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第33話 古き騎士の遺構Part4-ジャイアントオクトロード-

 謎の地下室へ落ちてから数分。

 エイル達に送ったメッセージの返信は無い。既読も付いていない。

 しかもさっきから上の部屋からドンだとかドカンだとか、確実に戦っている音が聞こえて来ていた。私はというと、この地下室から出る手段も特に見つからないまま。

 仕方が無いので、携帯式キッチンスタジオというアイテムを使って、即席のキッチンテーブルを召喚して料理なんかしていた。

 本日の献立は、ルミナリエサーモンのお刺身です。PKで鍛えた包丁さばきをどうぞご堪能下さい。


「……」


 リアルでの料理は毎回、何故か微妙な顔をされるが、ここ最近は変わってきていた。微妙な表情から渋い表情へと変わったのだ。これがいいのか、悪いのかは分からない。

 出来たルミナリエサーモンの刺身を一切れ食べてみた。程よい脂の旨味が口いっぱいに広がった。


「脂が乗ってて美味しい……!! 醤油とご飯が欲しくなるなこれは」


 本当にこの世界のグルメはよく出来ている。というか味覚が凄い。VR黎明期をとうに過ぎ去って久しいが、しかしここまで味覚を再現しているVRアプリは他に類を見ないだろう。

 このまま料理スキルを鍛えていけば、いずれは私のお店を持てる日も来るのかもしれない。


「うんうん。夢が広がるなぁ」


 もはや夢でしかない。

 そうなるとウェイトレスとかはどうしようか。可愛いメイド服を着たメイドさんNPCとかいいかもしれない。たまにリュドミラに着てもらったりして。彼女は嫌がるだろうがエイルならノリノリで付き合ってくれるだろうし。


「ま、それもまずはお金を稼いでからなんだけどね……」


 武器やアイテムの整備だけで、かなりのお金を使うため、あまり他に割けないのが現状だ。何か一攫千金出来るような催しでもあってくれればいいのだが。そう上手くはいかないのがオンラインゲームだ。これがオフラインゲームならばお金儲けの裏ワザとか簡単に見つかってくれるのに。

 私は視界に浮かぶ所持金欄の0の少なさにため息を吐いた。宝くじに当たったらどうするレベルの話を今考えていても仕方がない。


「まずはここからの脱出法を探らないと。流石に何かあるはず」


 入ったが最後出られないなんてのはダンジョンとして欠陥だ。絶対にギミックがあるはずなのだ。例えば壁にスイッチがあったりとか、床にくぼみがあるだとか。又はこれまでの探索で手に入れたアイテムなどに伏線があったり。

 しかし探せども、それらしい感じはない。本当に何もない部屋だ。唯一上と繋がっているのは私が落ちてきたパイプのみ。あれはゲームシステムに阻まれてこちら側から入れないようになっている。パイプの先には無機質な天井が。


「攻撃して壊せたり……しないよね?」


 試しに大砲に持ち替えて砲弾を放ってみると、砲弾は天井に当たって爆発した。煙が晴れると、天井の横にHPバーがあるのが見えた。HPバーが表示しているということはあの天井は破壊可能という訳だ。もしかしたら上から壊すことだって出来るのかもしれない。


「でも、あまり減ってないんだよね。これじゃあ何百発と撃ち込まないといけなくなりそうなんだけど……」


 私の大砲の砲弾というか、カートリッジの予備は3個。カートリッジ一個で3発撃てるため、全部で9初の砲弾をぶち込める訳だが、もちろんその程度ではあの天井を破壊できない。大砲を真面目に考えたことはなく、プレイヤードロップのブリッツカノンをそのまま使っていた。多分天井を破壊できそうにないのも、大砲のスペックの問題なのだろうが、しかし確実にダメージを与えられそうな魔剣ベイリンでも難しそうだ。大して高いオブジェクトが無いこの空間で天井まで跳躍するというのは土台無理な話で、となると嘆きの一撃を天井に撃ち込むしか本当に策が無さそうだった。


「MPが勿体ないけど四の五の言ってる場合じゃない」


 MP回復アイテムはどれだけ残っていただろうか。まあ私のMP量ならばかなり質の低いものでも、半分以上は回復できるので資金的な心配は無かった。


「いくぞ、必殺の……。……」


 右手に力を籠めようとした時、背後に何かが迫っているような感覚を覚えた。


「何が……?」


 何かドデカいものが後ろにいる。これは直感とか適当ではない。私の鍛え上げたDEXと発動している【敵対感知】スキルが告げているのは、背後にいる奴はとても危険だということだ。


