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第三話 求人広告とゲーム広告は一緒にしないでください

 やがて義兄の体力が尽き、そこでようやく俺は彼のストレス発散から解放された。流石に、その頃には俺の身体もボロボロになっていた。


「はぁ……はぁ……まっ、今日はこれくらいにしておくわ。んなわけだから、お前はさっさと帰れ。これ以上ここにいられると目障りだ」


「……では、これで失礼します」


 軽く息を整えた義兄に追い払われ、俺は痛む心身を引きずりながら実家を後にした。


 ……本当、今日はいつにも増して不運な日だった。などと今日一日を振り返りながら、自宅までの道を歩く。もうこれ以降約束はないので、先ほどのように慌てる必要はない。


 それからしばらくして、再度自身の住処に戻ってきた俺は、今度こそ鍵を開け部屋の中へと入ることができた。


 そうして、後ろ手で戸締りを行ったところで、俺の身体に一気に脱力感が圧しかかってきた。流石のハードスケジュールには、それなりにタフであると自負している俺であっても疲労を覚えずにはいられなかったらしい。


 まぁ、朝から晩までバイトに明け暮れ、その後には元バイト仲間たちからの集団リンチに合い、挙句義兄には試合の結果が振るわなかったことへの腹癒せとして散々打ちのめされたわけだからな……これで疲れの一つも感じないのなら、そいつはきっとただの化け物だ。


 ただ、いつまでも玄関でへたり込んでいるわけにもいかない。汚れたまま寝室に入るのも気が引けるので、とりあえず風呂には入っておきたかった。


 それに、義兄との一件ですっかり忘れかけていたけれど、今日のうちに新たなバイト先の候補くらいは出しておかないと。家族に助けも求められない以上、何が何でも自分の力で食い繋いでいかなければならない。


 ……仕送り一つあれば、今の生活はどれだけ変わるのだろう。まぁ、考えたところで無意味なことではあるのだが。


 あの人たちが俺に支援なんてしてくれるはずがない。でなければ、今このような状況にだって陥っていないわけだし、それに……そんな状況に対して不満を覚えていないはずがないのだから。


「……さっさとやることやらないと」


 我ながら馬鹿なことを考えたと鼻嗤いを漏らし、俺は一言そう呟くと外履きを脱ぎ捨て、その足で真っ直ぐ脱衣所へと向かった。


 脱衣所に入り、汚れた服を脱ぎ払う。布が身体に擦れる度、今日一日でできた新たな傷に痛みが奔る。だが、これも慣れたもので、俺の表情はぴくりとも動かなかった。


 ……それでも、正常な他人がこの身体を見たら心配してくれたりするのだろうか。きっとどこもかしこも痣だらけになっているであろう自身の肉体を見下ろしながら、らしくもなくそんなことを考えてしまう。


「……ダメだな、疲れて思考が変になってる」


 様子のおかしな自身の思考に嘆息し、俺は脱いだ服を洗濯機に放り込むと、暗いままの浴室へ足を踏み入れた。灯りは点けない、節約のためだ。


 そうして手早く身体を清め終えた俺は、風呂から上がるとタオルで付着した水分を拭い去る。所要時間はだいたい五分くらいだろうか。水道光熱費削減のためにはこれも必須のこと。


 当然、それ故に使うのはお湯ではなく水だ。冬はなかなかに冷えてやや辛いが、我慢すればどうってことはない。何なら、慣れれば風邪すら引かなくなった。


 ただ、お湯だろうが水だろうが、傷に染み込めば流石に痛みは感じてしまう。入浴時間を短く済ませる都合上、洗体も雑になるので余計に傷は疼く。


 幾らタフであろうと、身体の侵害受容機構には適わない。そのことに苦笑を浮かべながらタオルを腰に巻き、剥き出しになったままの傷だらけの身体を引きずって寝室へと直行した。


 それから俺は、スマホを片手にバイトの求人情報を隅から隅まで検索し尽くし、良さげな候補のリストアップ作業に没頭するのだった。……当たり前だが、寝室に戻ってきた時点で服は着たぞ。


「……何だこれ」


 なんて風に、しばらく検索作業を続けていると、ふと俺の視界にとある検索結果が飛び込んできた。……しかし、そのページタイトルには思わず眉を顰めざるを得なかった。


 ……"異世界生活、始めてみませんか?"なんて文言が掲げられているのだが、少々……いや、ぶっちゃけかなり怪しい。


 異世界って確か、この頃漫画なんかで流行りのジャンルだったよな……そういうコンテンツに手を出したことがないから、あまり詳しくはないのだけど。


 とすると、これはゲームか何かのHPなのだろうか。求人情報で検索したはずなのに、何故こんな異物が混ざるのか……それは分からないが、少なくとも今の俺には関係のないものだ。


