17 フロア転移陣
身体も休まったところで、マンハッタンペアと一緒に再びダンジョンに挑んだ。
そして現在、俺とスティーブさんは大量のスライムを前に、ジリジリと後退していた。大ピンチってやつだ。
スティーブさんが、スライムから目を逸らさないまま羨ましげな声を漏らす。
「そうか、リューノスケとワタルは幼馴染みなんだね。道理で随分親しげだと思ったよ」
「俺ら、小さい頃から今までずっと一緒なんだよ。だから、お互い知らないところってあんまないかもね。親しげに見えるのはまあ当然っていうか」
横目でスティーブさんを見ながら答えた。スティーブさんは、俺の答えを聞いてとても残念そうな表情を浮かべている。ん? どういう意味?
と、ボウガンを構えながら、スティーブさんがぶちぶち言い始めた。
「ワタルたちが心底羨ましいよ。俺とジャンは、同じ部署になるまでお互いの存在を知りもしなかったから……俺はジャンの幼かった頃の姿も、まだ知らない」
あらら。いじけたように見えたのは、俺と龍之介の関係が本気で羨ましかったから、らしい。この人、ジャンさんのことが大好きなんだな。ジャンさんの涙の跡を見た直後の剣幕を考えたら、そうとしか思えないけど。
「まあ幼馴染みだと、言わなくても分かってくれるっていうのはあるけどさ。反対に嘘吐いたり隠し事しても即バレだけどな」
「なんだそれは。限りなく羨ましい。だってワタルは幼い頃のリューノスケのことを知っているだろう? 彼が何を好きなのかも、趣味も」
「そりゃまあね。逆に知らないとおかしいし」
俺はそこまでジャンのことを分かっていない……と悔しそうに呟くスティーブさん。
先ほどスティーブさんと分け合って飲んだMP回復薬の効果が出てくるのを、まだかまだかとスマホ画面を見ながら待った。あとちょっとで、魔法が使える値までMPが回復する。あとちょっとだから、頼むから襲ってくるなよ……! 沼臭くなって食欲減退の状態異常になるのなんて御免だ。
「ジャンとバディを組んでもう三年になるのに、アイツはいつまで経っても俺に気を許してくれないんだ。いくら俺から働きかけても。俺はこんなにジャンのことを知りたいって伝えてるのに、『不器用な私に気を使わなくてもいい。頑張ってスティーブに追いつくから』なーんて言ってさ。そういうことじゃないのにさ」
「まあ、俺が話しただけでも真面目そうだなあとは思ったよ。女の身体になって、この先どうなるんだろうって不安になってたみたいだし」
すると、スティーブさんが苛立たしげに金髪を掻きむしった。
「それだよ! どうしてそれをバディの俺に言わない!?」
「弱音を吐きたくないんでしょ、多分」
「それはそうかもだけど……!」
実は俺は知っていた。トイレで俺の肩を涙で濡らしたジャンさんが、涙ながらに語っていたんだ。
ジャンさんは、明るくて気さくで、周りの協力を得てグイグイ引っ張っていくスティーブさんを尊敬していた。その反面、使えない奴だと呆れられるのが怖くて、必死で知識を蓄えて食らいつこうとしていたらしい。
だから悩む姿を見せたら幻滅されるんじゃないかと、女体化した恐怖の捌け口をどこにも求めずひとり耐えていたんだって。だけど、同じく女体化した俺を前にして、押さえていた感情がドッと溢れ出してしまった。
俺と違ってクソ真面目そうだもんな。俺は考えたところで今はどうしようもないし、最悪龍之介がいるし何とかなるっしょ! とあえて考えないようにしていたこともあって、心のダメージはそんなにはなかった。馬鹿でよかったなって、こういう時はマジで思う。
だけど俺と違って優秀で真面目なジャンさんは、きっとダンジョンを出た先の未来のことまで考えてしまい――抑え切れない不安を懸命に呑み込んで、耐えて耐えて、爆発してしまったんだ。
スティーブさんが、決意したような眼差しでキッとスライムを睨みつけた。あの集団の向こう側に、スティーブさんが大好きなジャンさんと、俺の親友龍之介がいる。
「にしても、この回復薬、回復のスピードが遅くない?」
「恐らく、消化が進むにつれて回復しているんだろう」
「そういうところだけ妙にリアルでやっぱ腹が立つな、あのドラゴン」
「同感だな」
そもそも、何でこんな状況に陥っているのかというと、話は少し前に遡る。
つい先程、狭い箇所を歩いていた俺たちの頭上から突然、スライムの集団が降ってきたのだ。
