41 最後の共闘
龍之介が、ゴーレムドラゴンに駆け寄っていく。
今のドラゴンの色は石の色、グレーだ。長剣を構えてドラゴンの背後に迫ると、振りかぶり一閃。青い体液が尻尾の付け根辺りからブシュッと吹き出すと、龍之介はそれを避けて飛び退り距離を置いた。
『ギャウウウッ!』
ドラゴンが雄叫びを上げる。
「効いてるぞ!」
スティーブさんが、防御魔法で使ってしまったMPを補填する為にMP回復薬を半分ほど口に含んだ後、拳を突き上げた。回復薬はじわじわとしか効いてこないので、早めに飲むのが長期戦の戦い方だ。
「リューノスケ、次は私だ!」
「はい!」
ジャンさんは軽やかに尻尾から背中を駆け上ると、低い回し蹴りをして右翼に斬りつける。
『ギャウウウッ!』
三分の一ほど翼の根元が本体から剥がれ、ドラゴンがドスドスと暴れ始めた。
「くっ!」
「ジャンさん!」
「ジャン、リューノスケ! 色が変わっていく! 戻ってこい!」
「はいっ!」
ドラゴンの身体が、青色に染まり始める。
「次は俺がいく! 火魔法Lv4! いっけええええ!」
走りながら振り被り、炎が収められた玉をドラゴンに向かって投げつけた。直後、ドウウウゥンッ! という音と共に爆発が起こり、青いドラゴンの全身を猛火が包み込む。
『グアアアアッ!』
苦しそうに首と尻尾を振り回して炎を振り払うと、よろけたドラゴンの身体が今度は赤色に染まり始めた。
戻ってきたジャンさんが、眉を顰める。
「ある程度ダメージを食らうと属性が変わるのかもしれないな――避けろっ!」
一瞬の隙に、ドラゴンの口から吐かれた大量の炎が俺たちに襲いかかってきた!
「亘!」
「龍之介!」
飛び込んできた龍之介の手を取ると、炎の軌道から避けるべく走る。その間にMPが回復したらしいスティーブさんが氷魔法をドラゴンにぶつけると、再びグレーになったドラゴンにジャンさんが攻撃をしかけた。右翼がばさりと地上に落ちていく。
「ワタル、火魔法を頼む!」
「了解! 火魔法Lv4!」
再び攻撃を仕掛けると、ドラゴンは一瞬で炎に包まれて身体を赤色に染めた。
「全然効いてない!?」
ドラゴンはダメージなどないみたいに動いている。
「ちっくしょー! ていうか、どうして【ラブラブパワー】が発動しないんだよ!?」
あれが発動できれば、状況はこちらに有利に働く筈だ。浮かんでいるコメント欄の枠に記載された投げ銭を見ても、1500もあるのにどういうことだよ!
焦りながら、グレーになっている【ラブラブパワー】をタップしてみた。すると。
『現在【ラブラブパワー】は使用できません。一回発動する度に必要な投げ銭が1000増えていきます。次回発動には投げ銭2000が必要です。現在【ラブラブパワー】は使用でき――』
「こんのごうつくばりドラゴンがあああっ!」
思わず地団駄を踏むと、龍之介が「激しく同意する!」と賛同してくれた。
そうこうしている間にも、次の炎攻撃がこちらに向かってくる。
宙を縦横無尽に飛び回っている使い魔二匹の内どっちがキューか正直分からなかったけど、俺の方を見ているのがキューだと信じてカメラ目線で叫んだ。
「頼むみんな! 必殺技を使うのに投げ銭が足りないんだ! お願いだ、俺たちに投げ銭を投げて……っ!」
と、コメント欄にポコンとコメントが浮き出る。
【名無し娘】今後龍くんに付き纏わないって言うなら投げてもいいけど草
「な……っ」
俺は待った。たったひとりの投げ銭だ。言うことを聞かなくても、他の視聴者がきっと協力してくれる筈。なのに何故か、コメント欄は静かになってしまった。
……なんだよそれ。他人事かよ!?
「……俺の……俺の返事を待ってるのか?」
「亘! あんなことに従わなくていい!」
龍之介が俺の肩を揺さぶる。でも、その間にもジャンさんたちが炎に追われていた。
早く、何とかしないと。でも、え、俺、龍之介ともう一緒にいられないの――?
すると次の瞬間。
チャリーンという高い音が、空間に響き渡る。
「え」
コメント欄を見上げてみると。
【男バス三年ひいくん】が投げ銭を贈りました
「氷川……!」
【男バス三年ひいくん】やっほー遅くなっちゃった。名無し娘の正体、掴んだよ。今日も男バスの練習覗き見して写真撮りまくってたね
【名無し娘】何言ってるか分からないんだけど。嘘吐くな
【男バス三年ひいくん】今同じコメント打ってるの丸見えなんだけど、笑える
そこから暫く、氷川も名無し娘もコメントが途絶えた。
【男バス女マネ雪】練習時間をちょぴっと配信と重なるように伸ばしたんだ。で、引退した先輩方に見張ってもらっていたという
【男バス元女マネさっちー】ふふふ、協力ありがとう、後輩たちよ
【男バス女マネ雪】まあうちらだけじゃないし。通行人Aさん顧問だし
「はあっ!? そうだったの!?」
【男バス三年ひいくん】おまたせー。名無し娘、確保しました!
