第9話 臆病者ライジング
……。
信じられない。がっつり寝ていたのに、起きても死んでいなかったとは。時間を見ると25分くらいで起きたみたいだ。アラームを解除する。
「……あれ?」
目を覚まして、周囲を見渡した私は目を疑った。私が岩場だと思って眠っていたのは、何かの遺跡だった。廃墟都市の周囲にある平原なので、ここに来るまでにも建物の残骸とかは色々と見てきた。しかし遺跡があるとは思っていなかった。
ちなみに遺跡と分かった決め手は明白だ。遺跡の入口があって名前が視界に表示されているからだ。遺跡ということはダンジョンだろう。ダンジョンの奥にはダンジョンボスがいるので、攻略は困難を極める。しかしその分、見返りは大きい。見返りは基本的に分配方式なので、参加人数が少なければ少ない程、貰える分は多くなる。ソロでクリアできれば最高だろう。
「まあ……無理でしょう。これこそ、伊織の言った通り、誰かとフレンドにでもならないと」
だが見つけた以上、中が気になってしまうものだ。一旦街まで帰って、人探しをする時間も惜しい。フィールドで出会えば殺し合いになるので、協力関係は見込めない。ダンジョンボスを倒す必要もない。行ける所まで行ってみて、無理なら引き返せばいいのだ。
それに私はソロプレイ特化のビルド。もしかしたら何かの間違いでクリアできるかもしれない。
今、フラグ立てた。
「……やるだけやってみよう」
ダンジョンの名前は【無垢なる王の墓所】。遺跡というか墓だったらしい。かなり風化していたり、所々戦闘の痕が残っていたりして壊されているので、遺跡という表現も間違いではないのかもしれないけど。
「ごくり……」
喉を鳴らしながら、ダンジョンへ一歩踏み込もうとした
その瞬間。
「ひゃあああああ!!」
背後から女の子の悲鳴が聞こえた。
私は慌ててそちらを見る。正直、こんな誰もいないところに女の子の悲鳴が聞こえること自体が怖いが、それ以上に悲鳴ということは何かとんでもない目に遭っているという訳で、こういう場所でとんでもない目と言えば、大概がPKな訳で。とりあえず私は自分の安全確保のために、声の主を見た。
「あ……」
そこにいたのは騎士だった。金髪のポニーテール。青を基調とした軽装に腰にはレイピア。背が高くて、美人だ。全体的に凛々しい人という印象を与えたが、今は目をウルウルとさせて周囲を見回している。挙動不審だ。
「何でこんなに暗いの? 集合場所ってここであってるのよね? 何で誰もいないのよぉぉぉぉぉ!!」
とうとう泣きながら叫びだす始末。確かに深夜の月明かりしかない今の状況で、遺跡の風景はかなり怖い。私は意外と平気だが、苦手な人はとことんダメだろう。
あれではある意味、カモだ。下手すると他のPKが寄って来かねない。
ここから殺っちゃうか? いやでも、彼女普通に強そうだし、下手に刺激したら却って平静に戻ってしまいそうな気もする。ここは無視だ。それがいい。彼女には悪いが、私は優しい人間では無かったということで。
「ちょっと待ってよ!!」
「……気付かれてしまった……」
ダンジョンへ踏み込もうとした瞬間に、大声で呼び止められた。まあ黒い装備とはいえ、周囲に誰もいないのだ。人影が動けばそれだけで目立ってしまう。
そして私は呼び止められて無視できるほど度胸のある人間ではなかった。
「な、なななな何ですか?!」
振り返りながら応じる私の声は完全に震えていた。それは当然だ。だって初対面怖いんだもん。
そして金髪の女性も私の恐怖心が伝播してしまったのか、よりビクビクと震えている。というか何故あれで強制ログアウトされないのかが謎だ。
「あ、ああなた!! こここのダンジョンに挑むの?」
「え、……っとはい。その……予定、です。あ! でも一人なのでクリアするとかではなく……」
「……ギルドメンバーの為に斥候を務めるってこと? それは良い心がけだわ」
「あ、いや……あの……」
とんでもない勘違いをされていた。ギルドはおろか、フレンドの一人もいませんよ。私。
それを正そうとする前に、彼女は言った。
「だったらこの私も付いて行ってあげます」
「別に……一人で……」
「付いて行って、あげますから……」
後になる程、声が小さくなっていた。怖いのだろう。転移が可能なアイテムは高価で貴重だ。無駄遣いしたくない気持ちは分かるが、だったらもっと時間を置いてログインすればいいだろうに。その内、明るくなるのだし。とは言わなかった。
「ま、まあ……私も怖いですから、別にいいですよ」
「そ、そうね!! 私がいれば百人力よ。大船に乗ったつもりでダンジョン攻略するといいわ」
大船は大船でも、泥の大船だろう。戦力としてはかなり頼れそうだが、心理的には頼りにくい。
「あ……じゃあ行きましょう。えっと……私は、ノエルです」
「ノエル……何か聞き覚えが……」
「きっと人違いですよ」
「まあそうよね。あなたみたいな人の為に動ける優しい人が、不埒で臆病者なPKと同じハズないものね」
私の心に太くて大きな槍が突き刺さった。
ああそうだよ。これが嫌だから人と関わりたくなかったのだ。【黒兎】ノエルが有名になるごとにノエルの悪名も高まってしまうのだから。
言いたい。今すぐ、そのノエルは私ですよって言ってあの白い首に短剣を突き立てたい……。
だが、我慢する。彼女は集合場所と言っていた。それにギルドの話が簡単に出てくる辺り、どっかのギルドにいることは明白。そんな相手を闇討ちなんてした日には、後々どんな面倒が待っているか。考えただけで泣きそうだ。
「……あなたの、な……名前は?」
「……!」
名前を尋ねると、彼女の表情から恐れが消えた。一転して凛々しい顔つきになった彼女は背筋を伸ばして、踵を合わせる。そして胸の前に手を当てた。
その姿は映画とかで見る騎士の姿にそっくりだった。
「私はヒルデ。廃墟都市ルミナリエを拠点にしている巨大ギルド【となりの騎士団】の幹部を務めている」
「となりの……騎士団」
珍妙な名前ですね、と言いそうになる口を何とか抑えた。危なかった。私がおしゃべり嫌いでなかったらアウトだった。流石にそれを言ったら殺される。
ヒルデはふぅと深呼吸をする。さっきまでのビビりまくりな彼女はどこへ行ってしまったのか。そこにいるのはとても格好いい女騎士だった。
「まあギルドの名前についてはノーコメントでお願いしたい。これでも皆で話し合った末になったものだから」
「そ、そうなんですね」
むう。やりにくい。ビビりまくりな方がまだ親しみがあったのに。しかも男性口調だよ。格好良すぎて恐縮してしまう。性格の切り替えが早すぎる。いや、騎士ロールプレイをしている間は無敵なのかもしれない。私の戦闘モードみたいに。
「では、ノエル殿。前衛は私が務めよう。何、これでもギルドではタンクとして動くことが多いのでな」
「あ、じゃあお願いします。私、アタッカーしか出来ないので」
ヒルデが前衛、私が後衛。レイピアと短剣。戦闘方針はもう決まったようなものだ。
「短剣使いか……。じゃあ私が敵の攻撃を受け流して、その隙をノエルが討つ感じだな」
「ですね……背後にさえ回れば大抵の敵は一撃ですので、攻撃は任せてください」
「ああ」
ヒルデを先頭に、私達は【無垢なる王の墓所】へと踏み込んだ。