第7話 ノエル/篠宮綾香
主人公の年齢を修正しました。
私という人間を構成するのはごく単純なものだ。
幼い頃から、人と話すことを怖がっていた私は齢15歳になっても尚、人付き合いを断固拒否するような小心者になっていた。そんな私を心配して伊織が紹介したのがVRゲームだった。それもVRMMOと来た。何でも彼女曰く「ヴァーチャル世界なら綾香でも何とかなるっしょ」とのことだ。それプラス「まああたしも一緒に行くし、最初の内は静かにしててもいいからさ」とも言っていた。
うん、一か月も経ったけど私まだソロプレイ中だよ?
伊織は私立のお嬢様高校の最初の授業であったらしい抜き打ちテストでやらかしたせいで、お母さんにゲーム機を取り上げられてしまった。そのせいでというか、伊織を待っているのももったいない気がした私はエンジェルダストを始めて、晴れてソロプレイヤーとなった。なってしまった。
「……ん、朝……か」
よく晴れた休日の朝。七月の日差しが部屋に差し込んでいた。
嫌になるくらい暑い。夏だからと特別な用事があるでもないので、私にとってはただただ暑いだけの季節だ。伊織は違うのだろうけど。彼女、アニメとか漫画とかゲームとか大好きなオタクな割に現実の男遊びも好きなのだ。中学二年で高校生と付き合っていたことすらあるらしい。三日と続かなかったらしいが。
「……ねむ……」
こんな暑い日にはクーラーで部屋を冷蔵庫にしてしまって布団に入って眠るに限る。エンジェルダストは夜でいいだろう。
だがその前に一度起きたことだし、一度お風呂でも入って汗を流そうと思った。私は実家暮らしだ。というか高校生で一人暮らしなんて、寮にでも入っていないとあり得ないのだが、伊織にこれを言うと猛烈大ブーイングを受ける。実際彼女は一人暮らしをしているらしいし。
私の家族は両親と兄。両親は家を空けることが多いので、兄と二人暮らし状態だ。
だがその兄も社会人になってほぼ会社及び駅前のホテルとかで寝泊まりしているので、結果的に一人暮らしだ。
一階に降りてテレビをつける。ニュースでは殺人事件の報道がされていた。何でも路上で歩いていた女性を包丁を持った犯人が刺して逃げていったとか。
「……」
こういう事件は嫌いだ。昔もそうだったし、今は更に違う意味もある。エンジェルダスト内での私の戦闘スタイルを思い出してしまって、それと結びついてしまうのが嫌なのだ。特にそこに私怨とかの理由がない辺りが。
「はぁ……」
現実とゲームは違う。だからこそ私はあっちで何でもできるのであって、ノエルだから私は強いのであって、篠宮綾香の本質は何も変わってはいない。
その線引きは大切だ。そこをやめたらゲームの戦闘ではなく、ただの殺人になってしまうのだから。
「んー……」
脱衣所に入って、パジャマを脱ぐ。高校生になって、色々と成長したなぁと感じつつ、それでもまだまだ何だよなぁと軽く絶望しながら、私はお風呂場に入った。
シャワーの栓を回すと熱いお湯が顔にかかって、寝ぼけていたのが一瞬で覚めた。
「あー……朝はこれだねぇ……」
「朝からお風呂なんて、綾香もツウだなー」
「……!!」
ふと聞き覚えのある声が脱衣場からして、私は慌ててお風呂から出た。
声の正体は美咲伊織。私の友人だ。パジャマのポケットに入っていたスマホがいつの間にか通話状態になっていたらしい。伊織だったのがまだ不幸中の幸いだ。これが兄だった時には最悪だ。三度死にたくなる。
「ってテレビ電話だしぃ?!」
「おいおいあたしは朝から女の裸を見る趣味はねえぞ」
「そりゃ伊織も女だからでしょ。で、分かってるなら見ないでよ」
「いや見せて来てるのはそっち……」
「そうでも、そうじゃないんだよ!!」
