第51話 The Winner
ディランのHPがぐんと減るのを確認してから、私は一歩下がった。
さっきの狙撃で与えたダメージはどうやら回復されてしまったようで、これが決定打にはならなかったが、致命傷は与えられたみたいだ。
これだけ近ければ回復させる隙は与えない。一気に私が優勢となった。
「確かに、最後まで油断したらダメだったな」
あと一発でも食らってしまえば死ぬというのに、ディランは冷静だった。逃げようともせず、かといって決死の特攻をするでもない。正直一番困る対応だ。向こうの出方次第では巻き返される恐れもある。
「……」
「さて、どうやろうかな。勝てる見込みは五分五分。こっちは手札を出し尽くしたが、リュドミラちゃんはまだ底がありそうだし……うん。こりゃ無理だな」
そう言うと、ディランは剣を地面に置いた。何をしてくるのかと警戒を強めていると、彼は言った。
「降参だよ。降参」
「えっと……降参するフリしてるとかじゃあないよね、一応聞くけど」
「君を相手にそんな器用なことが出来ると思わないさ」
「ならいいけど……」
ディランは手元でウインドウを操作する。その手が恐らくリザインボタンを押そうとする瞬間、私の方を見て言った。
「そうだ。何か欲しいアイテムはあるかい。どうせここで落としたアイテムは元に戻るから何かプレゼントしよう」
「なら消耗品が欲しい。全部」
「オーキードーキー」
ディランの足元に様々なアイテムが落ちる。緑や赤の液体が入ったビンだ。割と普通の回復薬だが、量が多い。皆と合流できれば、上手く分け合いたいところだ。
「ま、こんな感じかね」
「あなたはいいの。ここでリタイアして」
「別にいいさ。元より俺は姫様の雇われでね。ノエルと姫様が一騎打ちする補助としてあんたらの足止めが仕事だったんだよ。本当は一人で三人相手するつもりだったんだがね、そちらも想定外だったのか一人だし。仕事は出来ないと判断したまでさ」
「最初から勝つつもりはなかったんだね」
「ま、君だけは狙撃を得意とする者として倒したかったんだけどね」
「残念だったね」
「ああ、全く。見事に敗北したよ」
ディランはそのままリタイアボタンを押した。彼の体が光に包まれて消えて行こうとする。
「最後に、仲間の情報を教えてほしい」
どうせもうリタイアするのなら教えてくれるだろうと淡い期待を込めたが、ディランは首を振った。
「それだけは出来ないな」
ディランは消えていき、私だけが残った。勝った。と言っていいのだろうが、なんかあまり勝った感が無かった。
ディランの落としたアイテムを回収してから私はすぐに建物を出た。しばらく走って、街の外れにあるダイナーまでやって来た。
ダイナーの中に誰かいるのは分かっていたので、音を殺して中に侵入する。ここはアイテムの宝庫だったらしく、ツボとかタルが破壊された後がそこかしこにあった。
椅子の陰に隠れて、周りを見ると、私に背を向ける形で一つ奥の席に座るプレイヤーがいた。水色の髪のサイドテール。マリンだった。
「マリン?」
名前を呼ぶと、マリンはこっちを向いた。我ながら迂闊だとは思った。彼女がマリンだとは限らないという可能性に一切気を回せなかった。さっきのディランは蠅に変身していたし、アイツのようにプレイヤーに変身が可能なプレイヤーだっているかもしれないのに。
「お、リューちゃん」
リューちゃんとは、彼女が私を呼ぶ呼び名だ。ということはきっと彼女はマリンだろう。
「銃声が聞こえたからもしかしたらと思って来てみたんだけど、正解だったね。いやー良かった良かった」
かっかっかと笑うマリンを見て、私はそういえばさっきディランの前に倒したプレイヤーのアイテムがディランの持ち物に無かったことを思い出した。
「あぁ。てことは私が狙撃したプレイヤーのアイテムを掻っ攫って言ったのってマリン?」
マリンは悪役っぽく笑った。どうやら正解らしい。
「ふふふ……気付いたか? 気付かれたなら仕方ない。山分けしようじゃないか!」
マリンがアイテムをその場に落とす。私もディランから奪ったアイテムを地面に落とした。微妙にというか圧倒的に私が持っていたアイテムの方が多かった。
「私の方が多いね」
「くそー」
私とマリンでアイテムを分けた。MP回復アイテムは全てマリン持ちだ。私にMPを使うスキルは無い。
「マリンはここまでどうやって来たの?」
「あたしはスキルを使ってプレイヤー回避しながら来たんよ」
「スキル……そうか。マリンって索敵が得意だったね」
「まあねん。そういうリューちゃんは……アイテムすげぇ持ってるし、相当な修羅場を掻い潜ってきたことは聞くまでもないか」
「ここからどうする?」
「とりま、二人と合流かな。他のチームも結構分断されてるけど、それでも二人組とかが多いしさ。……正直言ってここにいない二人が多勢に無勢で死ぬ姿が想像できんのだが」
「それは分かる気がする……」
しばらく座って休憩した後、私達はダイナーを出て街を後にした。向かうのは私達が散り散りになった森だ。多分、二人もまだ森にいるはずだ。




