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第七話 様子のおかしな少女達

 顔を真っ赤にしながらこちらをチラチラと伺ってくる三人の少女たち。そんな彼女たちの様子には、こちらも困惑するしかない……。


 何だろう……もしかして、三人とも男性恐怖症とか? だから、近付かれるのが怖い……みたいな?


 でも、それにしては目の前の三人からは怯えの感情は伝わってこないような……。むしろ、これは……羞恥? いや……その割には視線の熱っぽさが強いような気も……うーん、もう少し近づいてみないことには判断しづらい。


 しかし……どんな理由にせよ、あれだけあからさまな悲鳴を上げられてしまったわけだしな、これ以上の接近は辞めておいた方が良いのかもしれない。


 というわけで、俺は向けられる視線の分析を諦め、彼女たちから多少の距離を取ったまま安否を確認することにした。


「あの、さっき獣の群れに襲われてましたけど……怪我などはありませんか? 見た感じだと……平気そうではあるのですが、ちょっと心配で……」


「い、いえ、平気ですっ! そ、そそそっ……それよりもその恰好……」


 答えてくれたのは、ローブを着た金髪の娘……さっき、杖を持っていた少女だ。どうやら、見た目通り無事らしい、良かった。


 良かった……のだけど、やはり様子はおかしいままだ。やけに緊張した様子で、こちらへ上ずった返事を寄こしてきた金髪の彼女。


 そんな彼女から、俺は逆に質問を返されてしまう。しかも、その恰好……って、一体どういう意味だろうか?


 俺、そんな変な恰好していたっけ? 少なくとも、彼女たちよりかはまとも……というか、普通の恰好だったと思うけどな……。


 なんて思いながらも、ちょっと気になったので俺は自分の身体へ視線を落としてみることに……。


 と、そこでようやく現状に気付く。そういえば俺、さっきの灰狼との一件で上着を失ったんだった。つまり、上半身には今何も着ていないということになる。


 あまりに上裸が馴染みすぎていた所為で、彼女に言われるまですっかり失念してしまっていた。


 ……そりゃ、彼女たちに悲鳴を上げられてもおかしくないわな。なんせ、見知らぬ男が巨狼の背から降りてきたと思ったら、上半身裸の状態でこっちに近付いてくるわけだもんな……怖すぎる。


 というか……これで何故、彼女たちは恥ずかしがるだけで怖がらないのか……肝がすわりすぎなのではなかろうか……。


 しかし……まいったな、今の俺は自分の肌を隠せるようなものは持っていない。あるのは……スマホだけ。うん、これでどうやって隠すんだっていう話だよな。


「あー、その……これは申し訳ない。さっき、いろいろあって上着を失ってしまったもので……生憎、今は肌を隠せそうなものを持っていないんです」


「そ、そうだったのですか……そ、それは……困りましたね……」


 羞恥からか若干言葉を詰まらせながらも、金髪少女は律義に俺に返事をしてくれていた。……今更だけど、普通に日本語通じているな。しかも、相手も滅茶苦茶流暢だし……もしかして、日本人?


 ……って、今はそんなことは隅に置いておいて……恰好、どうしようか。このままだと、彼女たち的にはあまりよろしくないよなぁ。


 ……そのはずなんだけど、さっきから妙にチラチラと視線を感じるんだよな。しかも、三人全員から。恥ずかしいのなら見なければ良いのに……と考えてしまうが、きっと彼女たちは目を逸らしながら話をすることを失礼なことと心得ているのだろう。


 だから、何とか俺と目を合わせようとしてくれているわけだ。でも、そうなれば必然、俺の上半身まで視界に映ってしまうわけで……そのために、チラチラと見ては逸らしを繰り返しているのだろう。……しっかりしている。


 うーむ……、そう考えるとますますこの恰好のままっていうのが申し訳ない。どうにか彼女たちの視線から肌を遮れる何かがあると良いのだけど……。


「やっぱり困りますよね、こんな恰好。男の裸なんて気持ち悪いですもんね」


「えっ? い、いえ、そんな……と、とんでもない。むしろ、貴方の方こそ……平気なのですか? 私たちの前でそんな恰好してしまって……」


 はて? どういうことだろうか……。何故、今の状況で俺を心配するような言葉を? 故意ではないとはいえ、セクハラをかましているのは俺の方だ。心配されるのは、圧倒的に向こうのはずなのだけど……。


 それに、"私たちの前で"とは、一体どういう意味だ? それじゃまるで、上裸を見られると都合が悪い……みたいな言い回しに聞こえるのだが。


 女性の場合は確かに胸部を隠す必要があるだろうが、男なんて海やプールで泳ぐ時は基本的にみんな上裸だし……見られて気にする人はそうそういない気がする。もちろん、俺も然り。……ただ、見られて興奮するとかそういう特殊思考も持ってはいないがな。


