襲撃
「マルトス‥‥‥マルトス‥‥‥。本当にこっちで合ってるのか?」
「ほら言った。やっぱり私が案内した方がいいじゃん」
「お前は方向音痴すぎるんだよ」
ジキルの雑貨屋を出てから一時間経った。タンブルの街はそれほど広くない。東の端っこに酒場、マルトスに行くのだって二十分もかからないはずだ。
最初の三十分はラハが地図を持って先頭に立っていた。ただ彼女は想像以上の方向音痴だった。素で右と左を間違えるし、自信満々に「こっちだ!」って言った方向が真逆だし。挙句の果てには地図を逆さまに持っていたりもした。
だから俺がバトンタッチして、タンブルを探しているのだが。
「マージで無いな。この地図、間違ってんじゃないか?」
「君も方向音痴だったり‥‥‥あ! あれじゃない!?」
ラハが声を弾ませながら指を指した先には、片側の鎖が途切れた釣り看板があった。
「タン‥‥ブル。あれか」
「ふふん。ラハちゃんお手柄。方向音痴でも目は良いのだよ」
自分で認めるのな。
「それにしても、これ、営業しているのか」
見せと呼ぶにはあまりにも程遠い状態、言ってしまえば廃墟だな。ガラスはほとんど破れているし、壁には至るところに銃痕が残っている。
中は薄暗いし、人の気配も感じない。
サル・マカーノが暴れたとは聞いていたが、まさかここまでとは。これじゃ当分の間、客を呼べない。
「まぁ入ってみましょうや。誰かが居るかもだし」
「悪魔じゃなくて幽霊が出そうだな」
「そん時は打つ手なしだね。大人しく霊能者を呼んで、私たちは外でコーヒでも飲んでよ」
悪魔やギャングが出てきても、俺はそうしたいけどな。ここに来る途中で腹は決まった。
俺を先頭にして、タンブルに入った。
「うっわ酒臭! てかお客さんまぁまぁ居るじゃん」
「あんな店の見た目でも入るもんなんだな」
驚くことに店内にはちらほら客がいた。みんな、壊れかけのテーブルで、つまもみなしにチビチビやってる。
風体からしてホームレスとかの類いだろ。店の中にはキツイ酒の臭いと、当分風呂に入ってないだろう体臭が入り混じっている。
「あの店員に話聞いてみようぜ。あんまし長居したくないし」
「あーもう、髪に臭い移っちゃうじゃん」
店内には澱んだ空気が溜まっている。臭いうんぬんより、こんなところに長居したらそれだけど気力を削がれそうだ。
「あの、すいません」
「あぁ?」
カウンターの向こうから、小柄な老人が顔を覗かせた。
荒んだ白髪は酷くボサボサで、目元も疲れ切ったように弛んでいる。店員なので着ているタキシードも、シワが目立つ。
「あんたがここの店長?」
「ああ、そうだが」
「サル・マカーノに手酷くやられたらしいじゃん。ジキルに頼まれて、話を聞きに来たんだ」
ラハが俺の横から顔を出した。
「あぁ、そうだな‥‥‥ちょっといざこざがあってな」
微妙そうに店主は言い淀んだ。その表情の裏には、何か隠された事情がありそう。素人の俺の目にもそう写る。
「いざこざって、どんなの?」
「よくある痴話喧嘩さ。双方、ヒートアップして銃を抜くハメになったがな。ほら、この街じゃ喧嘩には銃が付き物だろ?」
「確かに、この街じゃセットだね。けどショットガンはやりすぎだよ」
「‥‥‥誰もショットガンなんて言ってないが」
「外の弾痕を見れば分かる。散弾でしか、あんな跡は残らないはずだ」
代わって俺が補足する。ただの喧嘩じゃ、店の外にあんなおびただしい数の弾痕が付くはずない。
