拷問
——ここは、どこだ?
依然として視界は真っ暗だ。ただ意識ははっきりとある。手も握ろうとすれば握れる。息も深呼吸ができる。
痛みはちゃんとあるから、死んではないの、か?
とりあえず立つか。俺が腰を上げようとすると。
「クソ、拘束されてるのか」
ちょうど腹の真ん中から紐で縛られている。手も後ろ手が合わせて、縛ってある。足は椅子の脚に括り付けられている。
ああ、そうだ。あの酒場で俺は、ダイナマイト直撃を受けたんだ。
「ラハ? おい、ラハ!? 居ないのか!?」
俺が意識を失った後、ラハはどうなった? まさか、死んだのか。
いや、それはない。俺の方がダイナマイトに近かった。その俺が無事なら、彼女も平気なはずだ。
それに俺はあいつの助手だろ。俺が彼女を信じないでどうする。
大丈夫、ラハは平気だ。準備を整えて、俺を助けに来てくれるはず。
「お、目が覚めたか」
野太い男の声が前から聞こえた。
「お前は‥‥‥酒場の生き残りか?」
俺は努めて冷静に言う。相手に動揺しているのがバレたら、それだけで不利だ。
「ああ。お前らのせいで可愛い部下は全滅だ」
「いきなりお前らが喧嘩売ってきたんだろうが」
「あそこは俺らのシマだ。おままごとでカウボーイしている奴が入ってきていいとこじゃないんだよ」
「そのカウボーイに、ボコボコにされてたじゃんか」
「うるせぇよ。その減らず口、切り落としてやろうか」
髪を掴まれ、思いっきり上に引っ張られる。首と頭が分離するんじゃないかと思うぐらい痛いが、歯を食い縛って耐えた。
平常心を保っているが、正直かなり怖い。いつぞやのラハも言ってた、サル・マカーノの残虐性はトップクラスだって。
何とか保っているが、ちょっとでも力を抜いたら決壊しそうだ。何がとは言わないけど。
「お前とあの女、いったいどういう関係だ?」
「あの女って‥‥ラハのことか?」
「それ以外に何がある」
「そうだな‥‥‥強いて言えば」
俺はたっぷりと溜めを作る。俺を即座に殺さないってことは、俺から聞き出したい情報があるってこと。相手を逆撫でするようなことさえしなければ、命の保証はされている。あくまでも命の保証だけだが‥‥‥
ラハのことを聞いたのも、彼女がまだ生きているっていうことの裏付けになる。
落ち着け。今すべきことはラハが助けに来てくれるまで、時間を稼ぐことだ。
「そういえばお前の名前、聞いてなかったな」
「ふざけてんのかお前? それとも死にたいのか?」
首筋にひやりとした物が当てられる。鋭利な感触はナイフか。後少しでも動かせば、動脈が切られて俺は死ぬ。
「OK。分かった。おふざけはなしだな」
「当たり前だ。お前、自分がどんな状況か、分かってんのか?」
「話さないと死ぬ。だろ? シンプルだ」
「なら早く話せ。お前とラハは一体、どんな関係だ?」
「俺が助手ってことで、ラハに雇われている」
「いつからだ?」
「ちょうど今日から一週間前だ。俺は違う世界から来た、いわゆる異邦人って奴だ」
「よくそれであの化け物女が雇ったな」
化け物女‥‥‥確かラハの家の中に押しかけてきた男たちも、体の中に鬼が住んでいるとか言っていた。
偶然なわけない。やっぱり彼女には何か大きな秘密が。
「ん? 動揺の汗が見えるぞ。やっぱり気になるか? あいつの秘密が」
俺の中の知りたいって欲望を探るように、黒人の声が囁きかける。
「お前の出方しだいじゃ、教えてやらないこともない」
「‥‥‥条件はなんだ?」
「お前を解放して、あいつの元に返してやる。その代わり、俺たちのスパイになれ」
「スパイ?」
「ああ。ある事情で俺らはあいつを欲している。が、真正面から向かっても敵わないことが分かった。だからお前が隙を探って俺に報告しろ」
「俺に何のメリットがあるんだよ」
「二つだ。まず俺らが知っている、あいつの秘密を教えてやる、そしてもう一つ。お前を元の世界に戻してやる」
それは俺にとって、あまりにも大きすぎるメリットだった。元の世界への帰還。それはすなわち、こんな危なっかしい世界から逃げて、元のニート生活に戻れることを指している。ゲームに漫画にアニメ。安全な我が家にふかふかのベットでも眠る生活に戻れる。
「俺らに協力すれば、あいつに知られることなく元の世界に戻れる。どうだ? 悪い条件じゃないだろ?」
「ああ、良い条件だ」
確かにそれなら、ラハと気まずい雰囲気にならずに済む。それにもし俺がスパイとバレても、元の世界に戻ればセーフだ。
「本当に、俺がスパイになるだけで良いんだな?」
「ああ約束する。俺とお前でのギブアンドテイクだ。お前は奴のことを知れて、元の世界に戻れる切符を手に入れる。そして、俺らはあいつを確保できる。ウィンウィンだな」
「OK。じゃあこの話は‥‥‥なかったってことで」
「あ?」
「あいにく、俺はもう逃げないって決めたんでな」
話すなら一週間前の俺にするべきだったな。あの時の俺だったら、腰を抜かして何でも言うことを聞いたのに。
「一応聞くが、今のは俺の空耳だよな?」
心臓が早鐘を打ちづづける。言い直せ。さっさと条件を呑んでスパイになっちまえ。俺の弱腰生存本能が、そう告げる。
「空耳? お前、耳腐ってんじゃねぇか?」
しかし俺の口は、真反対のことを言った。
「OK。お前の考えは分かった。せっかく良いパートナーになれると思ったんだがな」
鈍い衝撃がみぞおちに響く。腹を鈍器か何かで殴られたのか。
「ぶぉぇぁ」
何度も腹を打たれ、胃の中に溜まっていた胃酸が逆流した。視界も晴れず、暗闇のまま次はどこから痛みが来るのか。自然と体が震えだした。
「おいおい汚ねぇな。まだこんなもんじゃねぇぞ」
また首筋にナイフが走る。取引に応じなかった以上、俺はもう用済みってことか。
頼む、ラハ。早く来てくれ。俺は心の中でひたすらそう願った。