 などと、俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、それまでは金髪少女と俺とのやり取りを黙って傍観していた二人の少女の傍ら……金髪少女より少しだけ背丈の高い銀髪の少女がようやく口を開いた。


「なんか……あんまり恥ずかしそうじゃないね……」


「えっ、恥ずかしい……って、自分がですか? そんなことあるわけないですよ。だって、男ですから」


「え、ええっ……!? だ、だからこそ……恥ずかしくないの?」


「……?」


 ……何だか、話が噛み合っていないな。聞いている限りだと、彼女たちの中では男も裸を見られれば恥ずかしがるのが当然……みたいな認識をしている感じだが……。


 確かに、下半身を見られれば大半の男は恥ずかしがるだろうけど……あくまで上半身だぞ? さっきも言ったが、水着になれば必然的にさらすことになるわけだし、その程度で恥ずかしがる男なんて……いないよな?


 そう首をかしげる俺に、三人とも驚愕の表情を浮かべていた。


「う、嘘……!? ほ、本当に恥ずかしがってない……ですね。ま、まさか……そんな殿方がこの世に存在するなんて……し、信じられないわ……」


「じ、じゃあじゃあ、こ、こんな風に……ジロジロ見られても気にならないの?」


「ええ、まぁ。特に見られて困る身体でもありませんからね。ただ、ちょっと傷だらけなので、見る人によっては不快に思われてしまうかもしれませんが……」


「そ、そんなこと思わないよっ? そ、その……歴戦の戦士って感じで……すごくカッコいい……よ?」


 そんな感想をこぼしながら、興味津々といった様子で俺の身体をまじまじと見つめてくる金髪少女と銀髪少女。


相変わらず顔は真っ赤なままなのだが……そこにはもう、恥ずかしがって俺から目を逸らす先ほどまでの彼女たちの姿はなかった。


 やはり……何か妙だ。さっきまではずれた価値観をもって頻りに俺の反応とか顔色を伺ってきていたし……、俺に抵抗がないことを知るや否や今度はこんな風に積極的になり始めたんだもんな……。


 それに……、


「あ、あのっ……もしかして、触ってみたりしても……OKですか?」


 遠慮がちに……しかしながら、そこに隠しきれないほどの欲望を見え隠れさせ、そう俺に問いかけてくる金髪少女……そんな彼女だが、その可憐な相貌は紅く上気し、薄桃色の小さな口唇の隙間からは"はぁ……はぁ……"と粗い呼気を吐き出していた。


 しかも、熱っぽく俺を見つめてくる二つの綺麗な金色の瞳は涙に濡れ、艶やかな煌めきがその中でうるうると揺らめいていた。


 そんな彼女の放つ雰囲気は、どこか甘ったるさの孕んだ奇妙な色気に満ちていて……正気を失いかけているのが何となくだけど理解できた。


「えっ……ラ、ラフィ……? さ、流石にそれは……」


 無論、それは金髪少女に限った話ではない。彼女の隣に佇む銀髪少女もまた、艶めかしく潤んだ瑠璃色の瞳で、やけに熱量の籠った視線をこちらへ投げかけてきていた。


 金髪少女……ラフィというらしい……を口では何とか制止しようとしている分、まだ多少は落ち着いているみたいだが、金髪少女と比べても遜色ないほど整ったその美貌には確かな赤みが差しており、呼吸もどこか荒っぽい。


 この雰囲気……知っている。これまでにも幾度となく目にしてきたからな。つまり、今この二人は興奮上体にあるのだろう。……もっと直接的な表現をするならば、発情……というべきか。


 しかし……何故そんな状態になってしまったのか、その理由は分からない。たかだか男の上半身を目にしただけで、普通の女性がここまで乱れてしまうとも思えない。


 これがもし、彼女たちのうちの一人だけが欲情していたなら、そういう性癖を持っているだけ……と判断することも一応できなくはないだろう。


 だが、二人が同じ反応を見せているとなると……性癖という可能性も少々考えづらくなってくる。偶然……と一蹴することも可能ではあるだろうが、同じ輪の中に同じ性癖を持つ人が複数人いるというのが妙なのは確かだ。


 それこそ、そういう類の集まり……とでも言われないと、正直納得はし難い。ただ、二人の後ろに佇むピンク髪の少女からは、二人のような怪しい雰囲気は感じられない……気がする。少し距離があると、やはり判別は難しいな。


 でも、少なくとも二人のようにあからさまに発情しているという雰囲気ではなさそうだ。ちょっとばかし恥ずかしそうにはしているみたいだが……。


 となると……あれか? 先ほど命の危機に陥った所為で生殖本能が刺激されたがために、無理矢理子孫を残そうと無意識的に性欲が高められてしまっている……とかか?


