19 DAY1終了
階段を下りていく途中で俺たちの身体は光に包まれ、目を開けた時には俺たちに割り振られた休憩所の小部屋に立っていた。
「キューッ」
「わっ」
突然キューが急降下してきたかと思うと、俺の胸に激突する。コウモリの翼をパタパタさせながら、閉じられた瞼をグリグリしてきた。あは、もしかして「寂しかったよーっ」て甘えてんのか? 可愛いの。
「そうだよな、お前たちは撮影が忙しくて全然構ってやれなかったもんなあ」
ぎゅっと腕に抱いて頬擦りすると、龍之介が声にならない悲鳴を上げる。
「わっ亘!? そんなに押し付けたら谷間が全世界にっ」
「はあ?」
顔が赤くなったと思ったら蒼白になったりと、忙しい奴だ。俺はチラリと横目でスマホを確認すると、教えてやった。
「ばーか。カメラもマイクもオフになってるってば。自分のスマホを見てみろよ」
「え……っ、あ、本当だ」
肩をいからせていた龍之介が、へなへなとその場に崩れ落ちる。
「基本休憩所は撮影されないってあっただろ」
「そっか、そうだった、ならよかっ……よくない! そんな簡単に触らせちゃ駄目だってば!」
「お前なあ。相手はキューだぞ?」
やれやれと苦笑を見せても、龍之介は頑として譲らなかった。
「駄目! 減る!」
「減らねーよ」
「僕が心配だから! お願いだから必要以上にくっつかないでよ! 僕だって……そこは僕の場所なのに!」
レンガの床に座り込んだまま、潤んだ瞳で俺を見上げてくる龍之介。この姿とセリフから、ピンときた。
龍之介は、器用だし人当たりもいいし、頭もいい。すると自然と人望が集まり、結果として責任のある立場に推薦されることが非常に多かった。
しかも本人は頼まれたらなかなか断れない質だから、つい引き受けて頑張ってしまう。男バスのキャプテンだって、実力はもっと上の奴もいたけど、先輩と顧問から「お前にやってほしい」と頼まれて引き受けた、という経緯があった。
一旦引き受けた以上、龍之介はベストを尽くそうとする。根が真面目なんだよな。それだけでも俺から見たら「すげー」と思うんだけど、石橋を叩いた上でそっと渡る龍之介は、様々な可能性を吟味して考えて考えすぎて――時折、一気に自信を喪失する時があるのだ。
大抵は、状況が切羽詰まっていて考える余裕がない時にそれは起こる。
そんな時、マイナス思考になってしまった龍之介を慰めて甘やかして、再び自信を取り戻させるのが俺の役割だった。なんせ、俺は自他ともに認める猪突猛進な考えなし人間だからな。
龍之介の細やかな悩みを聞いたところで、「お前そんなこと気にしてんの? 誰もそこまで考えてないってー!」と本心から言ってあげられるのは、今のところ俺しかいない。
いくら龍之介ができる男だからといって、まだ自立していない学生であることに違いはないからな。
しかも、こんな訳の分からない状態で生死や日本の平和が俺たちの行動に掛かっているとなれば、プレッシャーも相当なものだろう。
俺たちと言っても、俺の肩に乗っている重さを、俺自身はあまり感じていない。頑張って踏破して男に戻ってやる! という自分中心な感情が一番強かった。
――多分それは、俺の分までプレッシャーが龍之介の肩にのしかかっているから。
「……あー、分かった分かった。今日は物凄く頑張ったもんな?」
ベッドに腰掛けると、横にキューをそっと置く。
「ほら、もう誰も見てないぞ。お前の愚痴を聞くのは俺の役目だからな、来いよ」
龍之介に両手を広げてニヤリと笑ってみせると。
「うんっ!」
龍之介が、間髪入れず飛びついてきた。
「ぐえっ」
勢いあまってベッドの上に押し倒される。龍之介は俺の腰に回した腕でぎゅうう、と絞め殺す勢いでしがみついた。俺の首筋に顔を埋め、声を震わす。
「……怖かった……!」
「うん、そうだな……悪かったな、お前にばっか任せちゃって」
泣きそうな声だった。龍之介の脇から腕を伸ばして、龍之介の後頭部を撫でてやる。
「ううん……亘に何かあったらと思うと、頭がおかしくなりそうだった……っ」
「防御魔法が今のレベルじゃ使えないんだよな。レベル上げして早く使えるようにならないとだな」
「それもそうだけど……! 今日、スティーブさんと二人になったでしょ……スティーブさんは大丈夫だって頭では分かっていても、亘の姿が視界にないと嫌で嫌で……!」
グズ、と鼻を啜る音がした。とうとう泣き出してしまったらしい。極限まで追い詰められると、こうやって俺に抱きついて最低三十分はぐじゅぐじゅやるんだよな。これは、小学校の時から変わらない。
高校生になってもこの距離感ってどうなの? と思わないこともない。だけど、別にとりたてて不快でもないし、こんなことで龍ノ介が立ち直れるんだったら安いものだった。なんせ俺の平和は、いつも側にいる龍之介が穏やかで過ごせていることと同義だからな。
それに――いつかこいつに隣にいて心から安心できる恋人ができたら、俺のこの役目は終わってしまう。子供の頃からの習慣が消えてしまうのは、それなりに寂しいもんだ。だから俺は、龍之介が俺に縋ってくる限りは全力で慰めて甘やかしてやるつもりだった。
「……もっとよしよしして」
「おうよ」
龍之介の頭を、優しく何度も撫でつける。これがあの頼りになる元男バスキャプテンのプライベートな姿だと視聴者が知ったら、もしかしたら視聴者が離れていっちゃうかもしれない。
龍之介の名誉を守る為にも投げ銭の為にも、この姿は絶対表に出させてはならない、と俺は密かに決意した。だって女性の投げ銭、殆ど龍之介宛だし。
あ、俺? 俺にはね、メンズが「ワタルちゃん、投げ銭だよ♡」とか「可愛い、結婚して」とか言いながら投げてくるよ? それらのコメントを見る龍之介の顔が滅茶苦茶般若でクソ怖いんだよな。――て、俺は男だ! 女子枠に入れるんじゃねえ!
ベッドに仰向けになってよしよしを続けながら、ぼんやりと壁を眺める。今朝は黒かった文字が、今日のノルマの分だけビンク色に輝いていることに気付いた。普通に色がうざい。
「……なあ、今日は手を繋いで寝るんだってさ」
「……ん」
「俺寝相悪いから、すぐに離しちゃう自信しかないんだけど」
「手首を紐で括り付けようよ、あと恋人繋ぎにしよう。その方がきっと取れないから」
龍之介の即答に、こいつはもうすでに俺の寝相を把握した上で対策を練っていたんだな、と感心せざるを得なかったのだった。
次話は夜に投稿するかもです。
しなかったら明日の朝投稿します。(一日三話投稿切り替えタイミングを見計らい中)