36 駆け抜ける
休憩所に戻ると、俺と龍之介はイタリアペアの驚きの裏事情と結末について、暫く興奮気味に語り合った。
そして「だからって人を刺しちゃ駄目だよな!」という結論に達する。まあ当然だ。とりあえず、今後イタリアペアに狙われる可能性が潰えたので、よしとした。
今夜、マリオがドメニコに何をされるかは……察しはしたけど、俺も龍之介もあえて触れなかった。だって、そっちの話になったらどんな顔をして龍之介を見たらいいのか分からなくなるし。
きっとそれは、龍之介も一緒だったと思う。俺たちは他のペアと違って、目尻やおでこにチューするだけで照れちゃうピュアピュアペアなんだよ。そんな俺らが大人なあれこれを進んでするなんて……無理! 絶対無理! 心臓が破裂死するから!
晩飯を済ませ、風呂にのんびり浸かってさて寝るかとなった頃に、壁にピンク色に光る今日のノルマが視界に映った。
DAY6 正面から抱き合って寝る
途端、凹んでくる。何故なら。
「……寝相悪いからなあ、俺」
正直、俺と龍之介の距離はいつも近いので抱き合うこと自体に大した抵抗はない。それもどうかと思うけど、そうなんだから仕方ないじゃん。
すると、ベッドの上で正座していた龍之介がゴホンと咳払いをした。
「えー……そのことなんだけど」
「おう」
何となくしなくちゃいけない気持ちになって、俺も正座になる。
「前も言ったけど、正面を向き合って寝ると、亘の膝蹴りが結構な確立で決まるんだよね……」
「俺の寝相が悪さをしてごめん」
なんせ寝ている時のことだから、自分ではコントロールできないのが辛いところだ。
すると、龍之介が目元をほんのりピンクに染めながら提案してきた。
「なので、今夜は僕が足を絡ませて押さえつけて寝たらいいと思うんだよね」
「は? 絡ませる?」
想像したら、物凄い破廉恥な絵面に思える。え? それってもうほぼカップルじゃん。え? ええ?
とんでもない提案に思考停止していると、龍之介は重ねて言った。
「大丈夫。亘のことは絶対に離さない! 亘は心置きなく寝ていいから!」
真っ赤なのにキリリとした表情で言われてしまったら、代替案なんてある訳もない俺が何も言える筈もなく。
「よ、よろしくお願いします……?」
正座で向き合いお辞儀をするという何とも言えない状態になってしまった俺は、今度こそ完全に思考停止することにしたのだった。
◇
『おっはよー! 昨日は刺激的でドキドキな様子が見られてボクは幸せ一杯だよ! 今日もみんな、ボクに胸キュン場面を是非見せてね!』
「……刺激的かあ……」
と、すぐ上から眠そうな龍之介の声が降ってきた。
「……おはよ、亘」
「あ、おはよ」
七日目ともなると、大声で起こされることにも段々慣れてくるのが恐ろしい。
俺の前面は、龍之介の前面とぴったりくっついていた。足は俺が蹴らないようにと両足が絡まった状態で、両脇の下から回された腕に抱き竦められて密着度がかなり高い状態だ。
「寝ても起きても亘がいるの、幸せすぎる……」
龍之介はまだ寝惚けているのか、俺をころんと押し倒すと、上からべったり押し潰す。
「ぐえっ、重いんだけどっ」
「亘の匂い……スウー」
俺の首筋に顔を突っ込んで吸うと、脱力していった。
「おい! 俺は猫じゃないし吸うな! ていうか寝るな!」
「亘ぅ……よーしよし……」
頭を撫でながら俺の顔に頬擦りを始めた龍之介の謎行動に、「これどうすりゃいいんだ?」と焦る。これってやっぱりカップルの距離じゃね? 幼馴染みで親友の距離より近いような気がしてるのは俺だけ?
