3 いざダンジョンへ
翌朝になり、早速スマホでネットニュースを確認してみた。
日本ではすでに何千人ものペアがダンジョン入口を訪れたそうだけど、未だ中に入れた人はいないらしい。なんでも透明のバリアみたいなのがあって、ペアで触ると『ブッブー!』とむかつく不正解の音をそこそこの大音量で鳴らすんだとか。
入れなかった人のインタビューで、「音がイラッとする」というコメントが載せられていた。なんか分かるかもしれない。
このまま適合者が現れない場合、四日目からモンスターが出てくるようになる。他国が半径一〇〇キロの土地を焦土化された事実からも、あのふざけたドラゴンが冗談で済ますとも思えない。
四日目になる前にダンジョン周辺を自衛隊が取り囲み、モンスターが市街地で暴れないように対策するそうだけど、どれほどの戦力なら倒せるかも未知数。普通に怖いんだけど。
これ以上、国内に目ぼしいニュースはないみたいだ。次に、海外ニュースのタブをタップする。
「――お、何カ国かは入れたってあるな!」
早速記事を読んでみることにした。アメリカでは、金融街勤務のエリート証券マンペアがチャレンジして、無事に入れたらしい。金髪の軽そうなイケメンと、黒髪の堅物そうな強面の男の顔写真が載っていた。二十代か、三十代前半くらいに見える。
他のエリアでも、何箇所か入口を潜れたペアがいるみたいだった。やばい、日本には刻一刻とモンスターの危機が近付いてきているぞ。
「あ、そういや、配信がどうのって言ってたのってどうなったんだろ」
中の情報がある程度分かるなら、事前に知っておきたいと考えるのが普通だろう。
ダンジョン配信、と検索しようとしたその時。突然、脳内からバカでかいハスキーボイスが鳴り響いてきた。
『えー! どーも、神竜ですっ!』
「声でかっ!」
咄嗟に耳を押さえたはいいけど、中から響いてくるので意味を成さないことにすぐに気付く。くっそ、音量調整くらいしっかりしろよ! てゆーか、日本は朝だけど他の国じゃまだ真夜中の場所だってあるだろうに、はた迷惑なドラゴンだな!
『あ、興奮しちゃって声が大きかったかな!? ごめんごめーん!』
普通にイラッとした。
『お知らせでーす! ダンジョンが誕生してから今までで、四ペアできたよ! 配信は準備万端なんだけど、今映しちゃうとネタバレしちゃうんだよね! だから四日目に入った時点で配信開始します! お楽しみに!』
そしてまた唐突に『ブツッ!』という音がしたかと思うと、声が聞こえなくなった。人の都合なんてお構いなしの行動に、「あいつ友達いなそう」と思った。そもそも神竜ってなんだよって話だけどな。
他に仲間がいるかも分からないし、何もかもが謎すぎる。それに目的もさっぱりだ。『成分を供給』とか言ってたけど、意味が分からないし。
すると今度は、スマホが音を鳴らし始める。画面を見た。龍之介からの電話だ。
「もしもーし?」
『あ、亘おはよ。今の凄かったね』
「本当だよ! あのドラゴン、耳が遠いんじゃね? まあうっせえのなんのって」
暫くドラゴンの音量の愚痴と諸々の情報交換をしてから、一時間後に龍之介がうちに来てくれる話になった。
「じゃあ後で!」
『うん!』
通話を終了すると、リビングに下りる。心配そうな表情の両親が、俺を見て寄ってきた。
「ねえ、今日本当にダンジョンに行くの? ぎりぎりにしてみたら?」
母さんは泣きそうな顔だ。父さんも心配顔で頷く。
「今日父さんが会社の部下と行こうかって話してるところだから、僕らが帰ってきた後にしたらいいんじゃないか?」
俺のことを心底心配してくれているのが分かるだけに、胸が詰まった。
「いや、早く済ませちゃいたい気分っていうかさ」
「それも分かるは分かるけど……っ」
「龍之介がついてるし、大丈夫だって!」
ニカッと笑ってみせると、二人は顔を見合わせて頷き合う。
「まあ、確かに龍くんなら安心ね」
「あの子はしっかり者だし、昔から亘の面倒をよく見てくれるしな」
俺より信頼のある龍之介。まあいいんだけどさ。
母さんが、困り顔で忠告してきた。
「あんたはとにかく適当なんだから、大人しく龍くんの言うことをよく聞くのよ?」
「分かったってば」
「亘が女の子だったら龍くんをお婿さんにもらいたかったくらいだもんなあ、はっはっはっ」
はっはっはじゃねーよ。不貞腐れて下唇を突き出していると、苦笑いに変わった父さんが財布からお札を取り出す。
「終わったら、すぐに連絡しなさい。その後、これで二人でうまいものでも食べておいで」
「父さん……うん!」
笑顔でお札を受け取った。ふは、一万円! ラーメンもいいし、何がいいかな! 龍之介にも聞いてみよっと!
――この時の俺は、自分が選ばれる可能性なんて微塵も考えていなかった。
◇
龍之介が迎えに来たので、電車で東京駅まで向かう。
電車は二回乗り換えだ。尚、ダンジョンに向かう人は電車賃がタダ。自己申告制だから嘘を吐く人もいるかもしれないけど、今の状況では致し方ない措置らしく、交通会社各社は政府の要求を呑んたんだとか。
そんな訳で、帰りに何食いたい? なんて会話をしながら、東京駅に向かった。電車の中の雰囲気は、どこかピンと張り詰めているように感じられて居心地が悪い。
「でもさ、心配しすぎたって仕方ないじゃん。だったらまずはやることやってさ、責任果たした後に考えたらいいと思うんだけどな」
誰が聞いているか分からないので、できるだけ小声で龍之介に伝える。龍之介はずっと緊張した表情だったけど、俺の言葉を聞くと表情を和らげた。
「……うん。亘のそういう単純明快な考え、いいと思う」
「俺のこと、アホだと思ってない?」
脇腹を肘で突いても、龍之介は避けない。今度は明るめの笑顔で答えた。
「思ってないってば。知ってると思うけど、僕は結構考えすぎちゃうところがあるから。自分で想像して自分で怖くなるっていうか」
「まあ心配性だもんな」
ケラケラ笑うと、龍之介が穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「うん。だから、亘といるとホッとするんだ。亘の明るさに救われてるから、ずっとそのままでいてね」
「じゃあずっと龍之介に心配されっ放しってこと?」
「うん。そんな未来もさ、楽しいよ。きっと」
あまりにも龍之介が嬉しそうに言うもんだから、俺はモゾモゾしてしまい。
「……へっ、俺のお守りが好きなんて龍之介も変わってるよな!」
あはは、と笑い飛ばしてみたけど、龍之介にニコニコしたまま「うん」と頷かれて、何も言えなくなってしまった。
次話は明日の朝投稿します。