第37話 エメラルドの想い
ギルドを結成したその日の内に、私はフェルマータと共にとあるクエストを受けることにしたのだ。
それは……
「お父さんにこのブローチを届けてほしいの!」
と私達に言うのは、10歳ほどの女の子。以前戦ったマイコと名乗るモンスターテイマーではないし、そもそもプレイヤーははない。NPCだ。
渡されたブローチは真ん中にエメラルドグリーンの輝きを放つ宝石が埋め込まれた立派なものだ。どう見てもこの少女が作ったとは思えないが、設定上作ったらしい。ファンタジー世界の女児恐るべし。
「……ジエンマ廃坑街かぁ。私がフェルマータと初めて会ったところだよね」
「そうよ。男ばっかの酒場で不用意に一人でいるあなたを私が助けてあげたんだから。感謝してよねホント」
「そうは言うけどさぁ、これってゲームじゃん。アバターだし。ナンパなんてされるの?」
確かにこのゲームは仕様上、性別は偽れないけども、だからって危険があるとは思えないのだ。
「ばか!」
ビシっとフェルマータが私に人差し指を突き付けた。自然と眼球が内側に寄る。
「ノエルは自分が思ってるより、何倍も可愛いんだからちゃんと気を付けなさい!」
「え……は、はい」
フェルマータに可愛いと言われると、お前が言うかという気になってしまう。でもまあ彼女はそういうところはしっかりとしているのかもしれない。
きっとリアルでも相当な美人なんだろうし。
「じゃあさっさとジエンマ廃坑街まで行こうか」
「さっさとって、せっかくのデートなんだからゆっくり行きましょうよ」
デートって……。
やや呆れながらも私はそこまで悪い気はしていなかった。
なぜだろう。なぜだろうね。
「はい。という訳で着きました。ジエンマ廃坑街でーす」
「早っ! ここに来るまで平原とか森とかあったわよね?!」
そんなことを言われても、フェルマータと一緒だと特筆語ることも無いのだ。ソロで戦い慣れた私とフェルマータだと、他のプレイヤーやモンスターに襲われるなんてことはなく、かなり安全な旅路だった。ジエンマ廃坑街に着くまでファーストクラスの旅客機に乗ってるかのような、悠々とした心地だった。
「ジエンマ廃坑街って実はあまりまともに探索したことないんだよね。前も鍛冶スキルだけとってすぐ帰ったから」
「……」
廃坑に造られたこの街は暗くて湿気が凄いし、それに熱い。あまり長く居たくないところだが、単純な好奇心としてこの街を見てみたいものだ。
フェルマータをちらりと見やると、なんか項垂れていた。
「いや……気にし過ぎでしょ」
……まさかここまで旅をショートカットしたのがそこまで効いていたとは……。何か悪いことをした気が。それにここまで安全な旅をしたのも珍しい。
景色とか色々語るべきところは考えてみればあったのだ。無意識に私が危険に魅入られていたのかもしれない。そう考えると、私はフェルマータの言う所のばかというやつなのだろう。
「まあ……今日はここをデート地としようか」
フェルマータの顔がぱあぁと輝く。
「本当?! ノエル。今、デートって言った?!」
フェルマータが興奮して私の肩を掴んでぐわんぐわんと揺らす。
「言った言った……言ったから離して」
フェルマータのSTRは相当高い。力いっぱい揺さぶられると結構酔いそうだ。というか半分くらい酔ってる。視界が歪む。現実で寝ている私の胃液が逆流している気がする。仰向けに寝ながら吐いたら顔面が酷いことになってしまいそうだ。はは。
……いや笑いごとじゃねえ。
「あ、ごめん」
「あう……」
ようやくフェルマータが離してくれた。アバターを操作する力も抜け落ちて、私はどさりと地面に倒れた。
「……やべぇ吐きそうだ」
「そんなスキルも覚えたの? 吐くスキルって存在するの?」
「いやリアルの方。ていうかそんなスキルあってほしくないんですけど」
ゲームとはいえ、吐くとかいやだ。まあそういうスキルほど強力なスキルの可能性があったりして。
ビジュアルとか気分が悪いが、強いスキルならまあ許せ……許せないな。
「とか何とか言ってる内に例の女の子のお父さんがいる酒場に着いたけど」
「本当に早いわね」
「巻きで行こうかと思いまして」
酒場には、プレイヤーNPC含めて多数の男性がいた。女性の姿は私とフェルマータのみ。以前の私はこんな感じの場所にいたのだろう。現実じゃなくて良かったとしみじみ思う。まあノエルの強さが無ければそもそも私はお店にも入れないのだろうが。
