43 ダンジョンの外へ
脱稿したので、こちらを入れて残り3話+おまけで完結となります。
「――る、亘!」
「あ……」
目を覚ますと、俺は龍之介の膝の上に抱き抱えられて寝ていた。……星空が見える。今は夜のようだ。
……ん? ダンジョンに空なんてあったっけ? 空があるということは、ここは――ダンジョンの外?
「具合はどう!? 変なところはない!?」
龍之介が、心底心配そうな半泣きの顔を近付けてきた。
ええと、俺どうしたんだっけ。記憶が混同してて、考えが浮かばない。
とりあえず、手足の指をグーパーしてみる。問題ない。頭はちょっとぼんやりしてるけど、多分大丈夫だろ。
「だ、大丈夫そ……えっ」
咄嗟に喉を押さえた。なんだこの声。まるで男の声じゃないか。
俺が混乱しているのに気付いたんだろう。龍之介が安心させるような笑みを浮かべて言った。
「亘、覚えてない? ジャンさんが亘に男に戻る権利を譲ってくれたんだよ。だから亘は男に――元の亘に戻ってる」
「え……そ、そうなの……?」
そういえば、手足も何だか硬くなった気がする。さっきまでの曲線がまるで夢だったかのようだ。それに、胸はぺったんこ。股間には懐かしい感覚があった。
「俺……男に戻ったのか……」
「うん、そうだよ。もう大丈夫、全部終わったんだ。ダンジョンの入口も、ほら見て」
龍之介が顔を横に向けたので、俺も目線で追う。
鉄格子に囲まれた、強力なライトで照らされている場所には、崩れたレンガが瓦礫の山となっていた。
「入口……閉じたのか……」
「うん、僕たちは日本を救ったんだよ、亘」
微笑みながら俺を上から覗き込んでいる龍之介の表情に、残念そうな色は窺えない。
そのことが、俺に酷く衝撃を与えた。
……もしかして、もう俺に対する恋心は消えちゃったのかよ。じゃあまさか、気持ちが今も残ってるのは俺だけってこと?
気付いた途端、目の前にいるのに龍之介の存在を凄く遠くに感じてしまった。
「……っ」
これ以上龍之介の穏やかな表情を見ていることが辛くて、両手で顔を覆う。じわりと涙が滲んできた。
あ、もう駄目だ。止まらない、どうしよう。こんな未練たらたらな顔を見せたら、龍之介が困るだけなのに。
「亘!? どうしたの、やっぱり具合が!」
龍之介の問いかけにも、言葉で返すことができなくなっていた。次から次へと溢れ出てくる涙と嗚咽に、龍之介が戸惑っている空気が伝わってくる。
「わ、亘……? どうしたの、何で泣いてるの……?」
「ひ……っ、う、く……っ」
「亘、お願いだ亘、何か答えて……!」
「い、言えな、む、無理……っ」
龍之介を困らせたくない。失いたくない。
だけど――、自分の気持ちに蓋をしたまま、何事もなかったかのように隣で笑うことも、きっともうできない。
龍之介が望んだ俺の笑顔は、もう見せてあげることができないんだ。俺が龍之介のことを諦められないから。
俺、ダメダメじゃん。龍之介の好きだった女の子にもなってあげられず、龍之介が欲しがった笑顔ももう与えられないなら、俺の存在意義ってなに。
――こんなんじゃ、もう龍之介の隣に居られないよ。
好きなのに。俺はまだこんなにも好きなのに。
「う、え、ううう……っ」
「亘、ああ、ねえ、どうしよう……っ、泣かないで、困ったな……!」
……龍之介が困っている。
だったらさ。
もう言ってしまえ、と思った。
だってさ、どう考えたってニコニコしながら隣にいるのは無理だし。
一番近くにいたいが為に自分の想いを殺して、龍之介に将来できる彼女の話を笑顔で聞くのか? 龍之介が誰か他の守りたい大切な人を見つけて俺から離れていくまで、未練がましく隣にいるのか?
この苦しい想いを抱えたまま? 嘘の笑顔を見せながら?
