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16 共同戦線

 ジャンさんの涙が落ち着いてきたところで、トイレの外から俺たちを呼ぶ男性二人の声が聞こえてきた。


「亘! そこにいる!?」

「ジャン、いるなら返事をしろ!」


 切羽詰まった声色に、俺とジャンさんは顔を見合わせると「ぷはっ」と示し合わせたように吹き出す。


 涙を丁寧に拭ったジャンさんが、外に向かって答えた。


「ああ、ここにいる。心配するな! ワタルとちょっと話し込んでいただけだ」

「ジャン……! ああ、よかった……全然戻ってこないから、何かあったのかと不安になって……!」


 明らかに安堵したと分かる、スティーブさんの声。スティーブさんは見た目も態度もチャラそうだったから俺と同類の能天気タイプかと思ってたけど、案外心配性みたいだ。これから心の中でおかん二号って呼ぼうかな。


「亘は大丈夫!?」


 俺限定の重度のおかんが、不安そうな声で確認する。ジャンとさんと一緒に目で笑いながら、返した。


「いるいるー! 大丈夫、すぐそっちに戻るから!」

「もうさ、話すなら僕がいる場所にしてよ! 心配するから!」


 ジャンさんが、小さく微笑みながら「行こう」と俺の背中を押す。ジャンさんの目元はまだ少し赤いけど、欠伸して涙が出た程度にしか見えないから大丈夫だろう。


「悪かったって! 女体化したもん同士、色々話したいことがあってさあ――」


 俺とジャンさんがトイレから出た次の瞬間、この世の終わりみたいな顔になったスティーブさんが、ジャンさんの元に駆け寄ってきた。


「ジャン……!? どうしたんだよ、その目は……!」


 スティーブさんの目は誤魔化せなかったらしい。ジャンさんが、フイと顔を逸らす。


「これは別に」


 するとスティーブさんが、物凄い勢いでジャンさんの肩を鷲掴みにして、噛み付かんばかりの勢いで尋ねた。


「別に、な顔じゃないだろう!? どうした、何か嫌なことでも言われたのか!? ワタル、一体どういうことか説明を――」


 こめかみに青筋を立てて、突然怒りの矛先を俺に向けてきたスティーブさん。これまでの陽気さから一転、怒気の激しさに恐怖で身が竦む。


 俺と同様に驚愕の表情で固まっていたジャンさんが、バン! とスティーブさんの両頬を両手で挟み込み、ジャンさんの方を向かせた。


「スティーブ、やめろ! ワタルは私の話を聞いて慰めてくれたんだ、勝手に勘違いして変な疑いをかけるんじゃない!」

「……!」


 ぴしゃりとジャンさんに言われて、スティーブさんがハッと我に返る。龍之介は急いで俺の元に駆け寄ると、俺を背に庇った。


 安定の過保護具合だけど、今回ばかりは有り難かった。日頃、大人に本気で怒鳴られる経験なんてなかった俺は、麻痺したように頭の中が真っ白になっていたから。


 スティーブさんは、彼を睨みつける龍之介と龍之介の背後にいる俺を、交互に見やった。


「……ふう」と息を吐いた後、バツの悪そうな顔になる。


「……ごめん。早とちりした」


 素直に謝られた。悪気はなかったんだと、その姿から分かる。根はいい人なんだ、きっと。第一印象の通りに。


 ジャンさんがホッと肩を撫で下ろしたのが、彼の苦笑から伝わってきた。


「すまない、ワタル。スティーブは根はいい奴なんだが、仲間意識が人一倍強くてな。人の顔色を見ては、何があったんだとこうして騒ぐ。仕方のない奴だよ」


 スティーブさんが、ぐ、と詰まった。


「だ、だって……ジャンが泣いているところなんて、俺は一度も」


 ジャンさんが、スティーブさんの襟首を掴み、睨みながら歯を剥き出しにした。低い声で告げる。


「いいかスティーブ。私たちはバディだろ。お前と対等でいたいと足掻く私の努力を無駄にするな」


 うおう、格好いい……!


