話し合い
診療所の一角、併設されたカフェテリアでコーヒを啜る。黒い水面に写る、不安そうな面はもちろん俺だ。
周りには静かに談笑する患者、その家族、看護師たちが。動揺した心を落ち着かせるにはうってつけだ。
「ここにいたのか」
対面する椅子が引かれる。顔を上げると、ジキルだった。
「あいつなら二階にいるぞ」
「さっき会ってきたよ。あと三日もすれば、退院できるらしい」
決してラハの受けた傷は軽くない。なのに一週間足らずで退院とは。驚異的な回復力も、悪魔を体に宿した副作用か。
「元気になったところで、俺はお役御免だ」
俺はニヒルに笑ってみせる。
「彼女と喧嘩したみたいだね」
「別に俺は怒ってないけどな。ラハはどうも、俺もことが気に喰わないらしい」
「そうじゃない。彼女は、こないだまで異邦人だった君を憂いているんだよ」
「さっきまでズブの素人で、ニートだった貧弱者は頼りないか?」
体力のないクソ雑魚なのは認める。ただ、正面きって戦うことは無理でも、後方からの狙撃で支えることは俺にもできる。
「戦力云々の話じゃない。君が彼女の助手に固執することが心配なんだ」
「何度も言わせるなよ。俺はもう、逃げない」
俺の意思表明はもはや詳しく語る必要はないだろ。
「逃げずに戦うのは結構。ただもし、それ自体が彼女の負担になったとしたら?」
「何が言いたい?」
「彼女だった一枚岩じゃない。そのコーヒーみたいに、暗い一面も持っている。君は、それでも彼女を受け止めきれるか?」
「愚問だな。暗かろうが酷かろうが、俺は最後まであいつの助手を務めるぜ」
程度は違えど、同じ脛に傷を持つ者同士だ。傷の舐め合いをするわけじゃないけど、互いが互いを助け合いながら前に進むことができたら、それほど良いことはないだろ。
「本当に?」
「覚悟のないヘタレだったら、とっくにもう逃げてる。てか、俺の信頼なさすぎだろ」
「君の信念を疑ってるわけじゃない。雑談を交えた、楽しいお茶会さ」
「野郎と安っすいコーヒでお茶会、か。この上なく楽しいな」
「今ここで助手をやめてもいいんだぞ。逃げたことにはならないし、彼女も助かるかもしれない」
「かもしれない、だろ? それを言うなら、俺が助手を続けることで、ラハが助かるかもしれない」
無論、かもしれないじゃなくて本当に助けるんだけどな。
「ああ言えば、こう言うだな」
「レスバは昔から負け知らずなんだ——それより、前々から思っていたが、どうしてお前はそんなラハに干渉するんだ?」
何かにつけてラハは頼るし、ジキルもぶつくさ文句を言いながらも、それに応えている。
友人にしては少しウェットだし、親類にしてはそこまで親密でもない気がする。
「まぁ、彼女とは長い付き合いだな」
ジキルは談笑する他の客を流し見て、言い淀む。
それほどやましい関係ってことか?
「じゃあ、ラハの過去も‥‥悪魔人間になった経緯も知ってるのか?」
「もしそうだとしたら?」
「教えてくれ。あいつのこと」
もしそれが知れたら。今ラハが直面してる問題を解決する糸口に繋がるかもしれない。そう思って、俺は単刀直入に訊いた。
「断る。そういう類いは、本人の口から聞くべきだ」
「急に常識人ぶんじゃねぇよ。今のあいつが俺に口聞くと思うか?」
「それは君の出方次第では? 今さっき、仕事道具を届けたばかりだ」
「知りたくば、結果で示せってことか」
口先だけじゃない。これからは具体的な行動を起こすフェーズだ。
「嫌ならやめればいい。誰一人、君のことを咎めはしない」
「良い加減くどいっての。今回の相手も、サル・マカーノか?」
「いや、今回は厭戦旅団だ」
「厭戦、旅団?」
これはまたサル・マカーノと違って、分かりやすいほど物騒な名前が出てきたな。
「平たく言えば武器商人の集団。銃や悪魔を世界中の軍隊やギャングに売り捌いている連中だ。悪魔人間も奴らが主に製造している」
「だいたい名前で察しはついたけど、分っかりやすいほどの悪人だな。んで、そいつらとラハ、どう関係あるんだよ」
「その事情も含めて、彼女に訊くといい」
「テーブルの下でジキルが何かを渡す。見ると小さな紙片だった。
「三日後の夜、病院を抜けてここに行く。君もその気があるなら、装備を整えて合流してしろ」
「なんやかんやで助けてくれるんだな」
「別に君のことは嫌いじゃないからな。良い意味でも悪い意味でも、彼女に影響を与えてくれてる」
「悪い意味はともかく、良い影響しか与えないのを証明してやるよ」
すっかり緩くなったコーヒを飲み干し、コングを鳴らすかのようにテーブルに叩き置いた。周りの視線が痛いが、勇者の出征と思えば、悪くない。




