35 ドメニコの献身
これまでスマホと睨めっこをしていて会話に参加していなかったドメニコの笑顔は、緊迫したこの場ではかなり異質だった。
「朗報ってどういうことだよ。お前一体何の話を――」
訝しげにドメニコを振り返るマリオに、ドメニコはスマホの画面を見せる。
「ここを見て下さい、マリオ。ドンからです」
「えっ、親父?」
戸惑いながらも、言われた通りに画面を覗き込むマリオ。目が字を追っていくにつれて、マリオの目が驚愕からか大きく見開かれていく。
「こ、これ……ど、どういう……?」
マリオの手は、震えていた。彼の様子を見守るドメニコの目には、明らかな喜色が浮かんでいる。
「ど、どうして? だってマッシモ兄さんは親父のお気に入りで……っ」
「マッシモさんの計画全てが明るみにされたんですよ」
マリオが片眉を上げた。
「え? でも証拠は片っ端から塗り替えられて……!」
俺たち四人は顔を見合わせると、みんな一様に首を傾げる。だよな。俺も訳が分かんない。
てことで、ここはきっと俺の出番だろう。
石橋をスキップで渡る俺が、シュビッと手を上げた。
「はい! 質問!」
「は……」
マリオが驚いた顔で俺を見たけど、気にしない気にしない。
「二人で盛り上がってるところ悪いんだけど、足止めを喰らってる俺たちにもちゃんと分かるように説明してほしいな!」
「わ、亘!?」
龍之介が慌てるけど、無視した。マフィアは怖いけど、胸を張って続ける。
「それかもう通っていい? そこにいられると先に進めないんだよね」
ジャンさんは目をひん剥いていた。スティーブさんは声を出さずに笑っている。
「……ふ、なんだよお前。俺らが怖くない訳?」
初めて、マリオが笑みを浮かべた。憑き物が落ちたような、ちゃんとした笑顔だった。
「ドメニコ。俺も状況を把握したい。お前が俺に語っていないことを全部話してくれ」
ドメニコは穏やかに微笑み「はい」と答えると、詳細を語り始めた。
◇
先ほどのマリオの話の通り、上二人の兄とマリオは母親が違う。マリオの母親は後妻で、前妻を亡くし心に傷を負ったドンを再び笑顔にした、明るい人だったという。
二人は大恋愛の末、結婚。すぐにマリオが生まれて、順風満帆に見えた。
だけど。
長男で次期ドンの座に最も近いと言われる長男のマッシモは、ドンのマリオに対する可愛がりように、自分の地位が脅かされていると思い込んだ。
マッシモは狡猾だった。偶然による事故を装い、マリオの命を幾度も狙った。
危ぶんだドンは、マリオに信頼できる部下、ドメニコをつけた。それでも狙われ幾度も怪我をするマリオを、ドンは案じた。
ドンは二人を愛していた。勿論上の二人のことも大事に思ってはいたけど、愛する人と小さな我が子は格別可愛いものだ。だから二人をファミリーから遠ざけた方がいいと頭では分かっていても、できなかった。
だけど一年ほど前、マリオが語った事件が起きてしまった。彼女は犯され、裏切り者とされ、傍にいることを許されなくなった。
そんな時、マリオの母親は拳銃で自分のこめかみを撃ち抜き、絶命する。
「だけど奥様は元々、拳銃など手にしたこともないような人でした。そんな彼女がどのルートで入手したのか。調べた結果、拳銃はマッシモさんが渡した物だと判明したのです」
「え……っ!」
マリオが目を見開くと、ドメニコが悲しそうに目を伏せる。
「そもそもドンがお二人を外に出したのは、もうファミリーとは無関係だと周囲に思わせることによってお二人の身を守る為でした」
ドメニコの言葉に、マリオが掠れ声を出した。
「……嘘……だろ……」
「嘘ではありません。二人を頼むと直接頼まれたのは俺ですからね。そもそも俺はずっと一緒だったじゃないですか。奥様も確証はなくとも気付いていたと思いますよ。それに奥様はドンの愛を信じておられましたから」
「そんな……っ、じゃあ、母さんはどうして拳銃自殺なんか……」
マリオの疑問には答えないまま、ドメニコさんが続ける。
「……奥様の死後、マリオは復讐に囚われました。ファミリーでの立場を確立する為に厳しい任務も請け負えば、末っ子が可愛いドンはつい見守る。それを知ったマッシモさんは自分の地位が脅かされたままだと思い、マリオの命を狙い続ける」
ふー、とドメニコが長い息を吐く。
「だから俺は、ドンに交渉を持ちかけたのです。動かぬ証拠を揃えたら、マッシモを切り捨てて欲しいと。このままのでは、遅かれ早かれマリオは処分されてしまう。そんなのは許せないですからね」
「ドメニコ……」
