拉致
たまには煙草くらい吸いたくなる。俺は葵に『ノート』を買いに行くと言ってコンビニに出かけた。部屋に帰ると、電気が消えていた。
「キョウスケ。いつまで金入れないつもり?」
渋谷か。
「渋谷さん。俺、もう辞めたいんすよ」
「気にしなくていいよ。新しいの見つかったから」
電気がつくとスカートもブラウスも破れた葵の姿が見えた。渋谷が取り押さえている。
「この娘抵抗するんだよね。まあ、金にするから気にしないで」
「渋谷さん、あんたやっちまったの?」
「いや?これからってとこでキョウスケ帰ってきちゃったから」
葵はまな板と包丁を持ってきていた。俺は真っ直ぐにキッチンに向かう。包丁を掴んだ右腕をだらんと垂らした。
「キョウスケ、そんな度胸あんの?たかが学生の売人が」
俺は無言で渋谷の元に向かい、葵にかけている右腕に包丁を突き刺した。
「あんた、ラルフのポロシャツって高いんだよ。血が付いたじゃないか」
もう一度包丁を振り上げたところで、渋谷は右腕を押さえて部屋を出た。葵が泣いている。
「ごめんね。スカート、破れた」
「気にするな」
「暴力、だめ」
「そうだな」
涙が止まらないようだ。
「京介、守れなかった」
嗚咽し始めた彼女の髪を撫でた。何となく、懐かしい匂いがした。