討伐
「あーあー。親玉さんが来ちゃたよ」
「な、なんだよ、あれ」
ラハに支えてもらわないと、うっかり腰を抜かしそうだ。
「あ、あれも悪魔なのか?」
五歳ぐらいの子供の背にカラスのような羽根が生えている。タラコみたいに厚い唇には、鮮血がこびりついている。目ん玉は飛び出すんじゃないかと思うぐらい大きく、俺とラハの方をじっと見ている。
せっかくのランチを台無しにしたのはこいつか。
「ラハとのデートを邪魔しやがって。ぶっ殺してやる」
「ただの食事を誇張表現しないで」
万年非モテの俺にとっちゃ、食事もデートに早変わりよ。
なんて、軽口を考えている暇もないか。
「トゥピラク。さっき君を襲った悪魔の親玉だよ」
「え、じゃあもしかして俺がこいつを招いたのか?」
俺が間接的に人を殺したって事か?
「いいや、多分違う。そもそもトゥピラクってあんまし人前に出てこないし。何か他の原因があると思う」
それは良かった、のか? 俺が原因じゃないだけで、実際には人が死んでいるわけだし。
トゥピラク、だったか。こいつが街にまで来たのも、俺の転移が原因かも。
「ほいっと」
トゥピラクは表情を変えず、ボンレスハムみたいなこと太い腕を振り下ろした。
ラハは俺の襟を掴みあげ、軽くジャンプして商店の屋上に着地する。
「考えるのは後。まずはこいつを殺そう」
「そうは言っても、俺ら二人だけで勝てるのか」
俺なんか、銃を握ったことすらないヘタレだぞ?
「悪魔に必ずコアがあるの。祝福を受けた武器でそこを叩けば、必ず殺せる」
「OK。理解した。じゃあ俺は離れて声援でも送っているよ」
「そうは私が許さない」
ラハは再度俺の襟首を掴みあげる。
俺の体が軽く宙に浮いた。
「あんたが戦えないのは仕方ない。けど、囮ぐらいはできるでしょ?」
「ちょ、馬鹿! まじでやめろ!!!」
囮なんかできる訳ないだろ!
俺なんて秒も持たないぞ!
「なーに。危なくなる前に私が倒してあげるよ」
だから思いっきり行ってこい、と。ラハは俺のトゥピラクの前に放り投げた。
「あ‥‥‥あぁぁ‥‥‥」
人間、恐怖が限界に達すると声も出ないらしい。
トゥピラクはデメキンみたいな眼を俺に向けてくる。
無表情だけど、敵意を向けているのは確か。
俺は喉に張り付いた声を押し出し、その場に座り込んでしまった。
いや、座り込んだってのは間違いだな。正確には、足が動かなかった。
「キュァァァァァァァァァァァ!!」
トゥピラクは甲高い声をあげ、太い腕を振り上げる。
——殺される!!
足の金縛りなんて何のその。俺は無意識のうちに立ち上がり、トゥピラクの腕をよけた。
「おー。やるぅ」
ラハの野郎、他人事みたいに言いやがって。
「アァァァァァァァ!!」
「あ、怒った。上手く逃げないと殺されちゃうよ」
「お前は助けてくれるじゃなかったのかよ!」
嘘をつくにも程があるぞ!
「ほらほら! 逃げて逃げて!!」
文句を言っても始まらない。ていうか殺されて終わる。
だから俺はひたすらに走った。後ろを振り返らず、足がもつれようが関係なく走った。
今の俺にできることは精々このぐらい。
「アァァァァァァァ!!」
「くっそ! まじで死ぬ!!!」
トゥピラクの甲高い声が背中に迫る。
せっかく異世界に転移したのに、せっかく美少女ガンマンとお近づきになれると思ったのに。
俺の第二の人生、こんなところで終わるのか。
——いいや、諦めるにはまだ早いだろ。
どうせ死ぬなら、しぶといぐらい足掻いてやる。そんでラハに良いとこでも見せて、死んでやるよ。
俺はそのままの勢いで横に飛び、適当な店内へと滑り込む。
細やかに砕けたガラスがクッションとなり、体のあちこちに刺さった。
「痛ってぇ」
けどたじろいでいる時間なんかない。トゥピラクは俺が店内に消えて、見失っている。
今だ。何か、何か武器を探さないと。
酒場らしい店内を見回すが。
「そんな都合よく銃なんか落ちてねぇよなぁ」
ゲームや映画じゃあるまいし。
カウンターの向こうに入っても武器になるものは見当たらない。
「これしかねぇじゃんか」
結局、手にしたのは立て掛けられていた木のほうき。
まったく、魔法使いじゃあるまいし。
ただ悪くないチョイスかも。
店の外を見ると、トゥピラクは依然として俺を探している。
飛び出しそうな丸い眼を、店内にぐるりと向けて。
——喰らえ!
俺はほうきの柄を槍の要領で、トゥピラクの眼球に突き刺した。
「アァァァァァァァ!!」
トゥピラクの左目にほうきが突き刺さる。たらこ唇の端には血泡が溜まり始めた。
「よくやった、助手」
これ好機と、ラハがトゥピラクの背中に飛び乗る。さながらカウボーイだな。
「あ
「アアァァ!! アアァァ!!」
「暴れるんじゃないよ!」
痛みに身を任せて暴れるトゥピラクの、カラスのような羽根をラハは必死に掴む。
「君の泣き所は、ここかな!!」
いつの間にか懐から出した紅いサーベルを、トゥピラクの後頭部に突き刺した。
「アァァ‥‥‥アァァ」
「ビンゴ!」
トゥピラクの巨大な肉体が、力無く崩れ落ちていく。
俺が突いたほうきも、それを喰らった眼球もちょうど俺の前に座した。
「やった、のか?」
「フラグビンビンな言い回しだけどね。殺したよ」
全身の力が脱力する。俺もトゥピラクと同じように、その場に倒れ込んだ。
「逃げるだけで十分だったんだけど、まさか反撃するとはねぇ」
「だったら最初からそう言ってくれ」
「ごめん。君がそこまで根性張るとは思わなかった」
「雇ったばかりの助手を見殺しにするような奴とは思わなかった」
はいはい、とラハは軽く受け流しながら、倒れた俺に手を伸ばす。
「改めて、よろしくね。助手」
まったく、人遣いが荒すぎる雇い主だ。それこそ、命がいくつあっても足りないぐらい。
ただまぁ、元の世界で引きこもりニートしているよりかは刺激的で良いかもしれない。
「殺されるようなことが勘弁な」
「何言ってるの? こんなのまだ準備運動だよ」
俺はラハの手を握った。