このまま電話を切ってしまうのも、アレな気がしたので、伊織とは近況報告も兼ねて電話をすることにした。もちろん、テレビ電話ではなく。
湯船につかって一息ついた後、私は伊織のスマホへの通話ボタンを押した。
「もしもし」
「もしー。その声は綾香ではないか。お久しぶりでござんすなー」
「いや、別にいいからそう言うの」
ごく数分前に電話したばかりだ。ほぼ事故だけど。
「で、どしたん? あたしはまだゲーム出来そうにないけど」
「それいつまでかかるの? 確か結構前にもゲーム謹慎されてたよね」
「中一の時の話だね。あの時はあたしも若かった」
「運今も十分若いよね。でその時は何か月かかったの?」
「おい待て。何でゲーム謹慎の日数を聞くのに、月が出る。普通は日だろ」
「まあ伊織だし……」
「うおい!」
伊織のお母さんは結構厳しい人で、伊織は適当な性分なので、よくお母さんを怒らせては色んなものを謹慎させられている。
「アニメ謹慎されてたよね」
「あの時は漫画で乗り切った」
「そうなの。あ、漫画と言えば、漫画謹慎もあったよね」
「あの時はアニメで乗り切った」
何で両方謹慎しないのだろう。
「そういえば男遊びも謹慎されたよね」
「ああ。あの時は女遊びで乗り切った」
「そうなの。……え……? それって」
「おおっと、何のことかな」
「いや、おんなあそ」
「そんなことよりエンジェルダストはどこまでやったん?」
とても気になる話だったが、伊織は死んでも話す気が無い様だ。まあ気にはなるが、隠されてるのを掘り返そうとするほど気になる話でもないので、気にしないことにした。
私も彼女に近況の報告をした。
「……まあソロで戦えるようにって話を聞いてから嫌な予感はしてたけどさぁ。マジでソロに特化してんのね」
「……嫌な予感って。これでも私なりに努力してるんだけど」
「そりゃ分かってんよ。綾香は変な所でよく分からない才能を見せるからね」
「褒められてる気がしない」
「うーん。でも綾香一人で索敵に囮に攻撃まで出来るなら……あたしはサポート型にしよっかね」
……。そこを全く考えていなかった。伊織と一緒に戦うということは、私はいつまでもソロ戦闘をする訳にもいかないということだ。一人にならざるを得なくて、ソロのアタッカーならともかく。誰かと一緒にやるのにアタッカーをやるのはちょっと嫌だった。
「いやいやでも今更、構成変えてもらうわけにもいかんでしょ」
「うーん、そっか……でも協力して戦うのに、私みたいのが攻撃役でいいの?」
「……ここまでの物語を聞く限り、綾香がアタッカーであることに、一切の反論を抱く余地が無いのだが」
「えー? でも伊織が言うなら……まあ、そうなのかもしれないけど」
「うじうじ悩むの禁止な! 仕方ない。これだけはもっと後でいいかと思ってたけど、次にログインしたらフレンドを一人作れよ」
「えええ?! む、無理だって……」
「私も無謀だとは思うけど……綾香なら大丈夫だって!!」
「前半何言ったの?」
やけに早口で小声だったので、聞こえなかった。
「あんたが成長するのに必要なんだから。いいなこれお姉さんとの約束だゾ!!」
そして言いたいだけ言うと、伊織は電話を切った。
「ちょ、伊織?! 私はまだやるとは……」
私はお風呂を出た。
確かに友人を作るのは、私がゲームを始めた理由の一つではあったが、今となっては微妙に異なる。私がノエルであること。ノエルとして戦うことで、私の中の弱気が少しでも解消されるような気がしていたのだ。
私という人間を構成するものなんて、それくらいのものだ。
が、確かにそろそろフレンドを作った方がいいんじゃないかとは思ったのも確かだ。
よし決めた! 今晩は絶対誰かに話しかけるぞ! という決心をして、私はベッドに潜った。