動機
「ちょっと、何する気!?」
ラハは眉を歪め、俺に手を伸ばすが。
——ジャキン。
撃鉄が起き、確かな感覚が、手中に伝わる。
俺らのことを悪く言った罰だ。
どうせ俺の腕なら当たらないだろうし。
俺はあまり深く考えず、引き金を引いた。
腹の底に響くような音と共に、重く鋭い反動が、ライフルの肩越しに伝わる。どうやら弾は抜かれていなかったらしい。
反動の逃し方が分からない俺は、そのまま、なすがままに床に仰向けになった。
これじゃ、弾も明後日の方へと飛んだな。
「くそっ! 撃ってきやがったぞ。どうする!?」
「どうするもクソもあるか! 逃げんぞ! 殺される!!」
外から男たちの慌てた声が聞こえた。威嚇射撃は効果抜群だな。ざまぁみろ。
「いきなり撃つとか、頭、おかしいんじゃないの?」
心配半分、怒り半分といった様子でラハが俺の顔を覗き込んでくる。
「なんか、俺もバカにされたみたいだったからな。軽ーくお返ししてやった」
「バカ。どこが軽くよ。もし当たったらどうするの?」
「その時は、ラハがどうにかしてくれるだろ?」
「バカでマヌケな助手の面倒なんて、見切れないよ」
そう言うと、ラハは若干はにかむ。破れた窓から差し込む月光が、彼女の横顔を照らした。
俺が仰向けで、ラハが横から顔を覗き込む。
位置によれば、ラハが俺を押し倒したようにも見えなくもない。
微妙な距離。互いの吐く息が混じり合う。
俺とラハは無言で視線を交えた。急に雰囲気がどこか、ウェットになっていき。
‥‥‥どうしよ、この空気。
後先考えずに、行動したからな。まさかこんな風になるとは。
俺はどうにか、言葉の繋ぎ穂を頭の中で探し出す。
「俺は、その‥‥‥あっちの世界だと何者でもなかったんだ」
そして話し始めたのは、元の世界で万場平がどんな人間だったのかの解説だった。
イケてる男なら、ここで一つ気の利いたことでも言えるだろうけど、俺には無理だ。
ラハは何も言わず、続きを促す。
「生まれたからずっと、人の目を気にして生きてきた。自分が何をしたいか、向き合わず、ずっと自分を押し殺して生きてきたんだ」
自分が傷つくぐらいなら、平気で我慢し、人の顔色を伺い、思ってもない世辞で機嫌を取る。
万場平ってのはそういう人間だ。
「俺の人生って、この先ずっとこうなのかなって、ある日思って。それで何かを変えたくて、大学をやめたんだ」
大学が嫌だったわけじゃない。第一志望の学校にも入れたし、友達も、彼女もできた。はたから見ても、充実した学生生活だったと思う。
ただ、変わらず俺は誰かの評価を気にしていて。
——大学から離れたら、何かが変わる気がした。けど、俺は何もせず、ただ時間を浪費するだけで。
「‥‥‥ラハはすげぇよ。悪魔を殺すっていう芯を持って、実際に行動に移していて。俺にはその芯すらない」
年下か同い年ぐらいのラハが屈せず、ただ己の信念を胸に悪魔に立ち向かうその姿勢は、純粋にかっこよかった。
だから、ラハに助手にならないか言われた時、少し、ほんの少しだけど嬉しかった。
自分でも、彼女の役に立てるかもしれない。今までに平凡で怠惰な人生に、一筋の光が差し込んだようで。
「急になに? 告白? やっぱ、君ってわたしのこと好き?」
「今の流れでボケるか普通」
シリアスな展開返せ。
まぁ、さっきまでの微妙な空気は霧散したけど。俺ららしい、バカみたいな雰囲気が戻ってきた。
「ボケるわよ。いきなり自分語り始めたと思ったら、
「ズバズバ言い過ぎだろ」
「遠慮とか、どうも性格に合わないんだよね。周りくどいのは嫌いなの」
いかにもアメリカ人らしいけど、今は助かる。これで遠慮がちに聞かれても、また微妙な空気が再来するだけだからな。
「で、どうなの? 何が言いたいわけ? お姉さんに言ってみ?」
ラハは首を揉みながら、気だるげに訊く。
「だから‥‥‥その、なんだ」
率直な想いを言葉にすればいい。なのに喉には鉛のような物がくっついて。
「ラハは俺に無い信念を持っているし、人の役にも立っている。それってすげぇ立派だし、中々行動に起こせないと思う。だから、人に貶されても我慢するなよ。やり返せよ」
堰を切った感情の発露は、止まらない。
「なにか事情があってお前ができないんだったら、俺がやってやる。ラハを馬鹿にする奴は、助手である俺が許さない。だから」
——「もっと自分を大切にしろよ」
ああ、そうだ。俺にはラハが、芯がなく、のらりくらりと日常を過ごしていた自分とは正反対に写って、ヒーローのように見えたんだ。だから、バカにする連中を許せなかった。慣れない銃を拾い、撃つのは、やりすぎだし、自分でもびっくりしたけど。
「‥‥‥それって説教? それともやっぱ、告白?」
ラハは若干、柳眉を歪めながら問う。
「告白じゃない‥‥‥説教っていうか、アドバイス」
言葉にしてラハに伝えたのはいい。けど、なんだか自分でも何を言いたいか分からなくなってきたな。
「ふーん。そう‥‥‥要するに君は私を守るために、銃を取ったんだ。ふーん」
「悪かったって。ついかっとなって」
「まぁわたしも鬼じゃない。初回は許したげる。でも私が好きすぎて守りたいって‥‥‥愛深すぎない?」
「誰もそこまで言ってないけどな」
俺が言ったのはあくまで、やり返すだけで、守るとは宣言してない。
第一、ラハなら自分の身ぐらい自分で守れるだろ。
「まぁでも、嬉しかったよ。君が守ってくれて」
ラハは俺から目を逸らし、どこか遠いところを見つめながら微笑む。その横顔はどこか哀しそうで。
「別に、守ってなんかない。俺がムカついただけだから」
「うっわぁツンデレ。男のツンデレとか一番需要ないから」
「うっせ。もう寝る」
「初日からよく働いた。偉いぞ、助手——改めて、おやすみ」
「‥‥‥おやすみ」