「ナイス助手。ただの喧嘩じゃない。襲われたんでしょ?」
「‥‥‥どういう訳か、最近、サルの連中は気が立っている。今月の上納金が少し滞っただけで、この有様だ」
「本当に上納金絡みかな?」
ラハがくるりと振り返った。
「お客さん、こんな状況でも来るんだね」
確かに、この店に入ってから俺も引っかかっている。
街の東側には初めて来たけど、目立つような店はないし、もっと安くて上手い酒が飲める店は近くにあるはずだ。
なのにここの客は、この店に足を運び、一言も話すことなく、酒を飲んでいる。
酒場ってのは酒を飲みながら、仲間と楽しく語り合う場所だろ。特にこういう大衆酒場とかは。
ここの客は、まるで酒を飲むこと自体が目的かのように、一心不乱にジョッキを傾けている。
「地元に愛される優良店だからな。リピーターも大勢いるんだ」
「密造酒のリピーターがね」
ラハがリボルバーを抜き、店主に構えた。カチリと、撃鉄を起こす。客は何も言わない。チラッとこっちを一瞥した後、またグラスに向かい始めた。
店主は垂れた瞼を上下させ、観念したように、重いため息をこぼす。
「マルトスの表の顔はただの大衆酒場。だけど裏では麻薬入りの密造者を製造していた。そうでしょ」
「‥‥‥いつから分かっていた?」
「店に入った瞬間から、臭いで。密造酒って独特な風味だもん」
「じゃあ密造酒の売り上げを納めなかったから、サル・マカーノは襲撃したってことか?」
ならシンプルだ。上納金を納め、しっかり詫びればいい。密造酒うんぬんは正直どうでもいい。俺らの仕事はサル・マカーノの最近の動向を調べることで、密造酒を取り締まるのは警察の役目だ。
「それもちょっと考えにくいね。さっき冷酷さはトップクラスって言ったけど、それは自分たちに反抗した奴らに対してだよ。上納金が滞ったぐらいじゃ、こんなにはならない」
「まだ隠し事があるってことか。なぁ店長、別に俺らはあんたを捕まえたいわけじゃないんだ。洗いざらい話してくれないか?」
なんだか俺の口調も悪役じみたきたな。けど、これも仕事の内だ。実際、彼が正直に話してくれたら、丸く収まるし。
「おいおい。なーに俺らの友達いじめてくれてんの?」
突如として、店の裏から四人の男たちが出てきた。漏れなく皆、派手な出立ちで、晒された腕には髑髏を串刺しにしたタトゥーが掘られている。
「サル・マカーノのメンバー。気をつけて」
ラハが耳元でぼそっと呟いた。
サルのメンバーは全員、ホルスターにリボルバーをさしている。中には背にショットガンを担いでいる奴も。
現場の空気は一気に緊張を帯びていく。
こいつらが、襲撃した奴ら? だとしたら待ち伏せ?
だったら最初から俺らが目的だった?
「なに嬢ちゃん? 俺らの友達に何か用?」
「別に。店長から頼みごとされたから、聞きに来ただけ。あんたらには関係ないでしょ?」
ラハは臆することなく、気丈に振る舞う。俺は黙って、周囲を見交わした。
俺ら二人を取り囲むように、サルのメンバーが丸い円を作っている。ラハと一緒に走って逃げるのは不可能か。
「おい小娘。お前、ジキルとこのハンターだろ」
リーダーっぽい黒人がラハの肩を鷲掴みにする。
「触らないで。もしそうだったらなに? あんたらの稼業は邪魔してないでしょ」
「お前みたいな奴が街に居るだけで虫唾が走るんだよ」
まただ。また理由もなく、ラハを侮辱する。こないだの男達といい、こいつらといい、ラハに何かされたのか?
