14 セーフティゾーン
宝箱ミッションはあっさりとクリアできた。
だけど解錠に投げ銭5が必要だった。正直、「なんだかなあ」感は拭えない。世の中金か。結局は金なのか。ていうか別次元から来たとかいうドラゴンが金を集めてどうするつもりなんだよ。支払先はどこだ? ドラゴンの振込口座とかあるのかよ。
知ったところでどうしようもないのでこれ以上深く考えることはしたくないけど、やっぱりモヤモヤは残る。
ちなみに中に入っていたのは、革の胸当て、肘当てに膝当てが二人分だった。試しに装着してみると、【防御率+5】と表示されるようになった。まあTシャツとズボンなんてほぼ防御力ゼロだもんな。裸同然の防御力で最初のバトルを済ませたって、よく考えたら滅茶苦茶怖いんだけど。
視聴者は一日一回投げ銭を贈れるけど、観ている全員が全員、投げ銭を贈れるものでもない。お金がない人もいるし、子供なんかだと制限されていて払えないこともあるだろうし。そもそも、スマホやPCとかの環境がなければ無理だし。
【名無し】テレビ局はどこが放送するかで揉めてるらしい
【名無し】テレビからだと投げ銭贈れないじゃん
【名無し】日本の平和と視聴率と天秤にかけるってある意味凄いな
「コメント欄のお陰で外の状況がなんとなく分かるな」
「そうだね。お陰で時間感覚がズレてるっていうことも分かったし」
そう。俺たちの感覚では朝起きてスタートしていたけど、どうやら最初にダンジョンに入ることができたマンハッタンはニューヨークの時間軸で進められているらしい。日本はニューヨークより大体半日進んでいるから、俺達が朝と認識したのは日本のみんなにとっては夕飯時だったってことだ。道理で、学校がある筈のバスケ部の奴らが普通に視聴してた筈だよ。
だけど、この時間差には問題もあった。
一日の前半は、日本のみんなが起きているから投げ銭も入りやすい。だけど午後になるとどうしたって寝る人が多いから、あまり期待できないんじゃないか。
そこまで考えた龍之介は、「なるべく投げ銭は取っておこう」と真剣な面持ちで言った。いまいちピンときてなかった俺に、「午後入ってくる投げ銭が少ないと投げ銭切れになることも考えられるから、午前中は余裕だったとしても温存していこうねってこと」と説明してくれてようやく理解する。要は、まだあるからといって調子に乗ってバンバン使うと枯渇するぞってことだ。
「残りのミッションは、セーフティゾーンを見つけることだっけ?」
「他のペアの配信を観てきた視聴者の話では、さっきアメリカ人ペアが見つけたらしいよ」
「え、マジ!? 俺らも早く見つけないと!」
「うん!」
スマホには、ダンジョンのマップ機能も備わっていた。一度通過した場所は地図に載るという仕様だ。
龍之介の「右回りでも左回りでもいいけど、進む方向を決めておくと絶対に迷わないって聞いた」という言葉を信じ、右回りでじっくり探索していた。お陰で地図は綺麗に埋まってきているけど、他のペアと比べたら進みが遅いらしい。
【龍くんのパパ】龍くんは慎重派だからなあ
【龍くんのママ】時には大胆に行動しないといけない時もあるからね、龍くん!
【亘の父】うちの亘は猪突猛進だから足して二で割ると丁度いいくらいだよね
【龍くんのママ】お互いの不足を補う関係性……きゃー!
