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第一話 "事を荒立てない"が俺の流儀

 続くかは分かりませんが、とりあえず投下してみようと思います。

「また君は、仕事そっちのけで遊び惚けていたそうじゃないか。困るんだよ、そういうことされると」


「……申し訳ございません、店長」


 とあるファミレス……閉店時間を迎え客のいなくなったホール内でのこと。


 本日の総括を行うため、閉店までシフトに入っていた全従業員が一挙に集められたこの場にて、そんな店長の叱責が飛ぶ。


 その言葉が向けられているのは、他でもない俺……渡会(わたらい) 玖朗(くろう)だ。


 これはいつものことであり、すっかり慣れてしまっていた俺は反射的に彼に頭を下げていた。


 そんな俺に、周囲の従業員たちからも呆れや怒りの籠った冷ややかな視線が向けられる。


 ……しかしそれはあくまで表向きのものだ。それらの視線に注意を向けてみると、視線の中に"してやったり"とほくそ笑むような別種の色が混じっているのを感じ取ることができる。


 無論、これもいつものことなので、そんな視線を受けたところで俺の心中は波一つ立ったりしない。ただひたすらに"無"であった。


 ここまでの雰囲気で何となく察せられるかもしれないが、今こうして俺が店長から叱責を食らっているのは、言ってしまえば他の従業員たちの身代わりのために他ならない。


 つまり、俺が業務そっちのけで遊び惚けていたというのは全くの事実無根というわけだ。俺自身は今日一日、いたって真面目に業務に従事していたつもりである。それこそ、休憩の一つもまともに取れないくらいに。


 むしろ、サボりをきめ込んでいたのは俺に嘲笑の眼差しを向けてきている俺以外の従業員たちの方だ。彼らは、事ある毎に最年少従業員である俺に仕事を押し付け、控え室で勝手気ままに遊んでいる。


 しかも、あろうことかその事実を捻じ曲げ、一日中俺がサボっていたという嘘を毎度のように店長に告げ口してくる。だからこうして、俺が店長から叱責を食らうという定番の構図が出来上がってしまっているのである。


「毎度そうやって謝ってはいるけどさ、それでも治らないってことは反省してないってことだよね? あのさぁ、最年少で周りに甘えたい気持ちは分かるけどね、君の代わりに頑張ってくれているみんなのことも考えようよ」


 そんな裏の事情なんて知らない店長は、他の従業員たちから寄せられた情報を真に受け、謝る俺にこうして次々とお叱りの言葉を浴びせかけてくる。


 基本、彼は業務中に表へ出てくることはない。控え室とはまた別の管理人室にて、事務作業とやらに明け暮れているのだとか……。


 故に、従業員たちからの嘘のタレコミであっても、彼にとってはそれが事実となってしまう。従業員たちも、店長が滅多に出てこないことを分かっているからこそ、シフト中に勝手できてしまっているわけだし、容易く嘘をでっち上げることもできてしまっている。


 そのうえ、俺が何一つとして反抗もしてこないものだから、従業員たちは調子に乗って次から次へと俺に仕事を押し付け……今ではここで働く従業員全員がグルになってしまっていた。


 多分、最初のうちに安請け合いをしすぎたのだろう。とはいえ、始めは俺がサボったことにされるというようなことはなかったのだが。むしろ、"内緒にしておけよ"と言われるのがお約束だったように思う。


 けど、いつだったか……ゲームの課金にバイト代を注ぎ込みすぎた所為で貯金が尽きそうになっているとかそんな理由から、とある一人の先輩従業員が俺を出しに昇給を図ろうと、"渡会がサボっていた穴を自分が埋めた"と嘘の報告を店長にするようになった。


 それには流石の俺も初めは反論しようとした……のだけど、裏でその先輩が俺に"大人しく従え"と脅迫紛いの念押しをしてきたことで"反論すれば事を荒立てることになる"と察し、結局何も言わずに彼のでっち上げを受け入れることにしてしまった。


 結果、彼は目論見通り自身の昇給に成功し、それに味を占めてその後も同じ手口で楽に給料を分捕っていった。当然、その代償に俺は減給を食らったわけだが。


 けれども、そんな俺が同情を向けられることはない。むしろ、周りの従業員たちは"上手いことやるもんだ"と口々にその先輩従業員を褒め称えていたくらいだ。……まぁ、何やかんやと言って俺に仕事を押し付けてくる人の集まりなのだから、もとより期待はしていなかったが。


 やがて、他の従業員もそれを真似するように次々と俺に全責任を丸投げするようになり、俺は徐々に店長からの信頼を失い、そうして今のような関係が出来上がってしまったわけだ。


「……はい、次からは……気を付けます」


 そうやって平謝りする俺をくすくすと嗤う声が聞こえる。そんな嗤い声に対して、俺が苛立ちを覚えることは当然ない。昔の俺ならまだしも、今の俺はこの状況を普通のこととして受け入れているから。


 恐らく、俺がその気になって無罪を主張すれば、彼らに勝つことも可能だろう。口先だけでは数の暴力で負けるかもしれないが、証拠なら簡単に集められるだろうからな。なんせ、ここを訪れる客たちは、俺がちゃんと働いていたという事実を知っているわけだし。


