20 DAY2の始まり
昨夜は、気絶くらいの勢いで寝落ちした。
『おっはよー! DAY2の始まりだよっ! みんな、起きてあと一時間で朝食と支度を済ませてね!』
「うわあっ!?」
初日と同様、アホドラゴンのアホな音量の声に、心臓発作が起きるんじゃないかってくらい驚いて飛び起きる。心臓はバックバクだ。よく口から飛び出さなかったものだと思う。
「……だから音量! いい加減にしろよ!」
この時俺たちは、離れないようにとお互いの手首を紐で結びつけていたことをすっかり失念していた。
龍之介が、「えっ、もう朝っ!?」と慌ててベッドから降りようとして、紐に引っ張られてつんのめる。上半身だけ起こしていた俺に向かって、倒れ込んできた。押された俺は、仰向けにあっさりひっくり返ってしまう。
「おわっ!?」
「ぶふっ!?」
振り返っていた龍之介の顔面が、ブラを付けていない俺の胸に埋もれた。谷間に感じる龍之介の荒い鼻息が、何とも言えない感触だ。な、生温かいんだけど……っ!
「ちょ……っ、さ、さっさとどけ! この――エッチ!」
「わ、わ、わわっ、ごめんっ!」
俺の中身は男だし、相手は知り尽くしている龍之介だ。だというのに、何故か身体が沸騰したように熱くなってしまって、思わず利き手である右手で龍之介の頭を後ろに押してしまった。
だけど、こっちは龍之介と繋がれている方。突然腕を後ろに捻られた龍之介は「いっ!?」と小さな悲鳴を上げると、崩れたバランスを取り直そうと自由な方の手を突いた。
――俺のふくよかな胸の上に、ぐにょっと。
「んっ」
思わず変な声が漏れた瞬間、焦り切った顔の龍之介が勢いよく後退った。
「うわあっ!? 本当ごめん! わざとじゃないんだ!」
「わっ馬鹿!」
勢いあまった龍之介は、そのまま背中から転がり落ちていく。当然、繋がったままの俺を道連れにして。
「えっ、わ、亘っ! ――ぐおっ!」
背中を床に激しく打ち付けた龍之介は、それでも俺だけは庇おうと思ったのか、片手と両足を使って俺を受け止めてくれた。
「ぎゃんっ」
「わた――んむっ」
ふにゅ、という柔らかいものが、額に触れる。
額に触れたままのものが、ムニョムニョ動いた。
「……亘、だ、大丈夫……?」
「ああ……とりあえず、手首のこれを外そうな……」
どういう顔をしたらいいか分からなくて、龍之介と目を合わせないまま顔を上げる。
「だ、だね!」
龍之介が、紐の結び目を右手だけで解き始めた。龍之介の視線が外れたことで、龍之介の顔をようやく見る。案の定、龍之介の顔は真っ赤になっていた。……だからさ、なんでお前が赤くなるんだよ。色々されちゃったのは俺の方なんだけど? 恥ずかしいのは俺の方なんですけどー!?
俺の視線に気付いた龍之介が、照れ臭そうにチラチラ俺を見ながらほざいた。
「……い、今の、ノルマのおでこにキスにカウントされちゃうかな?」
う……っ、な、なに言っちゃってんのこいつ!? しかもさ、なんでちょっと残念そうな口調!?
「ぶ……っ! な、なんねーだろ! あれはおやすみのキスが条件だぞ!?」
「だ、だよね! あは、はははっ! あ、取れたよ!」
「じゃあもういい加減足を解け、腕を退けろ!」
龍之介がちっとも離そうとしないので、口汚く命令する。なのに、一向に龍之介の拘束は解けない。おい。
ギロリと睨むと、龍之介が蕩けるような笑みを浮かべた。
「……朝起きた瞬間から、亘が僕と一緒にいるなんて幸せ。亘、おはよ」
――なんて甘ったるいことを言うんだよ。そんな顔してそんなことを言われたら、これ以上文句なんて言えないじゃん。
「……ん、はよ」
ブスッとしたまま答えたのに、龍之介は心底嬉しそうに俺をぎゅう、と更にきつく抱き締めたのだった。
◇
支度も終わり、時間が来たので赤いボタンの前で待機する。
マンハッタンペアの二人とは、ダンジョンに下り立った時点で地図のどの辺りにいるかを連絡し合う手筈になっていた。
ボタンの前に立つと、スマホから声がして「行き先を選択して下さい。地下二階、地下三階が選べます」と言われたので、約束通り地下二階を選択する。
「じゃあ、準備はいい?」
「おう!」
押せと言われたかと理解した俺は、今日も躊躇いなく赤いボタンに手を伸ばす。地面に穴がパカッと空いた。
「ちょっ!? 待ってわた――くっ!」
落下が始まる直前に、龍之介が必死な形相で俺を抱き寄せる。すぐに落下が始まり身体が傾斜した壁に触れると、龍之介は俺と自分の場所を無理やり入れ替えた。
こいつはまた――!
