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第六話 襲撃現場に出くわしました

「おお……、なかなかの乗り心地だな」


「わっふ」


 現在、俺は狼の背に跨り、森の中を颯爽と駆け抜けている最中だ。行き先は、当然この森の出口。とはいっても、俺が好き勝手に狼を乗り回しているというわけではなく、こいつが自発的に俺を背に乗せてくれたのだ。


 なので俺も、せっかくの奴の厚意を無碍にするわけにもいかず、森の出口までの案内を任せることにしたのである。


 では何故、このような状況になっているのか……それについては簡単な話だ。俺、どうやらこいつに懐かれてしまったらしい。


 あの後、俺にびくびく怯えながら腹を見せてきた狼だったが、その哀愁漂う姿につい魅かれ、俺は剥き出しにされた腹を試しに撫でてみたんだ。


 そうしたらこいつ、それまでの怯えた態度が嘘のように、俺に腹を撫でられて気持ちよさそうな鳴き声を上げ始めてな。


 その様子に気分を良くした俺は、興に乗って近くの木に成っていた木の実なんかをあげてみたりして……んで、気付いたら滅茶苦茶従順になっていたってわけだ。


 元々は自分に敵意剥き出しだった野獣を、いつの間にか手名付けてしまった……その事実に一瞬間隙しかけた俺だったが、冷静になると"何やってるんだろう……"なんて思えてきた。動物と遊んでいる暇なんてないのだが……。


 けどまぁ、快適な移動手段を手に入れられたと考えれば……悪くはないか。何も知らない森の中を一人で彷徨うより、ある程度土地勘がある奴に舵を任せた方が効率が良いのは確かだ。


 それに、こいつの方が俺より確実に速度も持久力もあるからな。先を急ぐという意味でも、こいつを手名付けたのは良い判断だったのかもしれない。


 ……にしても、本当に速いな、こいつ。さっき追われていたから身をもって分かってはいたけれど、実際に背に乗ってその速さを体感してみると……人間の鈍くささを嫌でも実感させられる。


 俺、こんな尋常ならざる走力の化物からよくあれだけの距離逃げられたな……。頑強すぎる肉体といい、俺の身体……本当にどうなってしまったのだろう。


 もし仮に、この謎現象前部が今まで受けてきた仕打ちから培った身体能力……とかだったら、俺はどんな反応をすれば良いのやら……。


「……わっふ?」


 などと考えていると……突然、狼が小さな鳴き声を上げながらその場に急停止した。あまりに唐突な出来事だったので、俺は対応できず奴の背中から投げ出されてしまった。


 そのまま、受け身を取ることもできず地面に叩きつけられる俺。……流石に、奴の巨体の上から飛ばされれば、地面が目の前まで迫る頃にはかなりの勢いがついてしまっているわけで……鈍い衝撃が身体を奔った。


 けれど、そんな俺の様子を気にするそぶりも見せず、狼はとある一点を静かに凝視していた。……まぁ、その態度が癇に障るとか、そんなことを言うつもりは毛頭ないがな。幸い、怪我一つないわけだし。


 それよりも、あれだけ懐いた俺のことすら放っぽり出すくらいに奴が気にすることとは一体何なのか……それが俺も気になっていた。


 奴の視線を負い、俺も一緒になってそちらへ意識を向けてみる。……視覚から得られる情報としては、ただ生い茂った草木が延々と広がっている様が映るだけだ。


 ふむ……何かあるようには……ん?