ドボドボ落ちてくるスライムに潰されないように咄嗟に逃げると、前衛にいた龍之介とジャンさんと、後衛の俺とスティーブさんが分断されてしまった。
前衛の二人が俺たちの名前を呼ぶ声は辛うじて聞こえたので、俺たちも精一杯大声を出して応えた。
集団だろうと、スライムはこれまで大体一撃で倒せていたから、すぐに合流できると思ってたんだ。
だけど、いかんせん数が多すぎた。龍之介たちは物理攻撃がメインだ。正面から攻撃すると沼味の液体を引っ被ってしまうので、あちらはあちらで苦戦しているんだろう。
てことで、魔法がメインの俺たちは、魔法を使って地道にスライムの数を減らしていっていた。だけど、スライムの壁が消える前に俺たち二人のMPが切れてしまった。そこでセーフティゾーンで購入していたMP回復薬を半分こしたというのに、ゲームと違って一向に回復しない。
俺がじりじりしながらスマホ画面を見ていたら、スティーブさんが俺と龍之介の関係を聞いてきたという流れだ。
と、ここでようやく、グレーになっていた火魔法Lv2の文字が黒くなる。
「――きた! スティーブさん、火魔法が使えるようになった! 俺は右の奴を狙うな!」
「お、俺のもいける。じゃあ左の奴を狙うよ」
スマホの画面をタップすると、俺とスティーブさんの前に、炎が収められた透明の玉が浮き出る。新たに覚えたファイヤーボールという技だ。
ちなみに最初に覚えた火魔法はファイヤーといって、説明をよくよく読んでみたら「炙り焼きに最適! 攻撃には適してません」とあった。思わずスマホを投げつけようかと思ったけど、ぐっと堪えた俺って偉い。
ファイヤーボールの玉を素手で鷲掴みにすると、二人同時に沼色スライムに向かって投げつけた。玉はスライムに当たった瞬間、激しい勢いで爆ぜる。レベルが上がるにつれて魔法の威力も増えているから、ちょっと爽快だったりして。
スライム二体が溶けて消えたことで、壁となって立ちはだかっている残りのスライム二体の背中が見えるようになった。身体が沼色に濁ってるからはっきりは見えないけど、こいつらの向こう側に龍之介たちがいるみたいだ。
俺は双剣を抜くと、駆け出してスライムの背中を斬った!
スライムたちは、「ギョエエエ!」という断末魔を上げると、しおしおと枯れていく。
「――亘!」
「龍之介!」
今にも泣きそうな笑顔を浮かべた龍之介が、俺に手を振った。こっち側からは、スティーブさんが「ジャーーーーンッ!」と叫んでいる。ジャンさんはというと、にこりともせず軽く手を上げて応えただけだった。うーん、塩対応。
実はこの微妙な断末魔。俺たちはとある法則に気付いていた。
敵が断末魔を上げた時は目玉以外にもアイテムをドロップするけど、上げない時は目玉のみ。つまり、今回は当たりってことだ。
まずは、萎れて消えた沼色スライムの後に残された目玉を拾う。実験の結果、誰が拾おうと経験値は均等に割り振られることが分かっているので、一番近場にいる人が拾う。手分けして、あちこちに転がっている目玉を拾っていった。
「うええ……っ」
どうしても目玉が苦手らしい龍之介が、呻いた。実に嫌そうに目玉を摘む姿に、「龍くん可愛い」とか「龍くん頑張れ♡」とかのコメントがドッと流れていく。イラっとして、画面から目を逸らした。
今日本は夜中だろ、お前ら寝ろよ。そもそも、なんで俺にはどう考えても男だろうっていう視聴者からしかコメントされないんだ。俺は男だぞ!?
いつもと変わらず龍之介ばかりモテるのは、普通に面白くない。俺だって女子にモテたい!
そんなことを考えながら、目玉が残っていないかと地面を探していた時。
パアアッと突然宙が輝いたかと思うと、道端に落ちている宝箱より高級そうな宝箱が忽然と現れた。宝箱は、俺の手の上にポンと収まる。
「え、なになに!?」
「亘! 危険なものかもしれないから一旦離れて――」
龍之介が静止するより前に、俺の手が宝箱を開けていた。龍之介の慌てた顔ったら。ごめん、つい考えなしに手が動くんだよ。
「こ、これは……!」
ジャンさんが、宝箱の中を覗き込む。
中に収まっていたのは、キラキラと輝く水晶玉。その内部には、魔法陣が光り輝いていた。魔法陣、でピンとくる。
「これってもしかして、フロア転移陣じゃ」
「……調べてみよう」
「ですね」
ジャンさんの言葉に龍之介は厳しい表情で頷くと、スマホで検索し出したのだった。
次話は明日の朝投稿します。