いや、こいつら個人より、街全体がラハに敵意を向けている感じだ。街とラハとの間に何か大きな因縁が横たわっていると考えるほうが自然か。
‥‥‥今はそんなこと考えている時じゃないな。
「あんた達の気分を害したなら謝る。許してくれ。ラハ、また今度来よう」
ラハに話させたら緊張が高まるだけ。それにこっちは人数で圧倒的に劣っている。
悔しいが、逃げるが勝ちだ。俺はラハの手を握ってその場を去ろうとすると。
「また今度があると思うかぁ!?」
男たちは円を狭めて、俺らを逃さない。
くそ。やっぱりそう上手くは行かないよな。
「助手!」
ラハが後ろから俺を思いっきり突き飛ばす。一瞬のことすぎて上手く受け身が取れなかった。鈍い痛みが全身を駆け回り、視界が点滅する。
「しばらくそこで頭下げてて!!」
ラハは目の前の男の懐に入り込み、ホルスターから抜いたリボルバーの銃口を下顎に突きつけた。
甲高い金属音が鳴り響く。男の頭頂部から血の噴水が噴き上げた。
「まずは一人目」
「てんめぇ!!」
ラハは右に体を回転させ、伸ばした足でまた違う男の足を払い飛ばした。
「うわぁ!!」
男はなす術なく地面に尻餅をつく。
「はいこれで二人目」
相手にリボルバーを抜く暇すら与えず、ラハはトリガー引いた。
男は糸が途切れた操り人形のように、微動だにしなくなった。
「こんの化け物が!! これでも」
「撃たせないよ」
残った男がショットガンを構え、散弾を放とうとするが、一瞬早く、ラハの手が銃身を掴んだ。ポンプさえ抑えれば、あのタイプにショットガンは撃てない。
「いい銃だね。ちょっと借りるよ」
ラハはそのまま掴んだ手を下に回す。ラハの怪力で男の手から離されたショットガンは、二人の間の一回転してから、ラハの手中にすっぽりと収まる。
「三人目」
散弾が男の横腹を抉り取った。あっという間に、店内は硝煙の匂いを残して、静寂が戻ってきた。
「残りの連中は、逃げたか。助手、大丈夫? おしっこ漏らしてない?」
「ジキルじゃあるまいしな。体は痛いけど」
それにまだ耳鳴りがひどい。準備せず、もろに銃声を受けたからか。
「初陣でそれなら十分だよ。ほら、立って」
ラハに手を貸され、俺は立ち上がる。
「これはまた派手にやったな」
店の中はまさに血の海だ。店主はカウンターの端で震えていて、客は一足先に逃げたか。
「まぁしょうがないよ。殺らなきゃこっちが殺られた。これが実戦ってやつ。でも振り出しに戻っちゃったから、一旦ジキルのとこに戻ろう」
「ああ、そうだな」
その時だった。店の前に一台の馬車が停まったのは。
「馬車? ジキルの迎えか?」
わざわざよこさなくても、自分の足で帰ってたのに。
「いや、違う」
荷台の幌が外される。現れたのは太い鉄の円柱だった。その後ろには逃げたと思った黒人リーダーがにやりと笑っている。
「ガトリングガン!! 頭下げて!!」
ラハに後頭部を掴まれて、そのまま床に叩きつけられた。
瞬間、こちらの反撃を許さない、連続する銃弾と轟音が店の中に叩き込まれていく。
俺とラハは地に伏せるしかない。このままじっとしてれば、いつか反撃のチャンスが巡ってくるはずだ。
しばらくして、銃撃がピタリを止んだ。来た、チャンスだ俺は即座に立ち上がり、銃を構えた。
ラハが持つショットガンじゃこの距離は不利。けど、もたもたしてると敵が弾を補充して、また撃ってくる。かと言ってラハがリボルバーに弾をこめる隙もない。
——俺がやらなくちゃ。
俺は立膝になって、リボルバーの照星を黒人に合わせた。
てっきり黒人はリロードの最中かと思ったが、違った。
手には赤色の細い棒状の物を持って、こっちに投げてきた。端にはまた細い線があって、その先には火花が散っている。
「月まで吹っ飛びな!!」
ダイナマイト。導火線は残り少ないそれが、俺の足元に転がる。
今から掴んで窓の外に放り投げる? いや、導火線の長さからそんな時間がないことは明確だ。
じゃあ蹴って、黒人の元に送り返す? だから時間がない。
無数の選択肢が、頭の中では浮かんでは消え、浮かんでは消え繰り返す。そうこうしている内に、導火線炎は本体に到達した。
あ、これ死んだわ。
走馬灯が走る隙もなく、ダイナマイトが爆発した。意識がぷつりと途切れ、視界が暗転する。