「わ、分かった……っ」


 スティーブさんが降参とばかりにハンズアップしたのを見て、ジャンさんが襟元を掴んでいた手を離す。そのままトンとスティーブさんの胸を叩くと、顎をしゃくった。


「彼らに悪意は感じられない。配信者同士が協力してはならないというルールはなかった筈だ。そうだろう? 君たち」

「はい」


 ジャンさんの問いに、即座に龍之介が答える。ジャンさんは満足したように微笑みを返した。それを横目で見るスティーブさんは、どこか不服そうだ。


「じゃあ作戦会議といかないか。私たちに与えられた投げ銭で昼飯を奢ろう」

「えっ、ラッキー! 助かる!」


 俺が喜ぶと、ジャンさんも笑顔で頷く。


「最初に入ったというだけで、時間軸は私たちに有利に働いているからな。日本はこれから夜中になって不利なのは理解している」


 さすがはエリート証券マンだ。日本チームとしか伝えてないのに、そこまでパッと考えちゃったなんてやっぱり頭の作りが違うらしい。


 ジャンさんが、トイレの裏側に設置された自動販売機に俺たちを連れて行く。商品は画面に表示されている物から選んで、スマホを読み込み場所にタッチすると、下の取り出し口が光ってアイテムゲットという流れらしい。


 日本食メニューもあったので、(げん)を担いで俺はカツカレーの大盛り、龍之介はカツ丼を選んだ。人の金だと思うと、飯って更にうまいよな。まあ、投げ銭も全部人の金だけど。


 既に食事は済ませたという二人はコーヒーを選択した。四人でひとつのテーブルを囲むと、(おもむろ)にジャンさんが切り出す。


「ここの仕組みなんだが」

「はい」


 龍之介はカツ丼を口に運びつつ、真剣な眼差しでジャンさんを見た。うちのブレインは龍之介、そしてあっちのブレインはジャンさんってとこか。


 静かにコーヒーを啜っているスティーブさんは、見守るようにジャンさんだけを見つめている。


「このゲームは公平なようで、実は公平じゃない」


 龍之介が無言で頷く。


「そもそも、最初にフロア転移陣を手に入れた者が、最も勝利に近くなるからだ」

「先の階にあるフロア転移陣を優先的に探すことができるから――ですよね?」

「その通りだ」


 ジャンさんも真剣な目をして答えた。


「他のペアがまだ訪れてない階でフロア転移陣を入手すれば、また先の階でフロア転移陣を先に探すことができる。反対に、既にフロア転移陣を奪われた階に到達した後続組は、そもそも入手のチャンスを奪われるということだ」

「……あ、そういうことか!」


 ジャンさんの説明で、ようやく俺の頭も追いついてきた。


「つまり、どの階にフロア転移陣が残されているかを把握していないと無駄な時間を過ごす可能性がある、ということですね」


 龍之介の言葉に、ジャンさんが満足そうに頷く。


「各階に滞在できるのは、一日のみだ。勿論、先行ペアがフロア転移陣を見つけられなかった場合は、追いつかれる可能性は残されてはいるが……」


 龍之介が、考え込むように顎に拳を当てた。


「……ひょっとして、配信者間でのフロア転移陣の奪い合いの可能性もありますかね」


 ここで、それまで黙って聞いていたスティーブさんが嫌そうに口を挟む。


「それだよ! ダンジョン踏破のルールは、配信者同士の関わり合いについて何ひとつ触れていない! それが俺は気に食わないんだよ」


 ジャンさんが後を引き継いだ。


「平和的な相手とは限らないからな。悪いが、君たち二人はあまりにも純粋で害がないようにしか見えない。だからここで声を掛けて、意識させておこうと思ったんだ」

「……信用するなってことを、ですか」

「その通りだよ、リューノスケ」


 ジャンさんが満足そうに頷く。


 俺は、みんなの話の内容に追いつくので精一杯で、とてもじゃないけど口を挟める余裕はなかった。


 え、つまりさ、これから会う人に攻撃されるかもってこと? モンスターだけじゃなくて、人間も敵になるってこと……?


 自分の顔が蒼白になってしまった自覚はあった。俺の顔色に気付いた龍之介が、テーブルの上に置かれた俺の拳を上からそっと包む。


「私たちも今はいいが、最後は決別を迫られる時がくる。それを念頭に置き、情報をシェアしていかないか」


 身を乗り出したジャンさんが、真っ直ぐに俺たちの顔を見た。


 龍之介は、暫くは何も答えなかったけど。


 やがて右手をジャンさんに差し出すと、「その提案、乗らせてもらいます」と握手を交わしたのだった。

次話は夜に投稿します。

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