 ふと、俺の耳に微かながら喧噪が聞こえてきた。人? 動物? ……そこまでは分からない。……が、確かに何かが聞こえた。


 もしかして、狼はこの喧噪を瞬時に拾ったから、急停止して様子を伺い始めたのだろうか……。


「なあ、今の音……もしかして、お前が気になってるのはこれか?」


「わっふ……」


 気になって狼にそう尋ねてみると……やはりというか、奴は頷きを俺に返してきた。……凄いな、動物っていうのは。運動能力だけじゃなくて、感覚まで鋭敏だなんて……。人間じゃ適わないな、本当に。


 ……それはそうと、この先で何かが起こっていると考えて良さそうだ。うーむ、これは……どう行動するのが正解なのだろうか。


 もし、これが人のものだったなら、もしかしたら誰かの助けを必要としているかもしれない。なんせ、こんな薄暗い森の中だ、何が起こるか分からないからな。俺みたいに、野生動物に襲われている可能性だってあるわけだ。


 そうだった場合、見捨てて先を急ぐというのも気が引ける。これでもし、俺みたいに運良く助からなかったら……流石に寝覚めが悪すぎる。


 だが、動物同士の喧嘩だったら? 無理に介入しようとして、巻き添えを食らうのも、それはそれで困る。というか、仮にこの狼よりも強い動物がいたら……こいつを危険にさらしてしまいかねない。


 懐かれていることもあって、俺もこいつには多少なりとも情が湧いている。酷い目に合わせたくない……と考えるくらいにはな。


 でもなぁ……、


「……気になるのか?」


「わっふ」


「……見に、行きたいか?」


「……わふっ」


 ……他でもないこいつが様子を見に行きたいと言うのなら、それに従うしかないだろう。傷付けたくないという気持ちもあるが、それ以上にこいつの望みには応じてやりたいって思うんだ。


  だから俺は、もう一度奴の背中へ飛び乗った。そして、今度は振り落とされないよう、左右の手でそれぞれ奴の灰色の体毛を引っ掴む。


 それを確認すると、狼はこれまでよりも一層勢いよくその場を飛び出し、喧噪の聞こえた方へと颯爽と駆け出した。


 当然、こいつの脚力をもってすれば目的の場所へ辿り着くのもあっという間のこと……鬱蒼とした茂みの中を秒で抜け出した俺たちは、やがて喧噪の発生源を視界に捉えた。


「わっふ?」


「どう見ても……襲われてるよな……、あれ」


 俺たちが目にしたのは、獣の群れに囲まれる三人の少女の姿。だが、何というか……いろいろとツッコみ所の多い光景であった。


 まず真っ先に目についたのは、少女たちに群がる獣の数だ。遠目からなのではっきりとした数は数えられないが、ざっと10……いや、20匹くらいはいるだろうか。


 しかも、あれ多分……狼の群れだ。今俺を背に乗せているこいつとは大きさやら体毛の色やら……いろいろと相違点はあるが、全体的なフォルムは似通っている。


 ……こいつといいあの群れといい、この森……狼多すぎやしないか? もしやここ、こいつらの縄張りだったりするのだろうか……。とすると、あれはまさか……こいつの仲間?


 ふむ、それならこいつが喧噪を気にしていたのも頷ける。仲間の気配を見つけたら、そりゃ様子の一つでも見に行きたくもなるよな。


 だが……どうするか、この状況……。俺の推測が正しかった場合、あの狼の群れを力尽くで追い払うのは、こいつの手前やりづらい。


 でも、だからってあの少女たちを助けないなんていう選択肢も俺にはないわけで……。あの騒動を平和的に解決できる手立て……何かないのか?


 そんなことを考えながら、じりじりと睨み合いを続ける狼の群れと少女たちの姿を眺める。……というか、狼の数に最初目が行ってしまったが、よくよく考えるとどうしてあんな少女たちがこんな森の中にいるのだろう……。


 しかも……見たところ、俺と同年代かそれよりちょっと下くらいだよな。そんでもって、日本ではあまり見かけないような髪の色をしている……海外の人か?


