楽園
『テステステス』
さっきまで誰かが弄くり回したあと電源をONにしたまま放置されていたラジヲから、突然、若い女の声が流れでた。
『爺ちゃん! 聞こえてるかい?』
『聞こえる、聞こえる、やっと直ったみたいだな』
『んじゃ、放送開始するね』
『ん』
駄弁りながら武器の手入れを行っていた者達がラジヲの周りに集まって来て耳を澄ます。
『こちらは糖久野県努湖加村コミュニティーです。
努湖加村は巨大隕石激突によって引き起こされた地球規模の大地震や大津波、それに、その混乱に乗じて起こった核戦争を含む戦争や紛争による被害が殆どありませんでした。
ただ、うちのむ、あ! イケネ、えっと、努湖加村は数十年前から過疎化が進み村人は200人前後しかいません、だから、村では移住者を募集しています。
私たちと共に楽園を建国しても良いと思う方はうちじゃ無くて、努湖加村に来てください』
『繰り返します。
こちらは糖久野県努湖加村コミュニティーです。
…………………………』
「ブファハハハハハ
皆! 聞いたか?
鴨が葱背負って来たぞ!
このご時世に自分たちの居場所をラジヲで流すなんて馬鹿だろ、兵隊を集めろ! 襲撃するぞォーー」
ボスが大笑いしたあと俺たちに指示する。
「「「「「「オウ!」」」」」」
ボスの言うとおりだ。
巨大隕石激突による地球規模の大地震や大津波、それに核戦争を含む紛争などで地球の秩序は崩壊し、今地球上は強い者が弱い者を食料にしたり奴隷にしたりする弱肉強食の世界になっているんだからな。
努湖加村村長は、スタジオでマイクに向かって話している孫娘を見守りながら隣に立って同じように孫娘を見守っている陸軍の准将に話しかけた。
「放送を始めて今日で1週間ですけど、引っかかる間抜けはいますかね?」
「いるよ。
さっき隣の県の和奈町の監視所から武装した300人前後の男女が、ここ、努湖加村目指して移動していると連絡してきたからな」
「大丈夫ですよね?」
「大丈夫、大丈夫。
この村に住む村人は200人前後だけど、私の直属部隊である山岳旅団を中核に、陸海空軍と海兵隊の軍人が2万人以上いるのだから。
武装しているとは言え、戦闘訓練を受けていない民間人の1000や2000、飛んで火に入る夏の虫って奴だよ」
「ハア、それなら良いのですが」
准将の部隊はあの厄災の日の1週間程前から本土有数の豪雪地帯である努湖加村の山岳地帯で冬季訓練を行っていて、巨大隕石接近に気がついた軍上層部からの帰還命令に従おうとしたが、山岳地帯の最深部にいた事と猛吹雪に行く手を阻まれ、努湖加村の役場付近に辿り着いた時には核戦争を含む紛争もほぼ終焉していたのであった。
准将は国のあちらこちらに災害派遣されたり勃発した戦争で孤立していたりした陸海空軍及び海兵隊の将兵や、生き残っていた軍人の家族を呼び寄せまとめ上げて努湖加村とその周辺部の防衛を引き受けるが、努湖加村の村人だけでは将兵やその家族を養いきれない。
そのため努湖加村村長は努湖加村を地球最後の楽園にするべく、早急に農業や漁業に従事する奴隷を求め今回のラジヲでの募集作戦を実行に移したのであった。




