2 ペア組み
ブクマいただいたので本日2話目投稿です。
俺に覆い被さるようにして庇ってくれていた龍之介が、ゆっくり立ち上がると大きな手を差し出す。
「亘、手」
「あ、わりい」
龍之介の手を借りて立ち上がると、俺よりかなり上の方にある龍之介の顔を見上げた。まだ警戒しているのか、俺の手を掴んだまま周囲をキョロキョロ見回している。
……こいつって本当、慎重派なんだよな。なんでも「まあとりあえずいっか!」でろくすっぽ考えずに石橋をスキップで渡るような俺とは、真反対なんだ。小中高とずっと一緒の腐れ縁、要は幼馴染みな関係だけど、よく俺みたいな適当な奴と一緒にいて疲れないもんだよなあ、と毎回感心している。
龍之介曰く、「心配だから隣に置いておきたいんだよ」らしいけど。それ、女なら誤解しちゃうよ? 俺が男でよかったな、本当。
龍之介の友情と慈愛は、深海より深いのだ。周りの奴らには、「龍之介は亘のおかんだよな」と言われている。男バスの元マネとしては「面倒を見てるのは俺の方だ!」と言いたいところだけど、手先の器用さも面倒見も圧倒的に龍之介の方がいいので、反論できないところが辛かった。
改めて、親友の姿を眺める。甘めで柔和な顔立ち。色素の薄い茶髪は地毛で、見上げると光が透けて後光が差してるようにも見える神々しさだ。見下される俺は大抵影な方だもんな。俺ももっと身長が欲しかった。せめて一七〇は欲しいのに、牛乳が俺を裏切るんだよ、チクショー。
見た目からして優しい龍之介は、基本物凄く親切で優しい。さっき地震があった時だって、自分のことは顧みず俺を庇ってたもんな。
龍之介は俺の手を掴んだままスマホを取り出すと、ネットニュースを開く。
「なんて書いてある?」
龍之介の手元を覗き込んだ。トップニュースは、そりゃまあそうだろうけどやっぱりドラゴンについてだった。
「空を飛んでいたドラゴンは消えたって」
「消えたって、マジで消えたの?」
「らしいよ。映像が消えたみたいに突然消えたって」
「マジか」
龍之介が指を動かして読み進めていく。
「ダンジョンの入口らしき建造物が、東京駅のロータリーに生えてきたんだって」
「生えたって、地面から?」
「らしいよ。さっきの地震はその影響みたいだね。余震とかはないんじゃないかって」
「ならよかった」
神妙な面持ちで、龍之介が次々に入ってくるニュースをまとめていった。
「……世界各国で、同じ現象が起きてるって。アメリカはマンハッタンにダンジョンの入口ができたらしいよ」
「おお、自由の女神じゃん」
「あっちは夜中だったからか、酒が入った人たちがダンジョンに入ろうとして弾かれたって」
「危ないとか考えないのかね? 行動力だけ無駄にある感じするよなー」
俺が笑うと、何故か龍之介が俺を憐れむような眼差しで見てくる。な、なんだよその目は!
「亘っぽいなってちょっと心配になっちゃった」
「うっせ」
龍之介の脇腹を肘で小突くと、二人して画面に目線を戻した。
スクロールしていくと、各国のニュースがどんどん流れてくる。
ひとつのニュースを見た龍之介が、指を止めて眉根を寄せた。
「なに? どうしたの?」
龍之介は、ひとりで先にニュースの記事を読み始める。横で勝手にスクロールされている俺は、ちっとも内容が拾えなかった。
「……どこかの国が、ドラゴンに攻撃を仕掛けたらしい」
「え」
目を瞠って龍之介の顔を見つめる。龍之介の眼差しは、真剣そのものだ。
「らしいっていうのは、半径一〇〇キロ近い土地が焦土化してるのを、隣の国が気付いたからみたいだよ」
「へ……っ」
「円の中心に、ダンジョンの入口だけぽつんと残ってるらしい」
「嘘だろ……」
ドラゴンが「ボコボコにやり返しちゃうよ!」と言ってたのは、事実だったんだ。これまでどこか非現実感があって他人事に感じていた俺に、じわじわと実感が湧いてくる。これはリアルで起きている出来事なんだと。
思わず怖くなって、相変わらず繋がれたままの龍ノ介の手をぎゅっと握り締めた。龍之介も、冷静に見えるけど怖いんだろう。俺の手を同じようにきつく握り返してくれた。
消失したエリアが犠牲になったことで、「ダンジョンからモンスターが出てくる」件も含めた諸々が本当のことだと信じざるを得なくなった。……まさか、ドラゴンがそこまで計算したとかじゃないよな?