 ただ、そうなれば必然、俺は他の従業員たちから恨みを買うことになるだろう。それは避けたい。……人から恨まれるのはもう散々だ。


 故に、俺は事を荒立てないような立ち回りをするように心掛けている。俺にとっては、自分がどう思うかより周りからどう思われているかの方が重要だから。


 それでも、最初のうちは自分の感情は二の次と言っておきながらも、悔しい思いをすることもあった。でも、そんな思いは時が経てばすぐに消えてくれる。……延々と付き纏ってくる他者からの恨みとは違って。


 それを知っていたから、俺は自分の感情を抑えることができていた。身を犠牲に、周囲の空気を尊重することができていた。


 なんてことをやっているうちに、気付けば俺は他者から恨みを買うこと以外では、喜怒哀楽といった基本的な感情を芽生えさせることすら滅多になくなっていた。


 俺の心が感じるのは、他者からの怨恨の視線を向けられた時の痛みだけ。それさえなければ、俺の心はほとんど動かない。


「気を付けます……って言うけどねぇ、その言葉ももう聞き飽きたよ、僕は」


 そういう意味では、今の状況においては心の痛みを自覚してもおかしくはなさそうだが……何も感じない。


 これだけサボりを繰り返しているともなると、店長からは給料泥棒として相当恨まれていそうなものだが……多分これは、俺が他者の身代わりとして受けている恨みだから、こうして平然としていられるのだろう。


 自分が原因で恨みを買わなければ、何も感じることはない……というのは、この状況においては非常に都合が良い。


「君はまだ若いから分からないかもしれないけど、こっちはお金を払ってあげているんだから、それ相応の責任は持ってほしいんだよねぇ」


 腕を組みながら、労働者の責任についてそう説いてくる店長。そんな彼のズボンのポケットからは、ゲーム機のコントローラーと思しき何かがはみ出ていた。こういうことは以前にも何度かあった。


 確信を持っているわけではないが、恐らく彼にとっては"ゲームに没頭すること"が"事務作業に明け暮れること"と同義なのではないだろうか。


 つまりは、この人も他の従業員と同じサボりの常習犯……ということなのだろう。俺に責任とはどういうものかと説いてきている彼の方が、むしろ無責任に職務放棄を繰り返している……という落ちだ。


 だけど当然、怒る気にはならない。どこまでいっても、俺の心は無感情のままを貫き通していた。


 ……ちなみにだが、多分このことは俺以外の従業員も全員勘付いている。しかし俺同様、彼らもまたそれを指摘することはない。


「……って、君にこんなことを言っても、どうせ何も響きやしないんだろうね。はぁ……、こっちもそろそろ君をここに置き続けるの疲れたよ」


 などと考えながら店長の話を聞いていると、ふと彼の口から諦めのような嘆息がこぼれた。いや……というよりかは、責任云々の話を無理矢理切り上げるために発した溜息のように俺には聞こえた。


 ……そりゃ、もとより責任感なんて持ち合わせていないような人には、責任が何たるかなど知る由もないからな。深いこと語ろうとして襤褸(ぼろ)が出るのを嫌ったのだろう。


 それに対しても、俺が何かしらの感情を抱くことはないのだが、凄い人だな……とは少しばかり思ってしまう。こんな人でも、大手ファミリーレストランの支店長としてやっていけているわけだからな。


 ……本当、俺が然るべき場所に訴えたら、簡単に勝ててしまいそうだ。もちろん、そんなことはしないけど。


「い、いやいや、一旦落ち着きましょう、店長。これでも、渡会は俺たちのムードメーカーでもあるんですよ。だから……考え直してはくれませんかねぇ」


「君は本当に優しいねぇ。……でもね、雇用している側にも責任はあるし、何より僕にも我慢の限界だってあるんだよねぇ」


「そ、そこを何とか……」


 俺が一人思考にふけっている間に、店長と一人の従業員との間でそんな問答が繰り広げられていた。


 俺を庇ってくれている従業員……彼こそ、俺が店長からの信用を失うきっかけとなった先輩である。


 そんな彼に続くように、他の従業員たちからも俺を庇うような声が次々と上げられていく。


 まぁ、彼らからすれば、俺は自分たちが楽に稼ぐためになくてはならない存在だろうからな。今の快適な環境を守るために引き留めているだけだろう。そのついでに、人格者アピールなんかもしながらな。


 甘い蜜を啜るためにはどんな努力も惜しまない……それが彼らだ。


 けれども、今回ばかりは彼らの望む流れにはならなかった。


「んー、みんなの気持ちも分かるけれど、今回はちょっと……そのお願い聞いてあげられそうにないかなぁ」


「「「えっ……」」」


「というわけで渡会君、君を雇うのももう限界なんだ。だから、君は今日でクビね。明日からはもう来なくて良いから。というか、来ないでね。あと、これまでの迷惑料として、今月分の給料はナシってことにさせてもらうよ」


 周囲からの反対を押し切り、店長は俺に解雇を言い渡した。しかも、今月分の給料は払われないという。


 ……そうか、残念だ。減給を食らっているとはいえ、賃金を頂けるのは非常にありがたかったのだが……それも無しか。となると、また新しいバイト先を探さなければ。……少々面倒だが、ここで図々しく追い縋るよりかは素直に身を引いた方がマシとも思える。


 あとは……そうだな、他の従業員たちから逆恨みを買いそうではあるが、彼らの自業自得と考えればさして気にもならないだろう。


 そんなわけで俺は、数年間ほど毎日のように働き続けたファミレスを、呆気なく去ることとなったのだった。……だけど、今月分の給料が入らないということ以外、俺に未練は残っていなかった。

 反応を見て、次話更新を決めたいと思います。

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