――無理だ。俺はそんな器用なことはできないよ。
「う、ぐす……っ、無理い……っうう……っ」
「え、亘、何が無理なの、どこか痛い!?」
「ち、ちが……っ、俺、もう龍之介に、も、も、」
「え? なに、僕になに? 言って、ちゃんと聞いてるから!」
龍之介が、俺を支えてない方の手で俺の両手を掴む。そっと胸の上に下ろすと、手のひらで涙を拭い始めた。
そんな優しさを見せるなよ。俺はもう笑えない人間なんだ、龍之介の前で笑えないなら――一緒にいる意味はないんだから。
「お、俺、も、わ、ヒクッ、笑え、ない……っ」
「――亘?」
龍之介が訝しげに眉を顰める。
「ジャンさんのことを申し訳ないと思ってるの? だったらそれは違うよ。ジャンさんは自ら望んだんだから、亘が罪悪感を覚える必要はどこにもない」
「ち、ちが、お、俺、無理、ヒック、龍之介に、俺、もう、も、」
「も? なに、お願い言って」
周囲がざわついてき始めたのが、遠巻きに聞こえる話し声で分かった。こういう他人の気配も随分と久しぶりに感じる。
「亘」
龍之介が俺の頬を大きな手で覆って離さないから、龍之介しか見ることができないのが辛かった。
言ったらもう、本当に龍之介とはさよならになる。気不味くなって、段々疎遠になって、親友だったことも、一時はお互い好き合っていたことも何もかもがなかったことになるんだ。
「言って」
目を逸らさずに低い声で言われて、とうとう俺の中から言葉が決壊して出ていった。出ていってしまった。
「も、俺、龍之介に……もらってもらえなく、なっちゃった……!」
「……え?」
龍之介が驚いたように目を大きくする。ほら、ほら、やっぱり、男に戻ったのに何言ってるんだって思ってるんだ、きっと。
「りゅ、龍之介は、女の俺が、ひく、よかったのに、俺、その時に好きって言うのが怖くて」
「……うん、聞いてるよ」
「男に戻るかもな時に、好きって言って後で男に戻ったらやっぱりなしでって、怖くて」
「――亘、僕は」
龍之介が何かを言いかけた時だった。
明るい方から、ひときわ賑やかな声が聞こえてくる。
「谷口ー!」
「亘せんぱーい!」
さっちーと雪ちゃんの声だ。二人とも、夜なのに駆けつけてくれたんだ。
「龍之介おかえりー!」
「お前ら騒がしいぞ、これから帰って飯にしようと思ったのになんで俺まで……」
「こもーん、飯と可愛い生徒とどっちが大事よ」
「どっちもだよ!」
「生徒って言わないところが正直だよねー」
軽口を叩き合ってるのはひいくんこと氷川と顧問じゃないか。
その後に、「亘!」「龍ちゃん!」と俺たちの名を呼ぶ声が続く。俺たちの両親も来てくれたのか。
龍之介の手の力が少し緩まったので、ようやく自分を取り囲む状況を確認することができた。
どうして誰も寄ってこなかったのかなと思っていたら、俺たちは黄色と黒の立ち入り禁止ポールで区切られた内側に座り込んでいたんだ。
ポールの向こう側には、人だかりができている。警官たちが、野次馬が入ってこないようにしてくれていたらしい。
「この子たちの親です! 通して下さい!」
「同級生でーす」
目を赤くしたみんなが、警官に声を掛けてポールの内側に入ってきた。
その中に、俺を突き飛ばして暴言を吐いたことのある例の彼女の姿もあるじゃないか。え、何でいるの? 二の腕を氷川に掴まれて、まるで連行されているみたいに見えるけど。
と、長髪に赤い口紅の彼女と俺の目が合った。途端、歪んだ笑顔を浮かべられる。
ゾクリとした。純粋な悪意を感じると、こんなにも怖いんだと初めて知ったかもしれない。
「あははっ、男に戻って泣いてんじゃん! 図々しく龍くんに纏わり付くからバチが当たったんじゃん? くっそださ!」
「は……」
ねえ、俺何かこの子にした? どうしてここまでの敵意を向けられないといけないんだよ?
氷川が、物凄く嫌そうに顔を顰めた。
「お前うっせーよ。本当性格歪み切ってんな。――悪い亘! 野放しにすると逃げられそうだったから、連れてくるしかなかったんだ。こいつの言うことは聞き流して!」
するとその時、どう見てもテレビ局の中継と思われるカメラとアナウンサーがやってくるのが見えた。警官が「入らないで!」と止めてくれているからいいけど、俺泣いてる顔を全国放送なんかで晒されたくないよ。マジでやめてほしい。
例の彼女が、懲りもせず俺に向かって暴言を吐き続ける。
「亘ちゃんさあ、あんた本当なーんもできなかったよね! 最後まで龍くんの足引っ張ってさ、男に戻ったのもアメリカのお情けじゃん! なのに当然みたいに龍くんにくっついていて、何様? この役立たず! ネットでもあんたが役立たずって有名だったよお!」
「おい黙れよ」
「やーんひいくんが怒ってるうー。亘ちゃんが女になった時はしゃいでたもんね! きっも! 男に戻っても亘ちゃん推しいー?」
「ぶん殴ってやりてえ」
「氷川」
顧問が鋭い口調で制止した。
龍之介は無言で周囲の喧騒を眺めていたけど、やがて「ふー」と長い息を吐くと、「亘、ちょっと立てる? 面倒なのはさっさと終わらせちゃおう」と微笑みながら言われる。
龍之介に助けられながら、何とか立ち上がった。
続きは後ほど投稿します。