 いや、それにしては荒々しさがあまり見られないな……。本能が刺激されればもっとこう……衝動的な欲求に襲われていてもおかしくはない。


 けど……彼女たちはどうだろう? 確かに発情はしているが、何というか……初々しさみたいなものが垣間見えている気がするんだ。それこそ……そう、思春期入りたての男子が性的な何某を目にした時の反応に似ている気がする。


 そう考えると、先ほどから大げさなくらいに俺の羞恥心を気にしていたのも、チラチラと俺の身体へ視線を向けたり逸らしたりを繰り返していたのも、その言動・行動すべてが思春期男子に似通っているように見えてくるな……。


 何だこれ……、まるで俺と彼女たちとの間で性的価値観が逆転してしまっているような……そんな違和感を覚えてしまう。


 にわかには信じ難い可能性ではあるものの、そう考えることで辻褄が合う部分が出てくるのもまた事実なわけで……。だって、さっきからあまりに会話が噛み合わないわけだしな……非現実的でも、その可能性を意識はしてしまう。


「アーナだって……触りたそうにしているじゃないの……」


「そ、それは……まぁ、わたしも女子だし……気にはなるけど……」


「でしょう? ……それに、この方は肌をさらすのに何の抵抗もなかったのよ。はぁ……はぁ……だ、だからきっと、ちょっとくらい触ったって平気なはず……で、ですよね?」


 などと思考を巡らせている俺の前で、金髪少女と銀髪少女の二人がそんな問答を繰り広げていた。


 一応、銀髪少女はまだ金髪少女の制止を試みてはいるようだが……金髪少女の勢いにちょっと押され気味になっている。少しずつだが、気持ちが欲に傾きかけているのが見ていて感じられた。


 というか、今更だが……近いな。最初はそれなりに距離があったはずなのに、いつの間にこんな……。


 でも……そうか、彼女たちの雰囲気から発情の可能性を予測できていたということは、そのころにはもう既に距離が縮まり始めていたのかもな。……思考に集中しすぎて気付かなかった。


 というより、違和感を覚えるだけの余裕がなかったのかもしれない。ピンク髪少女との距離は測れていたのにな。


 しかし……あれだな、彼女たちが至近距離にいると意識し始めると、それまでは何となくしか感じられていなかった彼女たちの発情オーラが余計敏感に気になってしまうな……。


 一人分の発情オーラを受け止めるくらいなら一応慣れてはいるのだが、二人分ともなると迫力が段違いだ……。流石に少しばかり気圧されてしまい、思わず一歩後退る。


 ……が、ここで彼女たちを拒絶するということは、即ち彼女たちの望みに背くということになるわけで……それは即ち、事を荒立てる行為に他ならない。


 そんな考えが脳裏を過った瞬間、俺の心は急激に冷静さを取り戻していく。様々な困惑が入り交じり、それ故に調子が狂ってしまっていたみたいだが……ふむ、癖一つでここまで正気になれるとは……我ながら、凄いことだと考えてしまう。


 ……とまぁ、それはともかくとして……、


「はい、どうぞ。お好きなだけ触れていただいて構いません」


 俺はそう口にすると、彼女たちに身体を差し出すように両腕を広げて構えを取る。抵抗するつもりはない……という意思表示だ。


「えっ……!? ほ、本当に……!? 本当に良いの……?」


 そんな俺の態度に、銀髪少女が驚愕しながらそう聞き返してくる。当然、俺は何の迷いもなくそれに首肯を返した。


「そ、そういうことなら……」


「貴方ならきっと、受け入れてくださると思ってました……、はぁ……はぁ……。で、では……、失礼して……」


 そう言って、恐る恐る手を伸ばしてくる二人の少女。俺は無表情・無感情のまま、静かに彼女たちの手が身体に触れるのを待っていた。


 ……が、その手が俺に届くことはなかった。


「はい、二人ともストップ。落ち着きなさい」


 ここまでずっと無言だったもう一人の少女……ピンク色の髪をした二人よりも小柄な娘が俺と彼女たちの間に入ってきたためだ。


 彼女は、立て続けに二人の少女の頬をペチペチと叩くと、それからこちらへ振り返ってきた。その後ろでは……、


「あいたっ……」


「ひゃううっ……」


 なんていう二人の悲鳴が聞こえていたが、それを気にする様子はない。真剣な顔でこちらを伺ってきていた。でも、その頬にはやはり朱色が差していて……未だ羞恥の感情を覚えていることも確かのようだった。


 ……これ、もしかして怒られるやつか? "二人を誑かすのは辞めてくれ……"みたいな感じで。……確かに、見方によっては俺が彼女たちを誘惑しているように映ってしまってもおかしくはないよな。


 一応、彼女たちの望みに背かないように……と思っての行動だったのだが……うーむ、どうするのが正解だったのだろう。


 などと考えながら、俺は次に飛んでくるであろうピンク髪の少女からの叱責に身構えていた。


「ごめんなさいね、迷惑かけちゃって」


「……えっ?」


 だが、彼女の口から発せられたのは……意外にもそんな謝罪の言葉だった。

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