33 与えられるだけじゃなく
ジャンさんには、俺が昨日龍之介に告白めいたことを言われたことは伝えないことにした。
ただでさえ混乱しているジャンさんに、これ以上余計な情報は入れたくなかったんだ。
それに俺は、「今は考えない」と決めたばかりだ。考えるのは、ダンジョンを出た俺に任せればいい。
あえて明るく笑いかけると、ジャンさんの背中を軽く叩いた。
「まあ、ゆっくり考えるといいと思うよ。ダンジョン限定でも恋人になったのなら、楽しまないと損じゃん!」
「た、楽しむ……?」
「うん! スティーブさんだって、ダンジョンにいる間だけでもって言ってたんでしょ? だったら考えすぎても状況は変わらないんだからさ、楽しくやった方が絶対いいって!」
ジャンさんは俺の言葉に目を見開くと、ふ、と肩の力を抜いて笑った。
「ワタルのそういうところが、リューノスケや私のように考えすぎる人間にとっては眩しく思えるんだろうな。なんだか分かるよ」
「え? ジャンまで俺のこと能天気とか楽観的とか言うの?」
口を尖らせると、ジャンさんが微笑みながら俺の頬を人差し指でするりと撫でた。
「これでも褒めているんだ。ワタルの明るさに救われている人間は、少なくとも二人はいるってことだ。自信を持っていい」
「え、えへ……?」
よく分からないけど、褒められて悪い気はしない。ニヤニヤしていると、外から俺たち二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
ジャンさんと目を見合わせ、綻ばせる。
「そろそろ戻らないとだ」
「……ああ、そうだな」
ジャンさんは顔を冷水で洗ってスッキリすると、待っていた俺の背中を押して外に出た。
「悪い。少し話し込んでいた」
「なに、男チームの悪口じゃないだろうね」
微笑を浮かべたスティーブさんが、さりげなくジャンさんの腰を抱く。ジャンさんは一瞬ぴくりと反応したけど、跳ね除けることはなかった。
昼食を買ってきてテーブルに座っても、スティーブさんとジャンさんの距離が明らかに近くなっているのが分かる。ジャンさんを見つめるスティーブさんの眼差しには熱が籠っているし、スティーブさんの視線に気付いたジャンさんが照れくさそうにはにかむ姿は、見ていて微笑ましかった。
隣に座る龍之介の横顔を盗み見る。龍之介は、俺の視線に気付くとにっこり笑い返して「ん? ひと口食べる?」と聞いてきた。
「食う」
そうじゃないんだよな。うまく制御できない感情に苛ついた俺は、ガブリと大口で龍之介のサンドイッチに齧り付いてやった。
これまでと一切変わらない距離が、何故か寂しく思えた。
◇
腹も膨れたところで、地図で未踏破になっている部分を探していく。
とある箇所に踏み入ると、スティーブさんが「ワオ」と呟いた。嫌な予感がして前方を目を凝らして見ると、床から壁、更には天井にまでびっちりと大量の大蜥蜴が張り付いているのが見えた。
ワオなんてレベルじゃねえよ。
実は先ほど、フロア転移陣入手の際のバトルに備えて、セーフティゾーンでそこそこの量のMP回復薬を投げ銭で購入しておいた。
攻撃魔法を中心に鍛えた俺は、対複数の場合かなり戦力になるから、ここはケチらないでいこうという作戦だった。
投げ銭は毎回それなりの金額になるけど、自販機で買える商品の値段が効果が上がる分高くなっていて、実はそれほど余らない。結果、毎日カツカツな状態だった。
マジでマンハッタンペアの投げ銭の恩恵に与りまくってるので、アメリカには足が向けて寝られなかった。どっちにアメリカがあるのかは分かんないけど。
ジャンさんが指示を出す。
「スティーブ、全体に防御魔法だ!」
「はいはーい」
「ワタルの魔法攻撃の後、残ったモンスターを私とリューノスケで倒していく! スティーブは遠距離攻撃でフォローしてくれ!」
「はい!」
「了解!」
まずはスティーブさんが防御魔法を唱えると、俺たちの身体が淡い緑色の光に包まれた。その隙に俺はスマホを操作し、炎魔法Lv4を唱える。
手のひらの上に現れた炎が収められた玉を振り被り、大蜥蜴の大群に向かって投げつけた。
パリン、と乾いた音が洞穴のような通路に響いた直後、猛火が辺りを埋め尽くす!
ヒュー、とスティーブさんが口笛を吹いた。
「凄い威力だな」
「でしょう!」
龍之介が長剣を抜きながら、嬉しそうに答える。なんでお前が答えるんだよっておかしくなったけど、これが俺と龍之介の距離感なんだよな。
なんだかこの瞬間、ごちゃごちゃ考えていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
龍之介はいつだって龍之介で、優先順位は俺が一番。何でも与えられるばかりで、龍之介に与えることをサボっていたのは俺の方じゃないか。
だから俺は、龍之介にもちゃんと与えて返すことにしたんだ。待ってるだけなんて、よく考えたらちっとも俺らしくないしな!
龍之介に駆け寄る。
「龍之介!」
「うん?」
振り返った龍之介の胸に、思い切り飛び込んで抱きついた。
「お前ならできる! 頑張れよ!」
「は……っ、はわ……っ!」
驚いた顔をして両手をパタパタさせていた龍之介が、小刻みに頷く。
「が、頑張る、滅茶苦茶頑張る!」
「怪我はすんな!」
「肝に銘じる!」
この時俺の中には、『ノルマ達成写真集』にあった龍之介のこめかみにチューの記憶が鮮明に残っていた。
だから龍之介がしたなら俺もしないとだろ!? と思って、龍之介の襟首を掴んで引っ張り寄せ――背が届かなくて、目尻にキスをした。
「……えっ!? わ、亘!?」
「気張ってこい!」
「は、はい!」
緩み切った表情の龍之介が、口を真一文字に結ぶと覚悟を決めたように頷き、「うおおお!」と焼け残った大蜥蜴に向かって猛進していく。
「リューノスケの正しい使い方だな」
スティーブさんがうそぶいた。
ジャンさんは目をまん丸くして見ていたけど、「じゃあ俺も」と言ったスティーブさんに一瞬で唇を奪われる。
二人のキスが終わる頃には、龍之介が圧倒的強さで残党を殲滅していたのだった。
……コメント欄は、とんでもない速度で流れていっていたので追えなかった。うん。
◇
七階のフロア転移陣を無事入手した俺たちは、慎重に地下八階への階段を探していった。
「――あ、あれそうじゃね?」
遠目にぽっかり空いた黒い穴のようなものが見えたので、指を差す。
「本当だ! さすが亘だよ!」
あれからすっかりハイになっている龍之介が、当然のように俺を褒めた。
これはイタリアペアに合わずに今日は終われるんじゃないか。
そんな期待をしつつ、階段に近付くと。
「――!」
階段の影から出てきたのは、イタリアペアの二人だった。
次話は昼か夜に投稿します。ストック次第です。




