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15 アメリカ人ペア

 壁の向こうから顔を覗かせた金髪碧眼の大人なイケメンさんは、スティーブと名乗った。


 ちなみに向こうは英語、俺たちは日本語のままだ。これは、口の動きで分かった。だけど不思議と言葉が通じ合っている。こういうところは地味に凄いな、アホドラゴン。やっぱりここは異空間なのかな。


 スティーブさんは、驚きのあまりその場で固まってしまった俺と龍之介にそれぞれ握手を求めると、それはもうにっこにこの笑顔で喜んだ。


「よかった、ちゃんと他の人間がいた! ピーマンのお化けみたいな顔をしたスライムしか見かけなかったから、君たちに会えて本当に嬉しいよ!」


 そして当然のように、俺たちの肩をぽんぽんと割と強めに叩いた。


 ジェスチャー多い、声でかい、笑顔が満開すぎ。これぞ欧米! てイメージそのままなスティーブさんは、言っちゃなんだけどかなり軽薄そうに見える。そのせいか、日頃は基本誰にでもにこやかな龍ノ介が、珍しくずっと固い表情のままだ。もしかしたら、単に気圧されてるだけかもしれないけど。


 こんな時は、石橋をスキップで渡る俺の出番だろう。ずい、と一歩前に出ると、積極的にスティーブさんと会話を始めることにした。


「ええと俺、亘っていうんだ! こっちの彼は、俺の親友で幼馴染みの龍之介!」


 我ながらアホっぽい自己紹介だと思ったけど、スティーブさんに気にした様子はなかった。ちゃんとうまいこと翻訳してくれてたらいいなあ。頼むぜアホドラゴン。


 龍之介はそんな俺の二の腕をむんずと掴んで後ろに下がらせると、俺より半歩前に出てスティーブさんをじろりと見る。


「――どうも」


 声もいつもより半音以上低い。どうした龍之介。初対面でその態度はさすがにないんじゃないか。


「おい龍之介、もうちょっと愛想よくしろよ」


 龍之介の脇腹を肘で小突くとようやく、龍之介の顔に笑みが浮かんだ。アルカイックスマイルっていうんだっけ? 笑ってないのに口の端だけ吊り上げて笑顔に見せかけるやつ。それはそれで怖えよ。


 スティーブさんは俺と龍之介を交互に見比べると、何かに納得したような表情で小さく頷いた後、ハンズアップしながら一歩下がった。


「オーケー、大丈夫だリューノスケ。俺は君と同じ。きっとね」

「……え」


 龍之介の作り笑顔が、懐疑的に揺らぐ。


「分かってる。君は男のまま、ワタルは女になった。その事実と今の君の態度で、俺の中の疑惑が確信に変わったよ」

「……そういうことか」


 疑惑ってなに? 一体何を確信したんだよ。そして龍之介は何納得してんの?


「恐らくはね」


 スティーブさんが、器用に肩を竦めた。おお、本場! だけど俺には二人が話している内容がちっとも理解できないままだ。


 誰かヒントを呟いていないかと、スマホを見てみる。だけどセーフティゾーンは小部屋と同等の扱いになるのか、目のマークとマイクがいつの間にかオフになっていた。あら残念。


 仕方ない。ここは自ら確認していこう。サッと手を上げて尋ねる。


「あの、俺にも分かるように説明を」


 スティーブさんが、にこやかな笑顔を俺に向けた。


「うん、大丈夫だよ。俺たちは敵じゃないと伝えただけだからね」

「ごめん、僕が警戒し過ぎてたからだね。大人気なくてごめんね亘」

「はあ……?」


 先ほどまでは警戒心を隠しもしなかった龍之介が、いつの間にかいつもの笑顔に戻っている。え、全然意味が分からないんだけど。分かってないの、俺だけ? うっそ、俺、マジで頭悪いのかも。


