第59話 ゴールデンエイジPart2
睨み合いは一瞬で終わった。
私がライダースーツよりも一瞬早く踏み込むと彼女は掌底を繰り出してきた。私はそれをたやすく回避して彼女の懐に潜り込む。
本当ならば短剣で首を裂きたいところだが、それをしたら反射で死ぬ可能性があった。
「こ……のやろぉ!」
右足で彼女の肩を蹴る。するとビリっとする痛みが蹴った肩に広がり、私のHPが少しだけ減った。覚悟していたダメージだ。なので問題ないと、私は残った左足でジャンプ、首目掛けて蹴るとやはりというべきか、首に痛みがあった。
「しかし、悲しくなるのは私の物理攻撃のダメージの低さだ」
そこそこ全力で蹴っているのに。反射ダメージが低耐久の私のHPをちょっとした削らないなんて。
「貴様は一体、何をしているのだ」
「反射対策だよ。見て分かんないの?」
「対策をしたところで無駄だ。私の反射に隙は無い」
「だったらゲームとして成り立たないでしょうよ」
余りにも毅然とした態度で言うものだからついついマジな返しをしてしまった。
「完全反射スキル、ゴールデンエイジ。それが私のスキルだ。私の前にいる限り、全ての攻撃は私には通用しない」
「……」
どうせ嘘だろう。そんなことを言って何か致命的な弱点があるに違いない。そんな正論も忘れかけるくらい彼女の言葉には迫力のようなものがあった。
「完全反射スキル、ゴールデンエイジ。それが私のスキルだ。私の前にいる限り、全ての攻撃は私には通用しない」
「反応を期待してたのか……無視してごめんなさい」
私が平謝りすると彼女は分かりやすく狼狽えた。
「い……いやいいんだ。何か言われたら必ず何かを返さなければならないと私が思っているだけだからな。反射持ちだけに」
とか言っているが、戦闘開始前に話しかけたらスルーされたような……。
しかし
「そんな正論も忘れかけるくらい彼女の言葉には迫力のようなものがあった」
「急にどうした」
「いや何でもない」
全く持って彼女のスキルの弱点が見当たらない。回数制限もクールタイムも無さそうに見える。となると何か発動条件があるタイプだろうか。
武器を持っていないと発動するとかだろうか。それでは条件が緩い割にスキルの効果が強すぎる。
「ゴールデンエイジの効果を教えてくれない?」
「……」
「無視してるじゃん!」
「スキルの詳細を教えろと言って来る方が悪いだろそれは!」
どうせ私の手の内は割れてる癖に、酷い言い分だ。こうして警戒されていることが増えてからというもの暗殺らしい暗殺を出来た試しがない。
ちょっと貯まってくる。
今回は攻撃したら逆に自分に跳ね返ってくるし。
「もう分かっただろ。諦めて死んで行くがいいさ黒兎」
「う、うわあああああああ?! メッチャ速いぃぃぃぃ!!!」
ライダースーツが距離を詰めてきた。彼女の攻撃を回避しつつ、右肩、右足、左肩、左足を攻撃したがどれも綺麗に反射された。
HPはまだまだ余裕だが、こうも打つ手が無いと心の余裕が消えてくる。
「だあもぉ、これでも食らえやぁ!」
半ば暴走気味に小石を投げつけると、なんとびっくり彼女のヘルメットに当たった小石は私が投げた時以上の速さで飛んできたのだ。
「うわっ、あぶな~……」
ギリギリで回避が出来たが、下手なことはするべきでは無かった。
「私の前に立った一番長生きしているな」
「それ遠回しにバカにしてない?」
「いいやその慎重さを褒めているのだ。私の前に立ってあくまで冷静に状況を観察できたのはお前が初めてだからな」
「やっぱバカにしてんじゃん」
いつまでも余裕でいられると思うなよ。とはいえ決定打が見つからないのだけど。
ヘルメットで顔が隠れているので、彼女が何を思いながら戦っているのかがよく分からない。楽しんでいるのか、それとも面倒なのか。口調からすれば楽しんでいるようにも見えるが。
「戦いとは、意志と意志のぶつかり合いだ。例え相手がどんな策を講じようとも、意志の力さえあれば打ち砕くことは簡単だ。貴様の意志の強さを見せてもらおうか黒兎!」
ライダースーツの攻撃に一歩反応が遅れ、彼女の拳に対して私は咄嗟に短剣で受けてしまった。それはライダースーツの狙いであり、そして私がもっともやってはいけない失策だ。
ライダースーツの拳は私の短剣のそれも刃の部分へと攻撃を行った。
「マズイっ……」
「そう、これこそが私の狙い! 刃を殴れば私の手が傷付く。そして殴りつける勢いにより刃はより深く拳を抉るだろう。そのダメージは果たしてどうなるのか……見ものだな黒兎」
「反射……ダメージが」
私の右手に深い斬られた痕が付いた。熱の灯る様な感覚、HPバーががくんと減った。
「遅い、遅すぎるぞ、黒兎!!」
ライダースーツの高速の攻撃が私の身体を撃ち抜く。
「ぐっああああああ!!」
私の身体は吹き飛ばされ、木にぶつかって止まった。そのまま地面に落ちて、無様にも頭を下げる形になってしまった。
「うむぅ……」
「私のスキルに隙は無い!」
