40 ボス戦へ
最終日。
『おっはよー! 今日はボス戦に挑むペアがいるよ! どんな結末になるのかな!? 楽しみにしてるよっ!』
「……うっせえなあ」
「段々慣れてきた自分が怖いよ」
「分かる……」
以前は飛び起きていたアホドラゴンのモーニングコールも、今じゃ目を開けるだけだ。人間は慣れる生き物なんだよ。
朝食を取って、これまでの十日間近くを過ごしてきた休憩所を見渡す。今日でこの景色ともさよならだ。
「龍之介、忘れ物はないな?」
「うん。財布とスマホは忘れないようにしないとね」
「だな。……なんだかちょっと淋しいな、はは」
見上げながら俺が笑うと、キューがパタパタ飛んできて首を傾げた。
「キュー?」
キューに手を伸ばすと、大人しく俺の腕に抱かれる。
「キューもありがとな。俺たち今日でダンジョンを出ることになるからさ、キューとも今日でお別れだ」
「キュイ……」
「キュー、楽しかったよ」
「キュウッ」
ひしと抱き締めると、ちょっぴり目尻から涙が滲み出た。
いつもはくっつくなと口うるさい龍之介も、今日ばかりは何も言わずに見守ってくれているのが有り難い。俺の元に近付いてくると、背中を抱いて言った。
「さ、そろそろ行こう。遅くなると不利になるかもだから」
「ん、そうだな」
最後にもう一度振り返り、感慨深く見回した後。
「よーし、行くぞ!」
「うん!」
最後は、二人同時に赤いボタンを押す。パカッと足元に穴が開くと、俺は「龍之介!」と笑顔で龍之介に抱きついた。龍之介も笑顔になると、俺を抱き締める。
これまでの中で一番長い距離を滑り落ちていくと、やがて前方に大きな穴が見え始めてきた。そのまま飛び出した空間の地面を数度転がり、立ち上がる。
「お、最後は結構綺麗に着地できた!」
「うん、凄いよ亘!」
「へへー!」
何でも褒めてくれる龍之介の言葉に気をよくしながら、下り立った空間を見回す。
これまでの洞穴のようなダンジョンから一転、東京ドームくらいはあるんじゃないかって広さの円形の空間になっていた。どこにも横道やセーフティゾーンらしきものは見当たらず、がらんどうの空間が広がっている。
「ボスはいないみたいだね」
「中央まで近付いたら現れるとかじゃね?」
「そういやジャンさんたちも見当たらな――」
と、その時。俺たちが滑り落ちてきた穴から、「わあああっ! 退いて退いてー!」という聞き覚えのある男性の叫び声が聞こえてきたじゃないか。
「亘!」
咄嗟に龍之介が俺を抱き上げて横に避けると、ジャンさんとスティーブさんが穴から飛び出してきて、ゴロゴロゴロと転がっていった。
「……てえ、相変わらず慣れないな、この滑り台」
「スティーブも外に出たらジムに通うといいぞ」
「本気で考えようかな。体力でジャンに叶わないのは普通に悔しい」
「健康にもいいからな」
相変わらずのやり取りに、俺の顔に自然と笑みが浮かんでいく。
「ジャンさん! スティーブさん!」
先に立ち上がったジャンさんが、軽く手を上げた。
「ワタル、三日ぶりだな。元気そうでなによりだ」
「ジャンさんも!」
駆け寄り、嬉しすぎてジャンさんに思い切り抱きつく。するとようやく立ち上がったスティーブさんが、苦笑した。
「おいおいワタル、俺たちはライバル同士だぞ? そんな懐いたって忖度なんてしないからな?」
「スティーブ、お前はすぐそういうことを言う。――ワタル、また会えてよかった」
「俺も!」
ジャンさんはそう言うと、俺を抱き締め返してくれる。ツンとして格好いい胸に顔が埋もれる形になって若干苦しいけど、俺はジャンさんの温かさを存分に堪能することにした。
と、暫くしてジャンさんがパッと腕を解く。
「君のナイトが淋しそうな顔で見ているよ。さあ、リューノスケのところに戻ろう」
「うん」
ジャンさんから離れると、ジャンさんの言う通り淋しげな表情を浮かべていた龍之介の元に駆け戻った。
「会えてよかったね」
「うん!」
頭を撫でられて「俺は子供か?」と思わなくもなかったけど、龍之介はおかんだからこれがデフォルトなんだろうな。
スティーブさんが、辺りを見回す。
「さーてと。最後まで一緒になったからには、一緒にボス戦に挑む感じでいいんだな?」
龍之介が頷いた。
「はい。お願いします。ただし、とどめはうちが刺させてもらいますけどね」
龍之介の言葉にスティーブさんがにやりとする。
「ボスを倒したペアが優勝だったな。残念だがそうはさせないよ。覚悟しておけよ、リューノスケ?」
ウインクをしたスティーブさんに、龍之介は笑顔で「望むところです」と返した。
「じゃあ、先に進むか」
ジャンさんが言ったことで、全員頷き各々武器を抜く。
中央に近付くにつれて、円形の闘技場のように盛り上がった箇所があることに気付いた。
「恐らく、あそこに踏み込んだ時点で戦闘開始だ。みんな覚悟はできたか?」
ジャンさんが俺たちを見回す。俺たちはそれぞれ頷くと、目で合図を交わして――闘技場に足を踏み入れた。
直後、ゴゴゴゴ……! と円形の闘技場が上昇を始める。
「おっと!」
「スティーブ、もっと中に入るんだ!」
「亘、手を!」
「おう!」
ペア同士で支え合いながら振動に耐えていると、やがて俺たちがいた場所から三メートルほど上がった位置で、上昇が止んだ。それと同時に、左右の空間に日本語と英語の巨大なコメント欄が浮かび上がる。
英語の方は、マンハッタンペアの方だろう。英語なので、正直よく分からない。
日本語の方は、当然だけど読めた。
【男バス元女マネさっちー】谷口がんばれー! 姉ちゃんは見守ってるぞ!