 龍之介は微笑んだまま、今度はフレンドリーにスティーブさんに話しかけた。先ほどまでの態度が嘘みたいだ。


「スティーブさんのペアの方はどちらにいるんですか?」

「ああ、ようやくトイレが見つかったからね。俺は気にしないって言ってるのに、ジャンの奴絶対その辺でしたくないって拘るからさ」

「いや拘るよ、俺も嫌だよ」

「そお? でもさ、レディになった途端シャイになるのが可愛いよね」


 スティーブさんは、どこか慈愛に満ちたように見える眼差しをトイレの方に向けた。


 ジャンというのが、きっと女体化しちゃった方の人の名前なんだろう。写真で見た感じでは強面の黒髪なお兄さんだったけど、一体どんな風に変わったのか。ちょっと興味がある。


 なんだけど。


 トイレと聞いて、ずっと感じていた尿意を思い出してしまった。


「そうだ! 俺もトイレに行きたいんだった!」

「膀胱炎になったら拙いもんね。いってらっしゃい」


 穏やかに微笑む龍之介に手を振られながら、俺はトイレに一目散に駆け込む。


 と、女子トイレの手洗い場で手を洗っているひとりの女性の姿を発見した。


 短髪よりは少し長めの黒髪を、オールバックに流している。すらりとしたやや筋肉質な体型に、ピッタリした黒のタンクトップ、アーミーパンツがとてもよく似合っていた。ハリウッド映画とかに出てくる、戦う女の人みたいな印象だ。多分、この人がジャンさんだろう。


 俺の気配に気付いたジャンさんの驚くほど鮮やかな青い瞳が俺を捉えて、大きく見開かれる。


「君は――」

「ちょ、話は後! とりあえずトイレ行かせて! 漏れそう!」

「あ、ああ」


 若干引きつり気味に頷いたジャンさんの脇を通り抜けて、個室トイレの中に飛び込んだ。


「……はあ~焦ったあ……」


 そこにあると思った瞬間、我慢できていたものができなくなるのってなんでだろうな。そんなことを考えながら用を足すと、急ぎめでドアを開ける。


 ジャンさんは律儀に直立不動の姿勢で待ってくれていた。少し厳つさはあるけど、くっきりとした顔立ちの大人な美女って感じだ。


 ジャンさんが切り出す。


「……君は」

「あ、俺、日本の東京にできたダンジョンから入ってきた亘っていうんだ! お姉さんはジャンさんでしょ? さっきスティーブさんに外で会って自己紹介は済ませたんだ!」

「ああ、私はジャンで間違いない。あの、つかぬことを尋ねるが、君はもしや男だった……か?」

「そっか! 日本語の名前聞いただけじゃ判別つかないよな! そう、俺も元男! もう参っちゃうよな、あのアホドラゴンのせいでこんなさあー」

「……!」


 頭の後ろで腕を組みながら苦笑を浮かべていると、何故かジャンさんがショックを受けたように唇を噛み締めたじゃないか。あ、あれ? 段々と目が潤んできているんだけど……?


 ぽろりとひと筋、透明な涙がジャンさんの凹凸のない頬を伝い落ちていった。


「ジャンさん!?」

「す、すまない……っ。ずっとどういう気持ちで過ごせばいいのか分からず、戸惑っていて……! 君の姿を見たら、不覚にも安堵してしまった」

「ジャンさん……」


 きっと、凄く真面目な人なんだろうな。俺みたいな考えなしじゃないから、考えても結論がでないようなことまで考えちゃったんだろう。それに一緒にいるのがあの底抜けに明るそうなスティーブさんだもんなあ。悪いけど、話が合わなさそう。どうして一緒にダンジョンに挑んだんだろう。


 そんなことを考えながら、ジャンさんの二の腕に手を添えると


「……う、うう、ううう……っ!」


 ジャンさんは両手で顔を覆った後、俺の肩に額を乗せながら泣き始めたのだった。

次話は明日の朝投稿します。

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