「えっと……どんな人相だっけ例の御仁」
何だか長々と語られた気がしたが、全然覚えていなかった。とにかく爽やかなイケメン系だという認識で来たのだが……この酒場にそんな人はいなかった。
「茶髪で細み。吹きすさぶ風、流れ落ちる水のような男性だとか言ってたわよ」
「誰それ。人なのかどうかも疑わしいよ」
まあとりあえず爽やかなイケメンなのだろう。そういう検索条件でこの酒場を見て回るが、候補はいなさそうだった。
「……ほんっとうにいないや」
「ノエルって意外と人を見る目ないのね。いるじゃない、あそこに」
フェルマータが指を差した先に居たのは、事前情報からは予測もつかないビジュアルの人だった。小太りで髭面。髪は茶色いが、水だとか風というより土っぽい人だ。ドワーフ的と言ってもいい。
「いやあれは違うでしょ」
「あれで合ってるのよ。違うと言うならあなたが証明してみなさいよ」
「ええ?! フェルマータがアレだって言うんだからフェルマータが行ってよ。何で私が」
「このクエストはギルマスの名義で受けてるから私じゃ無理なの」
「えぇぇぇ……」
仮にフェルマータの言う通りあのドワーフ男で当たりだとしても、他人に話しかけるのは普通に嫌だ。怖い。
「……あぁ……もぉ。何でこんなことに」
しかもフェルマータめ。離れた所で待機しているし。
私がここであたふたしているのを楽しんでいるのだろう。全く。
泣きたくなってきた。しかしここで止まっていてもどうにもならないだろう。あのフェルマータが助けてくれるとは思えないし。
「分かった。分かったよぉ。もう! やれってんならやってやる……」
やるしかないなら、文字通りやるいがいに道は無いのだ。大丈夫。これはゲームなのだから。
そう勢い勇んで私はドワーフ男に話しかけた。
「あなたがお父様?」
ドワーフ男はむくりとこちらを向く。
「あ?! 誰も女なんて頼んでねえよ! いいから酒持って来いってんだよォ!!」
そう言うとドワーフ男は右手に持ってる中身の入った酒瓶をテーブルに叩きつけた。
「ご、ごめんなさい……」
話しかけたことを秒で後悔した。
ああ神よ。私に何て試練をお与えになさるのか。
私は不意に腰に差してある魔剣ベイリンに触っていた。
それだけで、何となく勇気が出たような気になる。気のせいだろう。だが、今はこの気のせいが何よりも大切だ。
「酒は無いんだけど、これ預かって来てるんだよ」
ドワーフ男にあずかって来たブローチを見せると、男の目がかっと見開いた。その一挙一動にビクビクとしながら、私は男が持っている酒瓶に書かれた文字を見た。
「Feng Shui」
日本語に訳すと風水だ。吹きすさぶ風、流れ落ちる水とはこのことだったのか。てっきり私は人を示している言葉だと勘違いしていたが、そもそもそんな訳の分からない人がいる訳ないのだ。
ドワーフ男の目から一筋の涙の線が走る。
「これは、娘が作ったものだ。間違いない……。そうだ。俺は……何のためにここまで」
ああ、そうだ。きっとこのドワーフ男はあの娘の為にここまで来たのだろう。だがどこかで道を違えたか、止まってしまった。
最初の想いを取り戻した彼は多分これから真面目に働くようになるだろう。
とか何とか私の中で補完した。だってクエストがどんなものだったのか。真面目に話を聞いていなかったんだもの。
「あ、クエスト完了してる」
私の視界にクエストクリアのアニメーションが浮かび上がると、後ろにいるフェルマータがこっちを見てガッツポーズをしていた。
「全く。最初っから分かってたんだな。だからあの男がそうだって言ってたんだ」
そういえば細見はどこにいったのだろうと、思ってドワーフ男を見た。
「は?!」
何と驚くことに姿が変わっていたのだ。小太りの体躯は細みどころか細マッチョに。髭はすっかり剝げ落ちて爽やかなマスクがそこにあった。
爽やかイケメンだという私のそもそもの見立てはある意味間違えていなかったようだった。それに何の意味があるかといったら何も無いのだが。
「……ほんとになんなんだこのクエストは」
これじゃあオチがつかないってものだ。
その後、例の少女に父親の話をしたらそれは大層喜んで、『ギルドハウス造設券』というアイテムをくれたのです。
……となりの騎士団のお城みたいなものまで頑張れば建てられるようなアイテムをこんな普通の少女が持っているなんて、どうなってるんだこの世界は。