「ダンジョンに入る直前、動かぬ証拠を入手しました。行方不明になっていた、奥様を犯した男の調書です」
マリオが弾けたように顔を上げた。
「え……っ、あいつは死んだんじゃ」
「いえ、今も生きてますよ」
ドメニコが語ったところによると、ドンの妻を寝取りファミリーを敵に回した男は、本来であれば地中海で魚の餌になる予定だった。それはマッシモも願ったり叶ったりだった筈。
だけど、すんでのところで彼を助けた男がいたんだ。マリオの二番目の兄、フランチェスコだ。フランチェスコは、マリオとも仲がよかった。反対に、マッシモの強引なやり方には危機感を覚えていたらしい。
ファミリーの和を乱す行動の多さは、組織の吸引力の低下を促す。苛烈なマッシモには、熱心な信者がいたが同時に危機感を覚える者もいたんだ。
残念ながら、フランチェスコは事件を未然に防ぐことはできなかった。だけど、殺されそうになった男を匿うことには成功した。別の死体を用意してマッシモの目を誤魔化し、万が一情報が漏れるのを避ける為、まだドンにも伝えなかった。
フランチェスコは、間男役の男のビデオを撮った。全てマッシモの指示だったことを自白した男は、今は顔を変え名前を変え、別人として生きているそうだ。
「そして――奥様の拳銃自殺です。奥様はボスの気持ちを分かっていた。つまり、自殺する理由がないのです」
マリオの顔面が蒼白に変わった。
「それじゃ、まさか……」
ドメニコが、悲しそうに頷く。
「こればかりは本人のみが知るでしょうが、恐らくはマッシモさんに撃たれたか、脅されて自分で引き金を引くことを強要されたのかと」
「ああ……っ」
マリオが両手で顔を覆った。
マリオを取り囲む状況の壮絶さに、誰も口を挟めないでいた。固唾を呑んで、話の続きを待つ。
「証拠のデータをドンに送りつけてすぐ、ナポリで襲われました。そのまま逃げるようにダンジョンに入り――俺は毎日、ドンからの返答を待っていました」
「それがさっきの……てことか」
乾いた声で、マリオが囁いた。
「はい。ドンからの返答は、『マッシモという男はいない』。つまり元々存在しなかったことにされたのです。実の息子といえど、愛する妻を辱められた上に殺されたとなれば、組織の頂点に立つ人間が許す筈がないのですよ」
「は……はは、そっか、そうかあ……」
へなへなと床に膝を突いたマリオに、ドメニコが恭しく手を差し伸べる。
「それともうひとつ」
「へ? まだ何かあるのか?」
「はい。マリオを守り抜けたら、忠誠をファミリーではなく、マリオに誓ってよいと言われていました」
「はい?」
伸ばされたマリオの手を、ドメニコがしっかり握った。
「マリオが望むならどういった形でも構わないが、少なくとも成人年齢になるまでは手を出すなとキツく言われてまして。今日はマリオの十八の誕生日ですよね」
……忠誠の意味って?
勢いよくマリオを引っ張り上げると、腰に手を回してくいっとマリオの顎を持ち上げる。蕩けるような笑みを浮かべて、マリオを見つめるドメニコ。どろりとした執着を感じた。
「貴方が俺を選ばなければ、貴方が選んだ女が生んだ子を守ることで想いに蓋をしようと思ってました。なのにまさか女体化するとは。嬉しい誤算です」
「ちょっと、何を言って」
マリオは混乱しているのか、ポカンと口を開けてドメニコを見上げている。
ドメニコはにっこり笑うと、きっぱり言った。
「相手が女ならともかく、マリオを他の男にやるなんて許せませんから」
「は、え」
「俺と平和な家族を作りましょうね、マリオ。俺の子を沢山生んで下さい。……ティアモ」
告白の直後、固まっているマリオの唇を、ドメニコが覆い被さるようにして奪う。
「!」
マリオは抵抗したけど、そもそも身体の大きさからして違う。あっさり両手首を掴まれ、更に深いキスを延々受け続けたマリオは、膝から崩れ落ちそうになるところをお姫様抱っこにされた。
ドメニコが嬉しそうに伝える。
「今夜は俺たちの記念すべき結ばれる日ですね。これから毎日愛し合えると思うと楽しみで仕方ありません」
「ま、ドメ……っ」
「万が一男に戻られては困りますから、ゆっくり一階ずつ確実に下りていきましょうね、アモーレ」
「ド、んむっ」
マリオが言いかけた言葉を強引にキスで遮ったドメニコは。
早く行け、とばかりに俺たちに向かって手をひらひらさせるとマリオに目線を戻し、もう二度と俺たちを見ることはなかった。
ネトコン期間終了の明日完結できるよう、毎日ひーっと言いながら書いております。明日は投稿数多いかもですが、よろしくお願い致します。
次話は昼頃投稿します。