 ……いや、染めているだけという可能性もあるな。特に……ピンク色なんて、海外でもそうそういないはずだし。


 しかも彼女ら、随分とけったいな恰好をしているんだよな……。全身を黒いローブで包み、持ち手の辺りに鉱石で作られたアクセサリーを埋め込んだ茶色の杖を手にしている人とか……、ところどころがメタリックな材質の変わった服を身に纏い、左右の手にそれぞれ一本ずつ長剣を携えた人とか……。


 ピンク色の髪の娘に関しては、マントみたいなものまで羽織っているし……。しかも、その手には長槍が握られていて……あれって本物? ……いや、そんなわけ……。


 あれは単なる映画の撮影で、彼女たちの身に着けているものはすべて舞台衣装の一種である……と言われた方がまだ信じられる。


 でも……あれ、演技にしては一触即発も良いところだろう……。それに、撮影に何ら関係のない俺がいかにもあの群れと関わりのありそうな巨狼に襲われている時点で、いろいろと演技の範囲を超えすぎている。


 ならば、コスプレか……?とも一瞬考えたけれど、コスプレをする場所としてこんな森奥を選ぶ意味が分からない。


 あとは……うーむ、状況があまりに現実離れしすぎていて、他の可能性を考えられるだけの思考力を生憎今の俺は持ち合わせていないようだ。……うん、あれが本物か偽物かは、今は横に置いておくことにしよう。


 今はそれよりも……目の前の騒動をどのようにして上手く切り抜けるか、それを考えるのが最優先だろう。


「なあ、あれってもしかして、お前の仲間……だったりするのか?」


「わふっ、わっふ」


 俺からの問いに、走りながらもぶんぶんと首を縦に振る灰狼。まぁ、何となく予想はできていたが……やはりそうだったか。


 となると、こいつは仲間を援護するためにあそこへ向かっているのかもしれない。一応、俺には心を開いてくれているみたいだが、元々は随分と敵意剥き出しだったからな、こいつ。


 もしかしたら、俺以外の人間ならどうなろうと知ったことではない……なんて考えているかもしれない。


 そうなれば無論、俺と奴の意見は違えることとなる……。平穏な解決を望んでいる俺に対し、奴は仲間さえ無事であれば良いと思っているわけだから。


 こいつとまた敵対するのはなぁ……。だが、彼女らを見捨てたくもないし……はぁ、これじゃ板挟みだな。


 そもそもだ、普段はほとんど無感情を貫いている俺の心が、どうしてこういう時だけ動かされてしまうのか……いや、分かってはいる。ことを荒立てない立ち回りをしようと人助けをしすぎた所為で、気付いた時には他者の不幸を見逃せない体質になってしまったんだ。


 恐らく、本能的な部分で"助けないと恨まれる"と考えてしまっているのだろう。ここまでくると、被害妄想も良いところだろうが……意識してどうにかなるものでもないからな、こればっかりは。


 ……って、今は自分の性格を悔いている時間なんてなかったな。あの輪に接触する前に、何かしらの手段を打たねば……。


 いっそ俺が彼女らの身代わりにでもなれれば良いのだが……流石にあの量の獣のヘイトを俺一人で抱え込むのは難しいだろうな。何なら、数の暴力で俺含めた四人をまとめて蹴散らしにかかってくるかもしれない。


 助けようとして、かえって被害を大きくしてしまうのは……流石にちょっと、間抜けにも程がある気がする。


 とすると……俺一人の力じゃお手上げか。


 こうなったら……仕方ない、あまり気は進まないが、ダメもとで奴に頼み込んでみるか。他力本願なのは承知だが、こいつなら俺からの頼みってことで了承してくれる可能性もなくはない。


 それに……最悪俺を生贄に捧げれば、もしかしたら許してもらえるかもしれないしな。家族の怒り顔が脳裏を過るが、この際仕方ない。人が死ぬのを黙って見過ごすよりかはマシだろう。


「あのさ……できればあの人たちのこと、見逃してやってはくれないか? お前としてはあの群れに加勢したいのかもしれないけど、ちょっと俺には……人の死を見逃すことはできなさそうなんだ」


「わふっ……?」


「だから頼む、どうか彼女たちのことは見逃してほしいんだ。……勝手言ってすまない。代わりに俺の身体くらいなら喜んで……」


「わっふ……わふわふっ!」


 我儘を承知でそう頼み込んでみたのだが……俺の想定とは裏腹に、奴はあっけらかんと頷いてみせた。……あ、あれ? こんな簡単に了承してもらえるとは思っていなかったのだが……本当に良いのか?