「龍之介! 俺は別に大丈夫だって言ってんだろっ!」
「僕が嫌なんだってば!」
「……くそっ!」
おかんな龍之介は、とにかく俺のことが心配らしい。
昨日よりはちょっと長めに滑っていくと、ズサササーッ! と平たい地面にもんどり打ち、停止した。
「……っとにもう……! 押す時は押すって言おうね!?」
「それについては悪かった。押せって言われたのかと思ったんだよ」
「……いや、僕も悪かった。ちゃんと伝えないとだったんだ……」
ぶつぶつ言い始めた龍之介の腕の拘束を解くと、今日は俺が先に立ち上がって龍之介に手を貸す。
立ち上がった龍之介が、眉を八の字にして尋ねてきた。
「亘、怪我はない? 痛いところは?」
「お前なあ……」
龍之介に包まれるように守られていたので、当然かすり傷ひとつない。だけどさすがにイラッとして、龍之介の鼻をむんずと摘んで顔を近付けた。龍之介の目が、驚いたように見開かれる。
「あのなあ龍之介」
「ふが」
「俺と龍之介はペアなんだよ。分かってるか?」
「ふが」
龍之介が真摯な眼差しで頷いた。
「女体化したってのはあるけど、それに運動神経が残念だっていう要素もあるっちゃあるけど、俺だってちゃんと戦えただろ?」
「ふが」
お前は「ふが」しか言えないのか。まあ龍之介の鼻を摘んでるのは俺なんだけどさ。
「だったらさ、俺がやらかすのが心配なのは分かるけど、もうちょい対等に接してくれない?」
「ふが……」
……なに言ってんだか分かんねえ。龍之介に話を聞く気がありそうなので、摘んでいた手を離すことにした。龍之介が、痛そうに鼻を擦る。
「お前さ、俺が危ない目に遭いそうって思っただけで、無茶しようとするだろ」
「……はい」
自覚はあるらしい。俺は偉そうに腕組みしながら仁王立ちすると、龍之介を睨み上げる。
「それでお前が怪我でもしたら、俺がどんな気持ちになるか考えてくれよ」
「……! ご、ごめん……。そこまでは考えてなかった」
泣きそうに目を瞬かせる龍之介。ちょっとキツく言い過ぎたかな? と思ったので、ここいらで勘弁してやることにした。
とん、と拳を龍之介の胸に当てる。
「俺は龍之介の背中を守る。だから龍之介は俺の背中を守ってくれないか? バスケと一緒でさ、ワンマンプレーは駄目だろ」
「……亘の言う通りだ。ごめん、不安で突っ走ってた……」
龍之介が俺の拳を上から包み込んだ。ようやく、龍之介の顔に笑みが戻ってくる。
と、スマホからチャリーン、という音の後、チャリチャリチャリチャリ……! と連続して投げ銭の音が聞こえ始めてきた。え、なにこの勢い?
ぎょっとして画面を覗いてみると、投げ銭通知の合間に、『友情尊死』とか『叱られるイケメンでしか得られない要素がある』とか『強気女子苦手だったけど、今この時から好きになった』とかいうコメントが流れては消えていく。
どちらからともなく顔を見合わせると、「くはっ」と笑いを漏らした。
「さ、ジャンさんたちに連絡取ってみようぜ」
「だね。じゃあ僕が掛けるから周囲を警戒していて」
「ラジャー!」
俺は電話をする龍之介を守るべく、双剣を抜いて構えたのだった。
次話は明日の朝投稿します。




