第58話 ゴールデンエイジPart1
発砲音を聞いた私達は、すぐにマリンのスキルで状況を確認した。
どうやら私達が追ってきた赤い点のプレイヤーが殺されたようだった。エイルのHPバーには一切の変動が見られないので、彼女では無かったらしい。となると研究所の入口前にいる一人、追ってきた奴を殺したプレイヤーがエイルだろうか。
発砲音が聞こえたのだから銃で殺したのだろう。エイルが拾った武器を使ったということだろうか。
銃は武器と使い手の技量に依存する武器なので、スキルを獲得しなくてもそれなりに戦える武器ではあるが、彼女が銃を使うとは考えにくかった。
そう思った私はマリンとリュドミラに背後を任せて、先に一人で研究所前の広場に来ていた。
「何だあのライダースーツ……」
そこにいたのはライダースーツの女だった。ヘルメットで顔は隠れてしまっているが、体つきからして確実に女だ。あれで男性だったら色々と詐欺だ。
「銃を持っていない。装備していないのかな?」
見かけで弱そうだと判断させる為の作戦とでもいうつもりだろうか。それにしては見た目の威圧感が強すぎてむしろ不気味なだけだ。
「さて仕掛けるか……」
「ちょっと待てノエル。状況はスキルであたしも見えているが、先に仕掛けるのは待て」
「マリン?! どこにいるの?」
「ふふふ、ここなのだよ」
声はすぐ隣からしていた。流石にそんな位置にマリンがいないことは知っているので、もしやと思い下を見ると、ちょっとした水たまりがあった。そこにマリンの姿が映っていた。
「地図で索敵する以外の使い道だよ。水さえあれば、こうやって遠くに意識を移すことも出来る」
「ホントに便利なスキルだね、それ」
「今のところ支援以外の使い道が無いんだけどな」
「とにかく、私から仕掛けないってことは分かった。じゃあどうするの? ここは避ける?」
「そうしたいが、あれをこのまま放置するのも気持ちが悪い。それに一対三だ。数の上ではこっちが勝ってるし、アタッカーが二人もいる。ここで倒していこう」
ライダースーツの女をスルーするのに抵抗を感じるのは私も思った。彼女をここで放置したらきっと後で後悔することになる。それならば戦力も整ってる内に始末して懸念は排除しておきたい。
「オーケー。で、どう攻めるの?」
「まずはリューちゃんが狙撃する。それに合わせてノエルは飛び越め。適度なタイミングであたしらも飛び込む」
私がやる行動はリュドミラの狙撃後に敵に攻撃するだけだった。とても簡単だ。
「シンプルでいいね」
「出来るだけシンプルにしないと、ノエルは忘れるだろ」
「それはまあ否定は出来ないかな」
「出来りゃ否定してほしかった……」
マリンは落胆のため息を吐きながら、スキルを解いた。水たまりに映っていた彼女の姿が消える。
「発砲音が聞こえたら戦闘開始だ。任せたぜリーダー」
「失敗したらどうしよう」
「このタイミングでネガティブ発言はやめろぉ! 縁起が悪いだろうがぁ!」
ライダースーツの女の動きに変化は無かった。何だかあそこにいるのが目的のようにも思える。何がしたいのだろうか。
研究所エリアは次のエリア縮小で入れなくなるというのに、そこの入口を守るそれ程の理由が彼女にはあるということか。
「分からない。分からないけど、倒すだけだ」
腰に差した二本の短剣を撫でた後、ふと思い立ちアイテムボックスの中の青い宝珠を取り出してみた。確かイベントではトレジャーとしてスキル石というアイテムがあるという話をエイルから聞いた覚えがあった。ならばこの宝珠らしき物もそうなのだろうか。スキルなんて全く習得できそうにないのだが。
「あれかなこれを持ったまま何かするといいとか、これを持ったまま歩けばいいとかそういう類のアイテムなのかも」
しばらくそのまま待っていると、銃の発砲音が聞こえた。それと同時に私は飛び出す。