 ……そのはずなのだが、今日の俺はとことんおかしかったらしい。異世界生活という奇怪なワードがやけに気になってしまい、気付いた時にはリンクに指が伸びていた。こんな寄り道、時間の無駄でしかないはずなのだが……。


 そんな謎の興味に魅かれた結果……、


「……分かってたけど、やっぱりくだらないな」


 案の定、軽く目を通したところでそう吐き捨ててしまっていた。言葉通り、画面上に羅列された情報はどれもくだらない内容であった。


 一応、あらすじ?に該当しそうな部分を要約すると……数百年前に起きた人魔戦争において、人間族側の勝利と代償に受けた魔人族からの呪いにより、人口の男性比率の極端な減少が今も尚続いている異世界で、その呪いを解呪するために奮闘してみませんか……ということらしいが……、


「……どう考えてもゲームにしか見えないな」


 あまりに現実味を感じさせないイントロダクションの所為で、元よりゲームとかそういう類の紹介ページと疑ってはいたが、その疑惑が一気に革新に近づいた。


 異世界という単語ですらリアリティ皆無だというのに、そのうえ魔人族がどうのとか現実には存在するはずのない生物を持ち出されても……馬鹿馬鹿しいとしか思えない。


 それに、呪いの内容もおかしい。恐らく、人類の繁殖力を削ぐための呪いであろうことは何となく理解できる……のだが、何故よりにもよって人口減少の運命を辿るのが男なのだろうか。


 男なんて、比較的若くて健康体であれば、その時点で種馬の素養を持っているといえる。故に、人数が少なかろうと、たった一人で複数人の女との間に同時に子を成すことも可能であろう。


 そういう意味では、むしろ女が減少した方が事態はより深刻になりかねない。女の場合、一度妊娠してしまうと次の子供を宿すまでに少なくとも一年近くはかかってしまうからな。


 そのため、母体の絶対数を減少させた方が、人類の繁殖力を削ぐという意味では非常に効率が良いといえるだろう。


 というかそもそも、そんな呪いが存在するというのなら、こんなまどろっこしいものじゃなくてもっとこう……簡単で、それでいて致命的な呪い……そうだな、例えば女の卵巣機能停止、あるいは男の精巣機能停止とか、そういうものにすれば良かったのでは?なんて考えてしまう。


 ……って、いつの間にか文句になってしまっていたな。あくまでゲームなのだから、絶望感を大きくするわけにもいかなかったのだろう。


 それに、男性の減少……ということはつまり、相対的に女性の数が多くなるわけだから、男性ユーザーからの人気はそれなりに高くなりそうだ。


 よくよく読み込んでみると、"可愛い女の子が選びたい放題"みたいな宣伝文句も書いてあるし、元より男性向けを意識して作られていたのだろう。


 ……こういうゲームに疎すぎるあまり、ついつまらない現実理論を持ち出して貶しすぎてしまった。この手のゲームを好んでいる人たちには聞かせられないな。恨み言を言われそうだ。


 それはそうと……、


「救世主になって、今より華やかな人生を……ねぇ」


 画面スクロールにより新たに表示されたそんな文言を読み上げたところで、やはり自分には縁遠いものだろう……と結論付けてしまう俺。


 第一、画面の中で一時の幸せを手に入れたところで、それが現実世界にまで反映されるわけではない。むしろ、ゲーム内と現実とのギャップに空虚感を味わわされそうで……それがちょっと怖い。


 それならば、今まで通りバイトに明け暮れ、コツコツ日銭を稼いだ方がきっと有意義に違いない。


 そう思った俺は、これ以上このページに居座る必要もないだろうと判断し、最下部までスクロールすることなくブラウザバックボタンをタップした。……故に、俺は見逃してしまった……ページ最下部に表示された不穏な一文を。


 それ以降は特に寄り道などもすることなく、俺は夜遅くまで求人情報の斡旋に集中し続けていた。


 そうして、候補の絞り出しがあらかた済んだところで、今日はもう就寝することにした。幸い、力仕事系のバイトも幾つか見つかったので、明日以降手あたり次第電話してみよう。


 そんな思考を最後に、俺の意識は眠りの世界へと落ちていくのだった。……枕元に置いていたスマホが謎の光を発していることにも気付かないまま。

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