第44話 出撃準備Part1-新しい装備を買いに行こう-
来たる7月25日。
私はこの一週間、何も手付かずになる程、この日を待ちぼうけていた。一学期の総まとめ的な授業も、終業式も、担任のありがたいお話も全部耳に入っていなかったと思う。
午後7時。イベント自体は午後9時開始だが、ちょっと早めに入るのにはいくつか理由があった。
「さてと……」
ラフな格好になって、冷房の温度を調節すると、私はnoreを頭に被った。
夜ご飯は控えめに取ってきた。水もあまり飲んではいない。イベント中はログアウトしたら即リタイア扱いとなるので、トイレに行ったりも出来なくなる。まあイベント前に一度帰ってくるつもりではあるが、念には念をだ。
ゲームを開始して、ルミナリエの街に降り立つ。
ギルドホームではないのは、ギルドホームからルミナリエの街に入るまでの短い道で敵に襲われる可能性を考慮してだ。魔剣ベイリンを失ってしまえば、私の力はかなり激減する。
ルミナリエの街はたくさんのプレイヤーでにぎわっていた。
いつもは見ないような露店があったり、何かパフォーマンスをしているプレイヤーもいる。イベント参加チームの誰が勝利するかで賭けを行っている集団もいた。
「へぇ……これがイベントかぁ」
第三次DDの頃にはゲームをやっていたエイルから聞いてはいたが、予想以上のものだった。イベントの日はイベント参加者以外もお祭り騒ぎになるのだと。最近は運営側もこれに便乗して、イベントの日専用のショップを開いたりしている。とはいえ戦力増強になるようなものはなく、あくまでアバターパーツの販売に留めている辺り、分かっているといえる。
「……この広場で集合って話だったけど」
待ち人来たらず……なんて思いながら噴水の水を眺めていると、私を呼ぶ声が聞こえた。約束通りの時間だ。
「ノエルー!」
それは何度も聞き慣れた声だが、ノエルと呼ばれるのには物珍しさがあった。
走りながらやってきたのは女性プレイヤーだ。水色の髪のサイドテールに、勝気な表情。背は私よりも高く、結構なモデル体型なのは、現実の本人とそう変わらない。
プレイヤーネームはマリン。リアルネームは美咲伊織。私の友人だ。
「マリン。久しぶり。ゲームで会うのは初めてだけど」
「久しぶりー。いやー、噂に名高い黒兎と知り合いとかなんか照れんね」
「やめてよ。そこまで有名じゃないから」
「そーなん? でもノエルをチラチラと見ている奴は結構多いみたいよ?」
「えぇ……」
本当にそうなのかと辺りを見回すと、さっと目を反らしたプレイヤーが数人。どれも男性だった。まさか見られていたとは、全く気付かなかった。街中だからって気を緩め過ぎていたのかもしれない。
「リアルのあんたも随分な男性キラーだったけど、ここでも相変わらずか……あ、でもこっちじゃ本当にキラーか」
あっはははと笑うマリンだが、私は男性キラーだった覚えはない。マリンと違って、男性に声をかけられたこともないのだから。
「冗談はいいから。装備を見に行くよ。マリンも色々見たいんでしょ」
「そ。今日までお金とスキル稼ぎに終始していたからさ、武器は結構よさげなのをドロップしたからいいけど……防具がね」
「私もそろそろ変えたいなと思ってたんだよね」
マリンを連れて向かったのは、今の黒兎パーカーが売っているショップでは無く、プレイヤーが経営しているショップだ。私が懇意にしているとかではなく、エイルのフレンドという縁で教えてもらった。店の名前はアビーロード。店内はカントリーなイメージのおしゃれな店だ。店の壁に武器とか鎧が置いてなければ良かったと思えるくらいには、私好みかもしれない。
エイルは学校の課題だとかで、7時40分くらいに来るらしい。真面目だ。課題なんて最後の週に始めるくらいで十分だろうに。
「いらっしゃい。あなたがノエルね。噂には聞いてるわ。私はエイルのフレンドのフィーネよ。よろしくね」
中に入ると優し気なお姉さんと言った風体の女性プレイヤーが迎えてくれた。醸し出す大人の女の色気のようなものに私はやられてしまった。
「フィ……フィーネさん。お噂はかねがね。本日は私の様な若輩者に装備を売っていただけるとのことで……」
緊張し過ぎて何故か敬語っぽい喋り口調になってしまった私を見てマリンが腹を抱えていた。助ける気ゼロらしい。
優しいフィーネさんはどうどうと落ち着けという意味合いのジェスチャーをしてきた。それ馬にやる奴ですよね。
「普通にため口話してくれていいのよ。ゲームなんだし」
「……そ、それじゃあ遠慮なく。今日は私達は防具を……見、見に来たんだけど……」
「緊張し過ぎだろ」
ガチガチに固まっている私を笑いものにしている奴が何か言っていた。だって仕方ないじゃないか。フィーネさん、大人の女という雰囲気があるんだもの。クラリエさんを思い出して、胃がキリキリと痛む。
「緊張するのは素なのね。可愛いわぁ。食べちゃいたいくらい」
「お姉さんも中々に容赦ないっすね」
わたしでは埒が明かないとマリンがやっと口を開いてくれた。
イベント参加の為に店売りではないプレイヤーメイドの防具が欲しいこと。だけどそこまで予算はかけられないこと。要は安く売ってくれという話である。
エイルから口聞きしてもらうという手段は最初から考えていなかった。紹介してもらっただけありがたいというものだ。これ以上を求めるのはいけない。
フィーネはうーん、としばし唸った後。
「そうねぇ……ウチの仕事を手伝ってくれるのなら、考えてあげてもいいわ」
と私を見て言った。
ぞわり、と嫌な予感がした。




