブン横に振ったけど、はっきり見えたらしい。まあ中身は俺なんだけど、でもこういう反応をされるってことは、龍之介はそれなりに俺のことを意識してるってことか?
なんだよ龍之介の奴。女子に免疫ないとか言って興味ないふりしてた癖に、興味ありまくりじゃん!
笑っちゃうくらい挙動不審になっている龍之介を見ていたら、むくむくと悪戯心が湧いてきてしまった。横目で軽く睨みながら、唇をツンと尖らせて言ってやる。
「龍之介のエッチ」
「ブハッ!」
今度こそ耐え切れないとばかりに、龍之介は真っ赤になった顔を両手で覆って、しゃがみ込んでしまった。
「だ、だ、だって……!」
俺はあははと笑うと、形のいい龍之介の頭をポンポン叩く。
「あれだな、龍之介も何だかんだ言ってちゃんと男の子だったってことだよな!」
「こ、これは別にそういうんじゃなくてっ!」
「分かった分かった、みなまで言うな」
「くう……っ」
膝の間に顔を埋めてしまった龍之介。日頃冷静で俺の面倒を見まくる龍之介の珍しい姿に、俺はすっかり楽しくなってしまった。頭をわしゃわしゃ撫でながら、続けてみる。
「まあ中身は俺だし? 試しに触ってみる? なんつって――」
「――自分を安売りするなよ」
「え? なんか言ったか?」
顔を上げた龍之介が、意外なほどに真剣な目で俺を見つめていた。
「ダンジョンの中は繋がってるって言ってたでしょ。他の国のペアの人たちに会う可能性だってある。配信だって、どう映されるのかは分からないけど、僕は亘がそういう目で他の男に見られて消費されるのは許せない」
「りゅ……じょ、冗談だってば」
「亘はあまり深く考えないことが多いから言ってるんだよ」
俺の手首を掴んで頭から俺の手を退かした龍之介が、ゆっくり立ち上がる。
「約束して。ちゃんと気を付けるって」
「ちょ、ちょっと龍之介……っ」
昏い目をした龍之介が、俺の手首をギリ、と馬鹿力で締め付けてきた。
「い、痛いって」
急にどうしたんだ? 滅多に怒ることのない龍之介が、滅茶苦茶切れてるぞ……!
「約束して。困ったら絶対に僕だけを頼って、他の奴らには頼らないって」
自分を安売りするなから、どういう流れで「龍之介だけを頼る」になったんだかがさっぱり分からない。だけど、俺が安易に触ってもいい的なことを言ったから怒ったのだけは、さすがの俺でも理解できた。
「わ……分かった、約束するから」
「絶対だからね」
「お、おう」
俺の目を無表情でじっと見つめていた龍之介が、納得したのかようやくいつもの笑顔に戻る。
「よかった。じゃ、もう少し何かないか探してみようか」
「うん、そ、そだね」
何故か手首を龍之介に掴まれたまま、俺たちは小部屋の中を引き続き探索し始めた。
――女体になって、過保護が加速したのかも。
娘を結婚させたくない父親の気分なのかな……となんとも言えない気持ちになりながら、引き締まった龍之介の背中を見つめたのだった。
次話は明日の朝投稿します。