第52話 跳梁跋扈
仲間たちとはぐれてから森を歩くこと、数十分経った辺りでしょうか。
私は珍妙な二人組を見つけたのでした。珍妙といっても奇人変人の類では無く、この場において珍妙という意味です。そう、それも二人組の子供でした。
「……迷子、てことは流石に無いですよねぇ。ここってインスタンスマップですし」
となると参加者なのでしょうね。見た目と中身が違うことは珍しくないことですし、子供っぽいアバターに見えてプレイヤーは大人ということでしょう。
攻撃のリーチが大幅に低下する子供の姿になる旨味があまり見えないので、わざわざそうしている理由が少し気掛かりですが……。
片方は金髪で少年漫画の主人公のように、髪をツンツンにしている少年。もう片方は紫色の髪に水玉の模様が入った少女です。少年に比べて毒々しいイメージを感じました。
「マイコちゃんは俺が守るからな!」
少年は私が見ているのも知らずに、大声で話しています。……見た目そのままの実年齢なのかもしれません。仲間のHPバーが上下しているのを傍目に、私は二人の観察を続けます。
「マイコ……確か、ノエルさんがそんなプレイヤーと戦ったことがあると言っていた気が……」
ですが、話に聞いていたマイコはモンスターテイマーでした。今の彼女にその面影はありません。
「困りましたねぇ……。敵とは言っても、子供の見た目をしたアバターを倒すというのは、良心にひびが入りそうです」
特に私の場合は盾で殴りつける以外に攻撃手段がありませんから。絵にすると中々に強烈なものになりそうです。
「ここは、気付かれていないのをいいことに逃げるしかないですね」
二人組が森の中に入っていくのを見計らって、私は逆方向。市街地マップへと向かいました。
遠目にプレイヤーの姿が見えたので、一旦瓦礫の裏に隠れていると、何者かから狙撃でもされたのか、プレイヤーのアバターが地面に倒れていきました。
「……ここはやめておきましょう」
リュドミラさんならば矢だろうが、弾丸だろうが、狙撃されたそれを見抜けるのでしょうが、私のパラメータではただの音でしかありません。
アイテムにも限りがありますし、市街地を抜けるのは無謀と言えるでしょう。
「あの二人と会うのは、ゴメンこうむりたいところですが……」
謎の狙撃手か、子供二人組か。どっちかしかないのなら断然後者なのは最早言うまでも無いことでしょう。私は森へと入りました。
薄暗く、鬱蒼とした森は自然と精神を落ち着かなくさせます。
「うわぁ……虫だ! 虫が鎧ん中にぃぃぃ!!」
「レット君……それは虫じゃなくて葉っぱだよ」
何でしょう。不思議と心が落ち着いてきました。
自分以上に騒ぎ立てている人がいると自分を客観視している様で、逆に落ち着いてしまうのでしょうね。もしくは出すべき感情を吸い取られているのか。だからこそ私は気付けました。木の上で、あの二人を狙っているプレイヤーがいるのを。
「……」
それは身長180cmほどの身長の男性でした。袖を切った空手の道着を着用しており、拳には布が巻かれています。見た目から分かる通り、彼の戦闘スタイルは拳でしょう。あそこまで空手感を出しているのですから、拳以外にはありえません。
雑談しながら森を歩く二人には、あの空手マンの姿は見えていません。完璧な不意打ち。一方的な暗殺。ほれぼれするくらいです。私ではあそこまで完璧に風景と同化できません。
「……あの二人、確実にやられてしまいますね」
助けに行くべきか、と考えて私は吹き出しそうになりました。ああいえ、吹き出すと言っても漫画でよくある大袈裟なものではなく、軽くですよ。
しかし助けに行くとは変なことを考えたものです。あの空手マンも二人組もどっちも敵だというのに。助けに行って何も得など無いのは明白です。
だというのに。
「フンッ」
鼻を鳴らして空手マンが木から飛び降りました。落下地点には二人組が。
空手マンが拳を握ると、その拳が黄色い光に包まれました。何らかのスキルによる攻撃力上昇。一撃で決めるつもりみたいです。
「必殺……青天の霹靂ィィィィ!!!」
空手マンの叫びに二人組の片方、レット君と呼ばれていた少年が上を向きました。少年は驚き、背中に差してある大剣を手に取りますが、彼のスピードでは落下する空手マンへ反撃することは敵わないと察したのか、すぐに少女を抱えて横に飛びました。
空手マンの拳が振り下ろされ、地面にひびが入り、そこから隆起した岩の塊がいくつも浮き上がりました。魔法系アクティブスキルも合わせて使っていたみたいですね。
「?」
空手マンの眉が上がりました。それもそのはず。攻撃の手ごたえが無いのですから。彼の拳は地面を叩いてはいないのです。きっと地面を叩けば別のスキルが発動して、隆起した岩が弾けたのでしょう。
それが起きなくて、彼は不審に思ったのです。
彼の拳が地面に振り下ろされる前に、私が盾で止めたのですから。
「俺の拳を受け止めるとは……随分とやるヤツみたいだな」
しかし……重い拳です。しっかりと受け止めたのに、攻撃を殺しきれず少しHPが減ってしまいました。
「あなたの方こそ、その拳かなり鍛えてるみたいですね」
内心焦ってる状態で、精一杯の強がりでしたが、彼は拳を引きました。
「儂の名は多田羅」
筋骨隆々とした見た目に袖の切れた道着。スキンヘッドの頭部に儂という一人称。まるで歴戦の兵のような風格すら感じるこの男が名乗ると、後ろから少年の声が聞こえました。
「多田羅……聞いたことあるぜ。あいつ、小さい女の子のアバターを使ってる奴を追いかけるストーカー野郎だ!」
「違ェよ! 俺が追いかけてんじゃねえ、女の子が追いかけられてるだけだァ!」
それをあなたが追いかけていると言うのでは? という疑問は呑み込んでおきました。
何にせよ。レット君たちは無事みたいです。
「あなた達、こいつは私が相手しますから逃げるなりなんなりしてください。私を倒したいのなら好きにすればいいですが、私抜きにこの空手マンから逃げられると思わないでくださいね」
早口に、矢継ぎ早に私は弁舌を振るいました。マイコと呼ばれた少女は呆気に捕らわれているみたいですが、レット君はすぐに状況を理解しました。
だけど彼は私が言った通り逃げるのではなく、
「俺も姉ちゃんと一緒に戦う!」
大剣を構えて横に並んだのです。
後ろにはマイコちゃんが。モンスターテイマーという話でしたが、このイベントには連れて来れなかったのでしょうか。
「私も……どこまでやれるか分からないけど……」
マイコちゃんの武器は本。補助魔法の出力向上に特化した武器です。レント君の武器は大剣。背の小さい彼が持っていると、大剣が柱に見えてきました。
「全く。逃げろと言ったのに、知りませんよ」
「俺は女の人を見捨てて逃げる男じゃなーい!」
「レント君かっこいい……!!」
……。この二人、どういう関係なんでしょうか。敵のことよりも無性にそっちが気になりました。
「一対三か。いいぜ、いいハンデだ」
「二人とも、攻撃は私が引き付けますから、隙を見て叩き込んでください」
「オッケー」
「分かりました……」
守りを捨てた剛腕の使い手。深い森の中で、死闘が始まりました。
黄昏まではあと少し。