【通行人A】バラされた……校長に怒られたらお前ら俺を庇えよ?
【男バス女マネ雪】任せてってば
【通行人A】全く
【通行人A】みなさん、お願いです。俺の可愛い生徒たちを助けてくれませんか。二人とも、理不尽な目に遭ってもここまで懸命に頑張りました。怖い思いをして、辛い思いをして、谷口に至っては性別まで勝手に変えられて
チャリーン
【名無し】が投げ銭を贈りました
【通行人A】怖かったと思います。だけど家族の為、そして日本に住むみなさんの為、彼らは努力を惜しみませんでした
チャリチャリーン
【名無し】が投げ銭を贈りました
【名無し】が投げ銭を贈りました
「みんな……っ」
涙が滲んできた。
【通行人A】俺たち視聴者にできることは、投げ銭を投げて彼らを応援することだけです。決して脅されている反応を見て楽しむコンテンツではありません
「先生……」
だけど、投げ銭はなかなか増えない。ひとつずつ地味に増えていくけど、【ラブラブパワー】発動に必要な数値まではまだまだだ。
と、通行人Aこと顧問ががらりと口調を変える。
【通行人A】おい、ぽけっと配信を見ているお前らに告ぐ
「え、先生ってばちょっと!?」
焦って龍之介を見ると、龍之介も焦り顔になっていた。そりゃなるって!
【通行人A】今ここで傍観者に徹して他人事で済ませたら、あんたら一生うだつの上がらない底辺な人間のままで終わるぞ。それでもいいのか? 日本が助かった後、何もしなかった自分を誇れるか? 誇れるっていうなら、お前らはクズだ
「うわ、言っちゃった」
龍之介が小さな声を漏らす。そうなんだよ、顧問って日頃は穏やかなんだけど、切れるとすっげー怖いんだよな……。
次の瞬間。
チャリチャリチャリチャリチャリ……! と投げ銭が投げられる音が響き渡る!
「亘、見て! 数値があっという間に2000に達したよ!」
「凄え! うお、一瞬で3000も超えたじゃん!」
龍之介と顔を見合わせると、「くはっ」と笑い合った。
顧問の厳しい言葉は、これまでROMっていて傍観者に徹していた日和見派の人間の心を動かしたんだ。
キューに向かって手を振る。
「先生! ありがとう! みんなもありがとう! これで戦える!」
すると、顧問からすぐさまコメントが送られてきた。
【通行人A】俺はただ代弁しただけだ。これまでのお前ら二人の懸命さがあったからこそだ。誇れよ
「先生……!」
龍之介と目配せすると、ジャンさんたちを呼ぶ。
「二人とも! 今から必殺技【ラブラブパワー】で攻撃するので離れて下さい!」
と、二人が俺たちの元に駆け寄ってくる。生真面目な顔をしたジャンさんが、しれっと言った。
「そうか、奇遇だな。私たちはまだ未使用なんだが、先ほどから使えるようになったと表示が出ているんだ」
「……え?」
スティーブさんが、へらりと笑う。
「ジャンのハート値がマックスになったんだよ。俺はもう天国に昇る気持ちで一杯だよ」
「天国に行くには早いぞ、スティーブ」
ジャンさんに脇腹を突かれ、スティーブさんは笑顔でジャンさんのこめかみにキスを落とした。
「愛している、ジャン」
「……私もだよ、スティーブ」
「え……ええええっ!?」
俺と龍之介が驚いて大声を上げると、照れ臭そうなジャンさんが「さあ、やり方を教えてくれ」と俺達を促す。
「声を合わせて【ラブラブパワー】と言いながら、使用する魔法を同時にタップするんです!」
「はは、【ラブラブパワー】ねえ。俺は言えるけどジャンは言える?」
スティーブさんがからかうように聞くと、ジャンさんはムキになって答えた。
「馬鹿にするな、言えるぞ! 絶対言ってやるからな!」
「おお、期待してるぞ」
照れて言えないんじゃないかと危ぶんでいたけど、これなら大丈夫そうだ。
俺たちはスマホを構えると、人差し指をピンと突き立てる。
四人全員で目を見合わせると、高らかに唱える。
「【ラブラブパワー】!!」
次の瞬間。
空中に現れた巨大な氷の塊がふたつ、ドラゴンに向かって落ちていくと――白い炎のように爆ぜ、飛んでいきそうな暴風と共に、辺り一面は白く染めたのだった。
もう少し続きます(最終話はまだ執筆中です)