いつかと同じ台詞に、思わず吹き出す。あは、お陰で緊張が吹っ飛んだよ。ありがとさっちー。
【男バス女マネ雪】亘先輩、ガンガンいけ。投げ銭用意!
チャリーン
【男バス女マネ雪】が投げ銭を贈りました
【亘の母】が投げ銭を贈りました
【亘の父】が投げ銭を贈りました
【竜ちゃんのパパ】が投げ銭を贈りました
【竜ちゃんのママ】が投げ銭を贈りました
【男バス元女マネさっちー】が投げ銭を贈りました
【通行人A】が投げ銭を贈りました
【名無し】が投げ銭を贈りました
・
・
・
「みんな……頑張るから応援よろしくな!」
拳を天に突き上げると、コメント欄にサムズアップした絵文字が次々に現れては流れていった。
英語の感想欄の方も似たような状況で、みんな最後のバトルを見守ってくれようとしている。
警戒を続けていると、中央にどこからともなく集まってくる光の粒子がどんどん濃くなっていくのが見え始めた。固唾を呑んで見守っていると、次第に象られていくのは――見上げるほどの高さの、石でできたドラゴンの姿。でかい。そして凄く硬そうだ。ちなみに目玉はやっぱりあのリアルなやつね。最後まで拘るなあ。なんで頑なにここまで拘るのか。
「ドラゴンのゴーレム!? なんだありゃ、どーやって倒すんだよ!」
スティーブさんが片眉を上げると、「鑑定!」と即座に唱える。
『鑑定結果です。色により弱点が変化します。青くなった時は火魔法が有効、赤くなった時は氷魔法が有効。色がない時は水魔法と物理攻撃が有効です。ドロップアイテムは【ダンジョンの出口の鍵】。最初に鍵を手にしたペアが勝者となります』
鑑定結果を聞いたジャンさんが、唇を噛み締めた。
「とどめを刺した奴じゃなくて鍵か……にしても、バトルはほぼ魔法頼りということだな。すまないが、スティーブとワタル中心の戦いとなる。私とリューノスケは囮となった方がいいかもしれない」
「まずは防御魔法をかけとくから、飛び出すのは相手の攻撃パターンを読んでからだぞジャン!」
スティーブさんが、四人全員に防御魔法をかける。
と、龍之介が一歩飛び出した。
「この中では僕が一番逃げ足が早いです! 少し様子を見てきます!」
「馬鹿、龍之介! 危険だからやめろ!」
俺が慌てて引き止めようとすると、龍之介は俺を振り返り、真顔になる。
「……亘を巻き込んだのは、僕なんだ」
「は? ちょっと待て、お前何言って、」
覚悟を決めたような眼差しで、スティーブさんを見た。
「スティーブさんもそうですよね?」
スティーブさんが、軽く肩を竦める。
「まあ、それ以外考えられないよな。俺やリューノスケという要因があったからこそ、このゲームは成り立った。イタリアの奴らを見て確信したよ。やっぱりなって」
「ですよね」
二人は納得したように頷き合っているけど、俺にはさっぱり分かんねえ!
「ちょ、ちょっとジャンさん、どういう意味か分かるの!?」
黙って聞いているジャンさんを振り返り尋ねると。
「そうだな。私も三組目の関係を知り、共通点から確証を得た。だからスティーブの想いも信じることができたんだ」
「え……どういうこと? 俺、よく分かんないよ」
ジャンさんがにこりと笑う。
「そうだな。それは落ち着いてからリューノスケと話せばいいと思うが、私たちが女体化したそもそもの原因はあちら側にあった、ということだ。私から言えるのはここまでだよ、ワタル」
ジャンさんは、パチン、と初めて見るウインクをしてみせると。
「リューノスケ! ひとりで突っ走るな! ワタルを泣かせたら私が承知しないぞ!」
と声を張り上げながら、龍之介の後を追って駆け出していったのだった。
最終話執筆中です。
まだ続きます。投稿は後ほど。