龍之介が続ける。
「日本政府は、夕方までに方針を定めて発表を行うそうだよ。さすがにこれは見ないと拙いよ、亘。ゲームして見逃したとか、やめようね」
「う、うん……」
おかんな龍之介にいかにも俺が取りそうな行動をチクリと指摘されてしまった俺は、今回ばかりは素直に頷いたのだった。
◇
夕方、予告通り総理大臣の発表があった。
内容は、こうだ。
・東京都に住む十八歳以上六十歳未満の成人男性が対象。病気や怪我、その他刑期中や犯罪に関わる拘束などの状態にある場合は対象外とする。申請は、各市町村の特別窓口に連絡すること。
・各々ペアを組み、三日以内にダンジョン前に身分を証明できる顔写真付きの証明書を持参すること。顔写真付きの証明書がない場合は、複数の証明書を持参の上で本人確認とする。
・ダンジョンに入れなかった人には非適合者判定カードを渡すので失くさないこと。
・三日を過ぎても集まらなかった人を対象に、国側がランダムにペアを選定し出頭させる。
・各学校、職場は非適合者判定カードもしくは免除対象者以外を受け入れないこと。受け入れた場合、罰則がある。
発表が終わったところで、すぐさま龍之介から電話がかかってきた。
「もし――」
『亘! 誰かにもう誘われちゃった!? だったら断って、僕とペアを組もうよ!』
いきなり捲し立てられて呆気に取られていると、龍之介が不安そうな声を漏らす。
『……まさか、亘……っ』
ふはっと吹き出した。本当、心配性のおかんなんだからなあ。
そう、俺と龍之介の誕生日は春と夏。つまり俺たちは高校生ではあっても、東京都に住む十八歳以上の成人男性に該当していた。
「誘われてないし、俺も龍之介に頼もうと思ってたところだって」
『あ……、よ、よかった……っ』
あまりに安堵した声に、本当こいつって友達思いだよな、と心が温かくなった。
少し落ち着いたのか、穏やかな口調に変わった龍之介が続ける。
『考えたんだけど、気の早い人や近所の人は今日から行く人もいると思うんだよね』
「あ、言われてみれば確かに」
『その間に、入れるペアが現れるかもしれない』
「お……おお、だな!」
龍之介が冷静なお陰で、大して深く考えず「じゃあすぐ行こうかな」なんて考えていた俺の頭が整理されていった。マジで頼りになる親友だ。
『だから、明日朝一でニュースを確認して、まだ誰も入れてなかったら向かおうか』
「わ、分かった!」
『じゃあ、明日また連絡を取り合おうね』
「おう!」
と、龍之介が暫く黙り込んだ後、ボソリと呟いたじゃないか。
『……他の人が誘っても、絶対断ってよ』
「ぶはっ! だからそもそも来ないし、断るって! もー、心配性なんだから!」
『絶対の絶対だからね』
「分かったってば!」
龍之介が方針をあっさり定めてくれたことと、俺を心配するおかんな言葉のお陰で、俺の中でどんよりと燻っていた焦燥感が消えていったのだった。
次話は明日の朝投稿します。