弾丸が綺麗に見えている訳では無いが、その軌道は確実にライダースーツの女の心臓へと向かっていた。なるほど。わざわざヘルメットを被っているのはヘッドショット対策とリュドミラは受け取ったらしい。彼女らしい着眼点だ。私はただただ不気味な演出をしているだけと思っていた。
「さて、行こう!」
リュドミラの狙撃が成功しようがしまいが、私のやることは変わらない。いいや、むしろここで私が飛び出すことで狙撃への注意を一瞬忘れさせるというのが私の本当の目的だ。
だから私がやることは至極簡単。ただ真っ直ぐ奴の首を狙いに行けばいいだけ。
「……は?」
それは唐突に起きた。リュドミラの放った銃弾がライダースーツの女の胸に当たったかと思えば、その弾丸は真っ直ぐ反対側へ、つまりリュドミラがいる方向へと飛んでいったのだ。放たれた時と同じくらいの勢いで。
「弾丸を跳ね返すほどの柔らかさなのか?!」
とか言ってられる状況ではない。言ったけど。ついつい口から出てしまったけど。
確かにご立派なサイズだが、それにしてもたかがアバターのバストサイズのパラメータで弾丸を跳ね返せるか。あのライダースーツの女のスキルだ。反射するタイプのスキル。
瞬間、リュドミラのHPがガクンと一気に減っているのが見えた。彼女のHPはみるみる内に減っていき、ミリ程度に残した状態で止まってくれた。
一安心だ。とりあえず生きていればマリンが回復してくれるだろう。
あとは、私の仕事だ。
もう既にライダースーツの女と私の間には5メートルと無い。一歩踏み出せば、もう私の武器の射程圏内だ。
「攻撃を反射するスキル……なるほど。そうやって隙だらけのアピールをしている理由が分かったよ」
隙があれば攻撃してしまう。今ならやれるというのは強迫観念だ。そうして攻撃を誘発させて反射で殺す。姑息だけど、悪くは無い手だ。だけどスキルには穴がある。クールタイムとか発動条件とかとにかくそういう要素だ。
「でもスキルの詳細が分かれば怖くは無い」
それにさっき反射をしたばかりだ。スキルということを考えれば、きっと今の彼女は無防備。
今ならやれる。いいや、今しかダメだ。反射が回復していない今がチャンスだ。
「って思わせて実はまだ反射が生きているってのがフツーだよね」
「貴様は中々に勘のいい奴だな」
「やっと口を開いてくれた。いやようやく敵として見てくれたって感じかな」
「貴様なら……」
何事か口に開きかけた(メットで口が動いているのは見えないけど)後、ライダースーツの女が地面を蹴って、急接近してきた。
「いきなり?!」
繰り出される右の掌底を頭を低くして回避すると、眼前にはライダースーツの左の膝があった。
「くっ……そぉ!!」
ダンっと地面を蹴ってバク宙をすると、ライダースーツの左脚が空を切る。
ヘルメット越しに彼女の不機嫌そうな声が聞こえた。
「……速い」
「それしか取り柄が無いですからねぇ!!」
急にあれだけの運動をして息を切らした様子もない。
隙だらけなのはあくまで反射をメインとするからで、攻撃に回ればその限りではないということらしい。装備の無い徒手空拳で出せる火力なんて大したことは無いのだろうけど、私の耐久力の無さから考えるとまともに食らっては危険なのに変わりは無かった。
「その速さ……流石黒兎といったところか」
「ホント、何で私を一方的に知る奴ばかりなんだ」
だがライダースーツの動きは見えている。突然で驚いたから対処に遅れていただけで、気を張っていれば問題なくカウンターを合わせられる。反射がいつになったら戻るのか定かではないが、彼女のスキルを暴く為にも反射を覚悟で攻撃する必要があるだろう。
つまりはしばらくは首を狙えない。首狩りのダメージを反射されれば、一発でお陀仏なのは確実だからだ。
「面倒だ。全く……」
リュドミラの回復が終わるまではマリン達も来てくれないだろうし、しばらくは一人でどうにかしなければならないみたいだ。