ちらりとスマホを確認した龍之介は、無の表情になると言った。
「うちの母親の感想は気にしないで」
珍しいくらいの抑揚のない声だ。俺は素直に頷いて黙ることにした。
龍ノ介の母ちゃんって、昔っからキャピッとした少女な感じの人なんだよな。龍之介の家に遊びに行くと、「うちの龍ちゃんのこと、末永くよろしくねー! あ、邪魔者は退散、うふふ!」と飲み物だけ差し入れてくれた後は消えちゃうし。不思議な人って言い方が一番しっくりくるかもしれない。
何匹目かになるスライムを倒して、目玉を手で掴む。目玉は光に変わった後、スキルポイントに変わった。ちなみにレベルは二人とも5。俺は水魔法も覚えた後、HPとMPを交互に上げていっている。レベルアップするタイミングでHPとMPが全回復するので、今のところMP切れは起こしていなかった。
ちなみにドキドキの魔法は、結構残念だった。水は消化器くらいの勢いと秒数の噴射。火はスプレー缶にライターで火を点けるくらいの威力だったけど、スライムが一発で溶けたのはちょっとだけ興奮した。
だけど魔法の発動はスマホを通してっていうのがやっぱりいまいち微妙なんだよな。どうせなら、この辺の設定まで凝ってほしかった。
モンスターは、時折アイテムをドロップすることもある。さっきは、瓶詰めのスライムの液体(沼色)を入手した。
色的にないだろうとは思ったけど、もしこれが回復アイテムだったらと投げ銭10を使って鑑定した結果、『スライムの瓶詰め。料理に足すととろみが出るが、やや沼臭い。人体に影響はない』と出た。思わずぶん投げてやろうかと思った。何の役にも立たないじゃねえか。
龍之介と視聴者のみんなが「気持ちは痛いくらい凄い分かるけど、落ち着いて!」となだめてくれなければ、今頃はダンジョンの床に割れた瓶と沼臭い液体が散乱していたかもしれない。
しかし広い。他のエリアのペアの姿はおろか、気配すら感じない。いるのはただひたすら、沼色のスライム、スライム、スライムだ。せめて沼色以外のスライムに会いたい。
段々と草臥れてきた足を懸命に前に出しながら、俺たちはひたすら沼色のスライムを倒して時折見つかる宝箱を開けては、ダンジョンの奥に進んでいった。
そしてようやくのことで、それまでとは雰囲気の違った空間に出る。
洞穴のような道の先に現れたのは、広大な空間だった。その中央には、ドーム型に青く輝くものがある。人工的な建造物も見えた。あっ、もしかしてトイレ!? そろそろ行っておきたかったんだよな!
「龍之介、行ってみよう!」
「うん!」
二人並んでドームに駆け寄る。近付いてみると、結界のような粒子の壁が一帯を囲んでいるのが分かった。何も考えずに指を伸ばした直後、龍之介に手を握られて後ろに引き戻される。
「亘っ! すぐに手を出しちゃ駄目!」
「あ、わり」
確認せず突っ込むな、と龍之介にはこの僅か数時間の間に散々言われた。それでもなかなかこういうのは簡単には直らないものらしい。
龍之介が長剣を抜き、青い粒子の壁に突っ込む。特に抵抗もなく、剣先は向こう側の空間に突き刺さった。
「大丈夫みたいだね。ここが例のセーフティゾーンかも」
「入ってみようぜ」
「うん」
龍之介に手を握られたまま、まずは足先を壁に突っ込んでみる。特に何も変化はない。
「さっさと入ろうってば!」
「わっ」
慎重に進もうとしている龍之介の手をグイッと引っ張りつつ、頭から突っ込んでいった。
中に入ると、ダンジョンとは違った光景が広がっていた。俺たちに割り振られた小部屋を広くしたような、レンガが敷き詰められた屋根なし壁ありの大部屋になっている。テレビのセットみたいって言ったら近いのかもしれない。
壁で仕切られたそれぞれのスペースには、テーブル一脚に椅子が二脚ずつ。小部屋のとはちがい、仮眠が取れるようになのか、簡易的な小さめの白いシンプルなベッドがあった。ちゃんとトイレらしき小屋もある。
「こりゃ間違いなくセーフティゾーンだな」
「そうみたいだね。見つかってよかった」
安堵の表情を浮かべた龍之介の目が、突然大きく見開かれる。
「……あっれー! 人がいる!」
壁の向こうからひょっこり顔を覗かせたのは、昨日ネットニュースでちらりと見かけたマンハッタンペアの片割れ、金髪の優男風イケメン男性だった。
次話は夜に投稿します。