 しかも、俺が"犠牲になるから"と口にするよりも早く……それこそ、食い気味なくらいの勢いで了承の意を示してきた。まるで、そんな犠牲は求めていないとでも言うかのように……。


 な、何だろう……この拍子抜け感は……。ま、まぁ、結果的に上手くいったから良かったけど。


「わっふわっふ……」


 なんて、俺が一人呆気に取られていると、灰狼は"任せておけ"と自信満々な様子でそう一鳴きし、そして次の瞬間……奴は大迫力の雄叫びを上げた。


 背中に乗る俺ごと激しく振動させるほどのその咆哮は、たちまち辺りの空気を震わせ、微かに木々をも揺らしていた。


 当然、それだけの質量の咆哮ともなれば、まだ多少距離のあった騒動の輪の中にも余裕で届く。そこにあるすべての意識が、あっという間にこちらへ向いてしまった。


 というか……マジか、今の雄叫びを聞いた狼の群れが、こちらへ意識を向けた瞬間勢いよくその場に伏せてしまっていた。それはまるで、家来が王に首を垂れるかのような……そんな動きにも見えた。


 も、もしかしてこいつ……あの群れのボスか何かなのか? あるいは、単に彼らの上位種なのか……。本当、なんでこんな凄い奴が、一度の敗北程度で俺なんかに屈服してしまったのか……謎でしかない。


 などと考えている間にも、灰狼は群れに対して何かを吠え唱えていた。獣の言葉は分からないが、恐らくは俺との約束通り、彼女たちを襲わないよう説得してくれているのだろう。


 初めは動揺する様子を見せていた群れの面々だったが、灰狼の熱弁にやがて落ち着きを取り戻し……いや、違うな。なんか……怯えていないか?


 しかも、彼らの視線は灰狼……ではなく、その上に騎乗している俺に向けられているような……もしやこいつ、さっきの出来事について群れの面々に語り聞かせていたのでは?


 い、良いのだろうか……敗北のエピソードを語るとか、上位種としてのプライドに傷とか付かないのかな……。


 そうこうしているうちに、灰狼は最後に何かを一吠えし、その声で狼の群れは実に統率の取れた動きで素早くこの場を立ち去ってしまったのだった。


 そうして、この場に残されたのは灰狼と俺、それから……


「「「…………」」」


 俺同様、呆気に取られながら一部始終を傍観していた三人の少女……。


 まぁ、そういう反応にもなるわな。さっきまで襲われていたと思ったら、いきなり巨狼が現れ、あっという間に群れがこの場から立ち去ってしまったのだから。


 元々は当事者だったはずなのに、気が付けば蚊帳の外になってしまっていたんじゃ……そりゃ言葉も失うよな。


 けどまぁ、結果的に彼女たちが無事だったのだし、そこは素直に良かったと思う。こいつには感謝しないとな。


「ありがとな、穏便に済ませてくれて」


「わふわふ。……わっふ、わふわっふ」


「おっと……ああ、そういうことか。ありがとう」


 礼を言うと、奴は気にするなとばかりに首を横に振ってみせた。それから、その場に腰を下ろし、一度俺を背中から降ろしてくれる。


 恐らく、彼女たちの様子を見に行かなくて良いのか……と言ってくれていたのだろう。なので、俺は奴の厚意に甘え、一度奴の背中から離れ、そのまま彼女たちのもとへと向かう。ぱっと見では目立った傷はなさそうだが、それでも無事の確認は行っておきたい。


 そう思って近付いたのだが……、


「って、ひゃああっ!?」


「え、ええっ!?」


「ちょっ、う、嘘でしょっ!?」


 俺を視界に捉えた三人の少女が、何故か一斉にそんな悲鳴を上げてきた。

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