第6話『痛くも痒くもないぞ。夢咲陽菜!』
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ドラマは順調に視聴率を伸ばし、既に後半へと突入している。
撮影自体はほぼ完了しており、僕らは放映されている物をただ見ているだけなのだが。
僕にはゆっくりともしていられない事情があった。
「今日は、下町のグルメを紹介する番組ですよ。いやぁ美味しい物を食べられていいですねぇ」
「……」
「あー。天王寺さん?」
「なに」
「怒ってます?」
「そりゃね」
「理由は、まぁ聞くまでも無いですね」
「だろうね」
言わなくても分かるだろう。
連日。連日だ。
毎日の様に夢咲陽菜と顔を合わせて、仲の良いアピールをして、笑う。
まぁ? これで金を貰ってるんだから良いだろ。と言われたらそうですね。と僕は返すしかないよ。
でも誰にだって、いやな事はあるだろう。
嫌な事を嫌だっていう権利だってあるはずだ。
「仕事はきっちりやる。それで良いだろ」
「荒んでますねぇ」
「そりゃね」
「あーあー。阿修羅像みたいな顔になって」
「現場に着いたら笑うよ。プロだからね」
「お願いします」
嫌だ嫌だと言いながらも、仕事はしっかりとしなければお父さんもお母さんも悲しむだろう。
光佑さんだって失望するかもしれない。
僕はそういう……僕に期待している人たちを裏切りたくはないのだ。
しかし、それはそれとして、夢咲陽菜は好きになれない。
ただ、それだけなのだ。
「はぁ」
流れていく車の外の風景が憂鬱だ。
まるで売られていく羊のような気持ちになる。
「売られていく羊は、愛を知らない羊ー。夢は、自由になることー」
「変な歌うたわないでください」
「ケッ」
僕はやさぐれた気持ちで、目的地に着くのが一秒でも遅くなれば良いのにと思って、外を睨みつけるのだった。
そして、現場に入った僕は、世界で一番楽しい仕事をこなしていた。
「あ。見てください! 美味しそうなお団子がありますよ!」
「アハハ。天王寺君は元気だなぁ」
「普通ですよ! 光佑さん!」
光佑さんの手を引っ張って、カメラから出ない様に意識しながら、子供らしく笑う。
道行く人たちは穏やかに笑いながら僕達を見ていた。
「あー。もう。待ってよぉ!」
「陽菜。大丈夫か?」
チッ。そのまま迷子になれば良かったのに!
なんて思いながらも表面は笑顔を浮かべて夢咲陽菜が追い付いてくるのを待った。
しかし、夢咲陽菜はそんな優しい僕の足を見えない所で踏みながら光佑さんの手を握る。
しかもさりげなく僕の手が緩み、光佑さんの手から離れる様にと光佑さんを軽く引っ張った。
「あっ」
「危ない!」
「あう。失敗失敗。ありがとうお兄ちゃん」
「気を付けるんだよ? 陽菜」
「うん。気を付ける。あ。そうだ。歩くと危ないからお姉ちゃんが手を繋いであげるよ。天王寺君」
相変わらず、舐めた事してくれる女である。
僕の手を光佑さんから離すように誘導しながら、転ぶように見せ、光佑さんに支えてもらう。
そして、その手を握りながら、僕に姉として繋ぐ様に言った。
この状況で断る事は出来ない。
何故なら僕たちは仲良しの姉弟なのだから。
仕方なく僕はその手を握った。
まだチャンスはある。
何せ番組が終わるまで光佑さんはずっとカメラに映っているのだ。
共に撮影をしているのだ。
この一瞬の戦いではない。
僕は夢咲陽菜の手を取りながら笑顔で視線をぶつける。
夢咲陽菜も優しい姉の笑顔を浮かべながら殴り返してきた。
戦いはもう始まっているのだ。
僕は無邪気な子供の顔をしながら、視線をさ迷わせつつ、次なる目的地を探す。
敵よりも地理的有利を取る事が出来れば、戦況も動かしやすいというものだ。
そして、僕は恐らく夢咲陽菜よりも早くその店を見つけた。
何てことはない普通の饅頭屋という事らしいが、ここの店の商品は酷く熱いらしい。
だが、そんな事を知らないはずの僕は、我先にとカメラから外れない様に意識しながら先に店へ向かった。
「美味しそうなお饅頭屋さんですよ! すみませーん。三つ。下さい!」
「はいよ。熱いからね。気を付けて」
「はい!」
僕は店のおばさんに笑顔で返すと、それを受け取り夢咲陽菜と光佑さんにも手渡して、すぐに食べた。
熱い。
が、上手く空気を入れる事によって熱さを極限まで減らし、一口目を食べきる。
「あ、あふい、あふい!」
「だ、大丈夫か? 天王寺君」
しかし熱いとアピールすれば、すぐに光佑さんが夢咲陽菜の手を離してこっちに来てくれた。
そして持っていた飲み物を開けて手渡してくれる。
僕はそれを飲んで安心した様に笑った。
完璧である。
ちなみに、夢咲陽菜も同じような事をしようとしているが、熱いという事を知らなかったであろう彼女は、最初の一口目から熱すぎて言葉を発することも出来ずに、スタッフに水を貰っていた。
バカめ!!