ここで俺は「はっ!」と気付いた。この間俺が珍しく弱音を吐いた時に、もし女のままダンジョンを踏破したら龍之介が俺をもらってくれると約束してくれた。つまり龍之介は今、完全に俺の彼氏モードに突入しているんじゃないか。
……よく考えてみたら、あれってほぼ「外に出たら付き合おうね」だし。勿論、男に戻れなければの話だけど。
気付いた途端、身体全体がカッと熱くなって転げ回りたくなった。すー、すー、と寝息を掻き始めてしまった龍之介に押し潰されているから身動き取れないけど。
枕元に置いておいたスマホを手に取る。
龍之介の肩越しに、自分のステータスを確認してみた。
谷口亘 18歳 男性
レベル 31
身長 164センチ(詐称は諦めた)
体重 50キロ
HP 620
MP 4700
状態 状態異常(女体化)
♡値 ♡♡♡♡
ペア 及川龍之介
……♡の数が増えている。最初はひとつだったのに、今じゃ四つでマックス値まであとひとつ。
俺はこの意味に薄々気付き始めていた。
龍之介は最初からマックス値だった。俺とずっといたいと照れ臭そうに言ってくれて、俺が男に戻らなかったらもらってくれるって約束までしてしまった。
つまりこれは、俺の予想が正しければ――龍之介は俺が大好きってことじゃないか。でも、好きには恋愛的な意味もあればそうじゃないものもあるし、と冷静になろうとした。
だけどさ、俺だって龍之介のことは世界で一番信頼してるしずっと大好きだったのに、最初はハートが一個しかなかった。
要はどういうことかっていうと、きっと龍之介は俺が女体化した瞬間俺が元は男だっていう限界を突破して、恋愛に発展したんだろう。
そして俺は――。
「龍之介……今更男に戻るのが怖いって言ったら、笑うか……?」
俺の呟きに対する答えは、返ってはこなかった。
◇
俺たちペアとマンハッタンペアは、フロア転移陣を使用して地下九階で落ち合った。
これで、『DAY12 お互いを洗い合う(配信非公開・公開を選択のこと)』も回避することに成功した。ふう。
ランキング表を見ると、ドメニコが昨日言っていた通り、イタリアペアは転移せずに地下八階にいる。
イタリアペアの配信を覗いてきた視聴者たちが、「マリオがぐったりしてる」とか「お姫様抱っこされながらチューばっかされてる、リア充タヒね」とかいう報告をしてくれたので、昨夜は激しい初夜を過ごしたんだろうな。ちょっと想像できないけど。
ちなみに先を歩くジャンさんの背中や二の腕に昨日はなかったキスマークがちょっと気持ち悪いぐらいに付けられていたので、アホドラゴンに「刺激的でドキドキな様子」を見せたペアは、必ずしもイタリアペアだけじゃないんだろうなと思った。思っただけで、口にはしてない。いやさすがに誰にも言えないよな。龍之介に言ったらひっくり返りそうだし。
……ジャンさんたちみたく、ダンジョン内でだけと割り切って大胆になれたら、と少しだけ羨ましく思えてしまった。
だけど、龍之介はスティーブさんやドメニコみたいにグイグイはこないし、俺だってファーストキスもまだだからいきなりその先に進むのは正直言って怖い。
龍之介はどうなんだろう、俺とそういうことをしたいと思ってるのかな、と疑問に思って、隣を歩く龍之介を見上げる。
龍之介は俺の視線に気付くとにこりと笑って、「どうしたの? お腹空いちゃった?」と言った。
……コンチクショウ! 人の気も知らないでさ!
「――子供扱いすんじゃねーよ!」
フンッ! と顔を背けると駆け足で前を行く二人の元に行くと、龍之介が慌てて「亘!? 待って、怒った!? ごめん、謝るから怒らないで!」と追いかけてきたのだった。
◇
そんな調子で地下九階を踏破し、無事フロア転移陣を入手。
この日のノルマはおでこにチューという難易度が低めのものだったので、「片方だけじゃアウトになるかもしれないじゃん」と龍之介を説得。照れまくる龍之介のおでこにブチュッと濃厚な一発をくれてやった。ふんだ。
DAY8になり、地下十階へ進む。
二人だけだったら、ここまでスムーズに進むことは難しかったかもしれない。だけど四人で総当りしていったお陰で、フロア踏破は順調そのものだった。もしかしたらアホドラゴンの奴は、俺たちが協力プレイをするなんて考えてなかったのかもしれない。そう考えたらちょっとしてやったり感があって、笑えた。
地下十階も危なげなくフロア転移陣を見つけると、見つけた地下十一階に続く階段の前で立ち止まる。
ジャンさんとスティーブさんが、俺たちに握手を求めてきた。
「私たちの共闘は、ここまでだ」
「……ですね」
ジャンさんと龍之介が、固い握手を交わす。
スティーブさんは俺と握手をすると、耳元に顔を近付けて「ワタルも早く素直になりなよ」と言われてしまった。
「……それが難しいんだよ」
唇を尖らせて不貞腐れると、スティーブさんがあははと笑う。
「ティーンエイジャーは初々しいねえ。でも彼は奥手そうだから、ここはワタルの出番だと思うよ。考えすぎて動けなくなるのは勿体ない。折角二人きりの時間が用意されているんだから」
一体この人はどこまで察しているんだろう。一枚も二枚も上手で、俺が段々龍之介に惹かれていっているのも見抜かれているのが悔しいけど、それが大人ってことなのかもしれない。
「ワタルがどうしたいかだけは、ボス戦の前に決めておくことをオススメするよ」
「……うん、ありがと」
そうして俺たちは数日間に及ぶ共闘に終わりを告げたのだった。
ラストスパート中です。
次話は夜に投稿します。