さっきからそれしか言っていない。自分のスキルへの過度の妄信が過ぎるのではないか。そのスキルにこれだけやられている私が文句を言えたものではない。文句を言うならばまずは考察をしなくては。彼女のスキル、そして装備。異質なのはどっちもだが、ユニークスキルはともかく装備は確実に自分から好きで着けているはずだ。その上で、あえてあんな装備をしている理由とは。
「あのヘルメットじゃあ視界が悪いはずだよね」
顔を全てすっぽりと覆うヘルメットだ。動きにくいし、音はくぐもるし、視界だってかなり遮られる。そのリスクを承知であれを着けている、ということか。
「……」
視界をわざわざ遮る理由……。
「試してみる価値はあるかな」
ライダースーツに気取られぬように小石をいくつか拾ってから、私は一気に駆け出した。全力疾走だ。ライダースーツの方ではなく、彼女を囲うように円形にだ。
「……!」
初めてライダースーツが動揺しているのを見た気がした。
どうやらそういうことらしい。
彼女のスキルの弱点は私が予想したものとかなり近いということだ。
「必殺……石ころ流星群!」
予め拾っていた石ころを全てライダースーツに向けて投げ飛ばした。それらは全て反射されたが、彼女が石に注意を向けていた内に私は彼女の背面に回ることが出来た。
「いっけぇぇぇ!」
地面を蹴って低空を滑るように移動しながら、ライダースーツの無防備な背中に蹴りを叩き込んだ。
ライダーキックだ。我ながら見事なフォームだと思った。
「くっ……」
吹き飛んだのは私……ではなくライダースーツだった。初めて攻撃に成功した。
「そのヘルメット。どう見ても視界が悪そうなのに付けてるから何でかと思ってたけど、あなたがどこを見てるのか分からなくさせるっていう効果があったんだね。ゴールデンエイジの発動条件である、攻撃を視界に映すことを、敵に気取られないようにするために」
「ここまでの戦いでそこまで分かったのか」
「今まで戦ってきた人は皆、即死だったんでしょ。この程度、長期戦なら誰だって看破できる」
「ハハハ。確かに、ゴールデンエイジの発動条件は攻撃を視界に映すことだ。しかしそれが分かったとてどうするのだ? 反射の条件が分かっただけで、反射を貫通する術が見つかった訳では無い。こうしてバレた以上は小石程度に注意は向けてやらんぞ。以前、私は無敵のままだ」
「いいや、残念だけど、もう終わりだよ。そのスキルを破る術は既に見つけてる」
私の攻撃を視界に映さなければいいだけだ。
「分かるぞ、攻撃を視界に映させなければいいと思っているのだろう。だが私は少し驚いた程度で目を瞑る様な人間では無いぞ。それともまばたきする迄、待つ気ではなかろうな」
「無敵のスキル。確かにそのスキルは強いよ。おまけにあなたの異様な雰囲気はそのスキルを発動するのにかなり適している。でもネタが割れれば怖くは無い」
少し驚いた程度では目を瞑らないと言ったが、流石に目の前で途轍もない光が発生すれば、目を瞑らない訳にもいかないだろう。
「チャージ完了……」
私は嘆きの一撃をチャージしていたのだ。ライダーキックを決めた後から。そして今、ようやくチャージが完了した。
「ぶっかます!」
「何を……!」
ライダースーツの驚愕の声は華麗にスルーして、私はスキルを発動した。眩いばかりの光の衝撃波が私の手から放たれた。
光の衝撃波はライダースーツに直撃して、そして思いっきり反射して私目掛けてやって来た。
「うわあああああああ!!!」
めっちゃ怖い。分かってたけど。これは覚悟していたけれど。
光の速さ……ではないが、超スピードで飛来してくる光の衝撃波を私の全身全霊で回避した。嘆きの一撃は私の背後を焼き切っていった。
だがこれでいい。これこそが私の策だ。黄金の時代の終わり。
決着編に入る前に一つ訂正しておきたい。上にある無様な絶叫は私のものではない。私は断じてあんなバカみたいな叫び声は上げない。
あれはライダースーツの女の声だ。
嘆きの一撃の発する光をもろに視界に入れてしまったのだ。明るさで目をやられてしまったのだ。明るいだけのものにダメージはないので、反射スキルは発動しない。
彼女の目は潰れた。
これで終わり。それだけだ。
「最後に、一つだけ聞いておきたいんだけど……あなたの名前は何なの?」
彼女の首に短剣をあてがった時にふと思った。
そういえば、名前を知らない。いや私は暗殺者なので、決して騎士では無いので、ターゲットの名前を知ってようが知らなかろうが関係は無い。ただ敵を始末するのみだ。
でも何故かは知らないが、彼女の名前は聞いておきたかった。彼女の戦闘とか強さへの思想に敬意を表したのかもしれない。知らんけど。
「ヴィクトリア……ローマの勝利の女神の名よ」
「そっか。私はノエル」
「クリスマスね。あなたは私に死をプレゼントしてくれるって訳」
いや、私のアバター名はただ単純に誕生日から付けているだけで、そういう意図は無いのだが、しかし。たまには浸ってみるのもいいだろう。
「……ふふふ、そうだ。私は死を与える者……って何言わすんじゃい!」
あ、やべ。勢い余って首を刎ねてしまった。
こうして謎のライダースーツことヴィクトリアとの戦いはあっけなくも儚く終わっていくのだった。




