第57話 ライダースーツの女
研究所入口前の広場。
そこに彼女はいた。
全身を包む黒のライダースーツに無骨なヘルメットをかぶった姿はハッキリ言って異様だった。胸の膨らみから判断するに女性だろうが、女性にしては長身だった。このゲームは身長体重も調整できるとは言え、体を動かしてプレイするのだから基本的には元の肉体と変わらないようにする。
あの姿で夜の街でバイクを吹かせている姿を想像するのは難くない。
――行けるだろうか。
手に持った銃を握る手に力が入る。あの女が発する謎の威圧感が、男から余裕を奪っていた。
発砲音が出ないように調整を尽くした銃だ。例え外しても跳弾にさえ気取られなければまだ大丈夫だ。
そう考えたくとも、男の脳裏に浮かぶのは何故か自分の頭がブチ抜かれる映像だった。女は誰かを待っているかのように、研究所の入口から動かない。あれではまるで警備員だ。
実を言うと遠距離から暗殺する手段を持つ彼が、未だに引き金に指を掛けないのには理由があった。
それはあの女が持つ不可解なスキルだ。男はここに潜んでから三度彼女が手も出さずに他のプレイヤーを殺している姿を見てきた。
一度目は剣で腹を斬られていたはずが、斬られていたのは剣を持っていた男だった。
二度目は槍。頭を潰されていたように見えたが、潰れたのは槍使いの女の頭だった。
三度目も同じ。何故か彼女を攻撃したプレイヤーは攻撃した箇所と同じ部位にダメージを受けていたのだ。原理は分かる。反射系のスキルだろう。しかし発動条件が不明瞭だ。
通常、いくらユニークスキルと言ったってゲームである以上は突くべき穴がある。そこを隠すのがプレイヤーの技量だが、あの女はそれらしい技術を使っている様には見えない。
得体のしれない恐怖心に駆られ半歩下がると、運悪く木の枝を踏み砕いてしまった。乾いた音が広場に響く。
女と目が合った。様な気がした。
――マズイ。マズイ。マズイマズイマズイマズイ……!
すぐに銃を構えた。女がこちらへゆっくりと向かって来る。武器を構える様子はない。
――俺を舐めてるのか。この俺を。俺は今までいつだって一番だった。高校時代には全国模試で一番だったし大学も四年間の間一度も他人に一番を譲ったことはない。会社に入ってからもすぐに先輩社員を追い越していずれは会社を掌握するのも夢ではない。そんな俺がここで負けるはずは無いのだッ!!
男が引き金に手をかける。女はそのまま真っ直ぐ歩いて来るだけだった。
――死ね!
乾いた発砲音が鳴り、ぐちゃっという頭の潰れる音がした。
「……」
女は目の前で恐怖の表情を浮かべながら死んでいった男を表情の見えないヘルメット越しに見ていた。
「違う。コイツじゃない。どこだ、どこにいるのだ。私の敵は」
心底失望したようなその声は誰の耳にも入らずに消えていく。




