会談
明かりの灯った屋敷は、夜の宵闇の中、ぼんやりと浮かんでいる。
そこから少し離れた小丘を、俺は地面を舐めながら前進していく。ジキルにもらった紙によれば、確かここらへんに。
「おい」
俺が暗闇の中、声をかけると、地面の少し盛り上がった部分がわずかにこっちを向いた。
「なんで来てんのよ」
さらに近づくと、砂利と草花に偽装するギリースーツを着込んだラハが横たわっていた。
「仕事だからな」
「ストーカー」
「せめてお節介って言ってくれ」
よかった。今でも十分機嫌が悪いが、三日前よりかは軟化しているな。
「それで、今はなにしてるんだ?」
俺はギリースーツを持ってないから、素手で掬って土を塗りつけていた。それを見ていたラハが懐からもう一着、ギリースーツを差し出す。
「お、悪いな‥‥‥って、もう一着、あんのかよ」
ありがたく着てから、鈍い俺は気づいた。
鼻から一人で行くなら、かさばるスーツを余分に持ってくわけない。
「君が使い物にならないから昨日、バーでイケメンで有能そうで強そうな奴をスカウトしたの。したら二つ返事で行くって言うから、そいつの分を用意したんだけど‥‥‥怖気ついて、たまたま君が来たってわけ。だからそれ、ちょっと大きいでしょ? 別に君のために用意したとか、そういうんじゃないから」
本当だ。着にくくない範囲で、ちょっとサイズが大きい。
「OK。そういうことで良いよ」
「ん。厭戦旅団の件はジキルから聞いた?」
「ああ。武器やら悪魔やらを売り捌く、最低最悪の商人だよね」
「そう。本当は私も今すぐあいつらを殺したいとこなんだけど、味方は多いに越したことはない。だから、今日はお話しに行くの」
「ギリースーツで隠れて、ライフルを持ってか? 手土産のお茶菓子一個も買ってないぞ」
それに誰とお話しするのかも聞いてない。屋敷を見る限り、そこらに荒くれ者じゃないことは確かだが。
「サルマカーノの親玉。レガス・マカーノ」
「おいおい、サルとはこないだ戦ったばかりだろ。冗談キツイぞ」
「サルと厭戦旅団。こいつらは本来、犬猿の仲なの。くっつくことなんか、ありえない」
「だからターゲットのお前が直接現れて、サルをこっちに付かせる寸法か」
「そう。今はその下準備中。ジキルが屋敷に潜入して、私は外の警備を監視。ほら、見て」
隣のラハが俺に望遠鏡を差し出してくる。月光が反射して、敵にバレないよう、そっと伏せて覗き込んだ。
「屋敷の外周ぐるっと、人間の兵士が囲んでいる。それに屋上」
望遠鏡を屋上に向けた。
「あれも人。ライフルにスコープ載せてるからスナイパーだね」
「ガチガチに固められてるな」
「うん。やっぱおかしいわ」
「は? 何が?」
俺には難攻不落の城にしか見えないんだが。ラハには別の視点から何かが見えてるのか。
「だって厭戦とべったりなら、悪魔人間を警備に使えばいいのに。わざわざ自分たちの人間を使って警備してるんだよ?」
「悪魔人間を造り出すのに莫大なコストがかかるとかじゃないか」
それこそ生贄とか、何か取り返しのつかない代償とか。悪魔人間はここぞという時の切り札的存在だと思うが。
「港でのあいつ、覚えてる?」
「ああ。手が四本のやつだろ」
あの異形の姿は、何度寝て覚めても忘れることはない。
「あれは敵性のない人間を無理やり悪魔と合成したからああなったの。いわば出来損ないだけど、野生の悪魔はめちゃくちゃ安い。スラムに住む人たちの命は、もっと安い」
「コストも低いってことか——厄介だな」
「でもここで手を打たないと、味を占めたサルがもっと悪魔人間を揃えて、戦力を増強する」
「したら今度こそ俺たちは終わりだな」
「良く分かってるじゃん——あ、二階右端の窓から、今四回光った」
言われて俺は、望遠鏡を窓に向ける。
「あ、今度は三回」
ジキル合図だ。行こう」
ラハが横を向き、ゆっくりと匍匐前肢をする。
俺も見様見真似で横に続いた。
「いい? 屋敷に入ったら何も喋らないで。私が何かフったらそれに応えるだけでいいから」
「善処した」
悪の親玉との会談が、いま始まる




