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猫のように

作者: えな

 にゃあ、と猫撫で声を意識して泣く。にゃあ、と発している言葉は同じだが、私とは少し違う無愛想な声色で返ってくる。その白猫は私を見つめ、そのまま近づいてペロッとざらざらとした舌で私の顔を舐める。そして寝ている私をいないもののように踏みながらソファーによじ登る。


 避けて通るくらい何でもないのにわざわざ踏んで超えていくとは。それに、お返ししてあげようとしたのにすぐ逃げちゃうんだから。全く、飼い主の顔が見てみたい。そう、心の中で笑いながら呟いていると猫がソファーの上からこちらを誘うように見つめている。


「はいはい、どうしたの?」


 訴えかけるように見てくる白猫に思わず答えてしまう。そうすると白猫はこっちに来いと言うような仕草でさらにソファーの奥の方へと行ってしまう。


 構ってしまったものは仕方がない。今更無視するわけにもいかないので重い腰を上げてひょい、とソファーに飛び乗る。白猫は背もたれの上に綺麗な姿勢で座っている。私も同じように背もたれまで上って、隣に座る。そこから見る景色は決して綺麗などとは程遠いものだったが、猫の体からすると十分高かった。


 そういえば似たような景色を見たことがある気がする。高いところから見下ろすような、別に珍しい眺めでもないが何か既視感があった。だが見たことがあると言ってもそう頻繁にどこかへ行くこともないので前にこのソファーに登った時だろう。何故かその既視感が頭から離れず染み付いている。


 この景色を見ていると思い出すことがもう一つある。それはどこかから落ちて死にかけたことがあるということだ。足を滑らせたせいで頭から落ちてしまい、いくら猫といえどそこから体制を直すことはできなかった。その衝撃からかどこから落ちたのかよく覚えていない。


 だがこれも同じように早々外にいかないのだからこのソファーから落ちたのだろう。どうせソファーに開けてある布に足を取られてそのまま、とかそんな感じだ。


✳︎


「こら!本破いちゃまた怒られるよ!」


 白猫は5、6冊重ねられた本の上に座り、おもむろに本を引っ掻き始める。バシバシと本の小口——閉じている状態でも柔らかい紙が露わになっている部分——を叩く。確かにそれが一番本に損傷を与えるのに適しているかもしれない、と思わないこともないのだがこれがバレて怒られているのは猫だけではないのだ。何しろ猫は飼い主の喋るような言葉を喋れない。人間様はそれでも返事を求めるように話しかけてくるが、私たちの意思が伝わることはない。だからこの猫が本を破いてしまうと私まで怒られてしまうのだ。


「むぅ、私の方を見ているくせに」


 これ見よがしに手を上下に動かす猫はまるで見下すような姿勢である。それに加えてその目すらも見下しているような感じがするので余計腹が立つ。


 にゃあ


 白猫でもない、もちろん私でもない。もう一人の、一匹の鳴き声が聞こえる。その声の主、灰かぶりでだらーんと脱力している猫が私の代わりに猫を叱るように鳴いていた。


 何度も何度もにゃあにゃあ、と繰り返すが猫は見向きもしない。仕方ない。


「ほら、やめなさい」


 そう言って二人の間に割って入り、猫を宥める。


 そうすると白猫はやっと諦めて本から下りる。そのまままたソファーの方へ向かい去り際に、にゃ、と鋭く強い声で鳴く。どこかに濁音が入っているような強い口調だ。この声は私に対する言葉ではない。私に何か言う時とは違う語気の強い言葉。つまりこの言葉は私ではなく灰かぶりの猫に向けて発せられた言葉。


 何故かこの2人は仲が悪い。いや、どちらかというと白猫が一方的に灰猫を嫌っているような気がする。だが灰猫も灰猫で、白猫とは見えない壁があるかのように接することがない。


 白猫は自分がしたことも忘れてソファーの上にいるので、私は仕方なく荒れた本たちを綺麗に直す。下にある何冊かは動かされずにいたので、一番上にあった一冊だけを下の本たちと同じように正す。


 あれ?そういえば一番上の本だけは元々崩れていた気がする。むしろ動かしてしまっては触ったことがバレてしまうのでは?だが、流石に飼い主もそこまでは覚えていないだろう。私は気にせず本を正して灰猫の側についた。


 すると白猫が鳴いた。悲しそうな声で。少なくとも私にはそう聞こえた。



 風が入ってくる音が聞こえた。ドアは開けていなかったはずだがと思い音のした方を見る。そこには開いているベランダのドアとその横に座っている猫がいる。白猫の方だ。


「あぁ、なるほど。君が開けたのか。ドアを開けれるには人だけだと思ったけれどきみは賢いねえ」


 猫は聞いているのか聞いていないのかにゃあ、とだけ鳴いて他の部屋に行ってしまった。


「開けるだけ開けておいて、そのままほっぽっていちゃって。私は君みたいにドアをどうこうすることはできないんだぞ」


 そうは言いつつもこのまま放置していたのではあの猫と同じだと思い、ベランダに出てみる。何もないベランダを歩き、塀の上に飛び乗る。


 風は冷たかった。顔に刺さる風は目を湿らせ、お腹に当たる風は全身を凍えさせた。


にゃあ


白猫の声。


「あれ?君も来たの?こっちにおいでよ。風が気持ちいよ」


にゃあ


 塀から外を見下ろす。


「どうしたの?君が開けたんだから君もこなきゃ」


にゃあ


 既視感の正体。


「全く、君は本当に何を考えているんだか。考えてることはわかりゃしない」


 ん?その時、何かが心に引っかかった。いつも通りの日常が、刹那にして非日常に染まる。不思議なとっかかりは私の心を掴み、離さない。


 何がおかしい?いつも通りだ。何も違わない。違う。いつも通りだからこそおかしいのだ。


 あぁ、何故だろう。


 何故


 この猫の言葉がわからないのか


 言葉と共に強い衝撃が頭を打ったような気がした。くらっ、と視界が揺れて猫がいなくなる。いや、猫は動いていない。私が倒れているだけ。青天井を見上げながら、恐怖している私を自覚する。


 頭の中までもが青に染まりだす中であの子の声が聞こえた。


 あの時と同じ悲しそうな声。その声につられて私は不安になる。


 青空の端に映る塀からあの灰猫が私を見下ろしていた。遠くからでもわかる。完全な無表情で、風と共に消えた。毛の色と同じ、灰のように、消えていった。一緒に三枚の葉っぱがその灰を纏うように飛んでいく。その様子はさらに私の不安を掻き立ていつの日か感じたさらなる不安を思いださせる。


 だけど大丈夫。だって私は


猫なのだから


 そう心の中で唱えることでさっきまでとは違い、何か重りを外したように軽くなった。


 視界は暗転し、にゃあ、とあの子の声が聞こえた気がした。


 あぁ、君だけは


汚い?ごめんね


誤字脱字その他ご指摘いただければ幸いです

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