考えが甘いんだよ!
僕は目の前に居る光佑さんの手を取り、そして先ほどと同じ様に、ようやく熱さから逃げる事が出来た夢咲陽菜に笑いかけた。
「美味しいけど熱かったね。お姉ちゃん。大丈夫だった?」
手を差し出して、お姉ちゃんと手を繋ぎたい弟アピールだ。
一瞬夢咲陽菜の顔が歪むが、お前はこの手を掴むしかない!
何せお前が始めたことだからなぁ!
可愛い弟の為に優しいお姉ちゃんは手を繋がないと駄目だろう!?
なぁ! なぁなぁ!
「うん。今行くねー」
勝った。
悔しまぎれに僕の手を強く握ってくるが、痛くも痒くもないぞ。夢咲陽菜!
しかしそんな慢心が、夢咲陽菜のリードを赦し、気が付けば番組終わるまで僕と夢咲陽菜は争い続ける事になるのだった。
【仲良し姉弟で明日も生きていける】
【まさかゲストに立花光佑出るとか聞いてないんだけど!? 聞いてないんだけど!?】
【なんか出演者の一人が出られなくなって、急遽立花光佑に出番が来たらしいな】
【え? 立花光佑って芸能人だったの?】
【いや、ただの一般人だが?】
【ただの一般人? 妙だな】
【いや、芸能人か一般人かという括りなら一般人だろ。知名度はぶっ壊れてるけど】
【てか陽菜ちゃんは分かるけど、天王寺も結構立花光佑に懐いてるんだな】
【まぁ立花光佑嫌いな奴とかそうそうおらんやろ。下手なヒーローよりヒーローしてるからな】
【まぁ立花光佑に天王寺颯真が懐いてるのは、彼が天王寺颯真のマネージャー的な事をやっているからなんですけど】
【マジ?】
【確かな情報だぜ。何でも家事全般やって、勉強教えて、一緒に遊んでるらしいぞ】
【マネー、ジャー……?】
【お手伝いさんの間違いでは】
【ただの弟に甘い何でも出来る兄では】
【あー。それで懐いてるって訳か】
【つまり三人兄弟って事ォ!?】
【これは捗りますねぇ】
【陽菜ちゃんを取り合う立花光佑と天王寺颯真か。なるほどね。でも陽菜ちゃんはどちらも選べず、両方と……ふぅ】
【あのあの。倫理観とかどこに捨ててきたんです?】
【前世だ】
【もっと倫理観持って】
【こういうのが居ると、まだ自分は正常なんだなって安心できる】
【かくいう君はどう見るの?】
【そらお前。陽菜ちゃんと颯真君の大好きなお兄ちゃんが二人の為に身を売る展開をだな。しかも、家でやろうという屑女に脅されお兄ちゃんは家でするんだ。そこに二人が帰ってきて……ふぅ】
【どっちがゴミでSHOWじゃねぇか】
【なんで安心できたの? なんで? なんで?】
【異常者は自分を正常だと思い込み、正常な人間は異常者に憧れる。そういうものだな】
【つまりワイは異常者って事だな】
【おは異常者】
【なんでっ】
【そら、この流れならそうなる】
【なんか、チキンレースが始まったな】
【果たして正常か、異常か】
【俺は正常だ!】
【次の患者さんどうぞ】
【普通にさ。陽菜ちゃんと立花光佑の間に出来た子供と天王寺颯真が恋仲になる。で良いじゃん?】
【普通。普通……?】
【医者「残念ですが、手遅れです」】
【これが世界の闇、か】