「……ってデッカイなぁ!!」


 私の後ろにいたのはデッカイタコだった。

 それ以外に言いようがない。艶々とした肌。ぎょろりとこちらを見下ろす目。赤ではなくやや白っぽいのでイカのようにも思えたが、足の本数は八。触腕は無さそうなのでタコだろう。いくつかの足は地上へも伸びているようだ。戦闘音はあの足とエンカウントしたからなのかもしれない。

 どうするか。ここまで近付かれているのだから、もう逃げることは出来ないだろう。このタコ【ジャイアントオクトロード】はがっつり戦闘モードに入っていらっしゃるし。

 とりあえず、私は……。


「逃げるしかないでしょこれぇぇ!」


 一対一でボスと正面から相対するなんて最悪の展開だ。本来背後から音も無く忍び寄るのは私の専売特許なのに。デカいタコに暗殺されかかる暗殺者とか笑えない。これは黒兎の沽券に関わる問題だ。

 なので逃げる。アーサーじゃないのだ。あんなデカいの一人で無策で挑めるわけがない。

 しかも首がどこにあるのだ問題もある。首が無ければバックスタブ、フラッシュステップ。魔剣ベイリンでしか攻撃出来ない。エイルとリュドミラはまだ生きているので、パーティ内で最後の一人になると全ステータスが上昇する効果を持つ【背水の陣】も発動しない。

 こういう展開になるなら情報を先に入手するべきだった。ここで死んで魔剣ベイリンを失ったとなっては私の戦力は激減してしまう。

 そうならないためにはどうすればいいか。とりあえず逃げて二人と合流。作戦を立ててから奴を倒す。不可能であればこのダンジョンから逃走する。

 その為にも。


「まずは上に行かなきゃならないんだけど……嘆きの一撃のチャージをするには状況が最悪過ぎる」


 ああもう、何でこう災難が多いのだ。

 これがゲームでなくて異世界転生物語だったら、今頃死んでいるだろう。というかこんな波乱万丈な人生は送りたくない。

 走って逃げる私を追ってタコ足がいくつも迫ってくる。それらを両手の短剣で的確に弾きながら、私はついぼやいた。

 

「ていうか……嘆きの一撃にかけるのも、私のプレイスタイルじゃないんだけどなぁ」


 大味な必殺技よりも堅実にいきたいのだ。 

 嘆きの一撃を使うにも背後から。基本は天井狙いだが、掠る程度に当ててもダメージは入るだろうからだ。だからこうして奴から反対方向に逃げ続けていても意味はない。


「一瞬で近付いて背後を取る。口で言うには簡単だけど、随分とハードだよねこれ」


 ハード上等。

 ちょっと無理みある方が胸が躍るというものだ。

 縮地を発動すると同時に私は地面を蹴った。縮地というスキルはそのままの体勢で約2~3mほどの距離を水平移動するものでAGI値によってスピードが変わる。私の場合はほぼ瞬間移動と同じ。約2~3mというのはこのスキルが緊急回避スキルとして設定されているからなのだが、実はこれ走りながら使うと距離が伸びるというギミックもある。縮地発動時のプレイヤー自身の移動の値が縮地の移動距離に加算されているからとかそんな感じらしい。ネット上では【アクセルダッシュ】と名付けられているそれを、私は更に改造して使っている。

 縮地発動の瞬間に本気で地面を蹴る。するとどうなるか。私のAGIだと縮地を使わずに縮地の再現の様なことが出来る。物理的な瞬間移動。その移動の値にプラスして縮地分が加算されるのだ。

 ずばり長距離瞬間移動ともいえるもの。その名も……。


「【アクセル……ジャンプ】!!」


 成功率は五分五分なのでここぞというタイミングでしか狙って使ったことは無いのだけれど、今回は成功してくれたようだった。

 私の体はタコ足の攻撃全てを置き去りにしてタコ本体へと近づく。タコ足とタコ本体はシステム上別の敵という扱いになっている為、まだタコ本体の攻撃のタイムテーブルは不明瞭だが、足が無くてやれることも少ないだろう。まさかあの頭から何か生えてくる訳もあるまい。

 一瞬で私はタコ足を掻き分け、タコ本体にまで接近した。まさかの目の前で縮地が止まってしまったのは想定外だが、まだ取り戻せる範囲だ。

 接近したことでマズイとでも思ったのか、そういう仕様だったのか、より活発になるタコ足を回避しながら、私はタコ本体の口が何か動いているのを見た。


「タコだし出してくるとしたら墨でしょ。そんなもの目くらましにしかならないに決まってる」


 周囲のタコ足の動きも危ない。ここはタコ本体を一度叩いて攻撃を止めるべきだ。

 大槌の攻撃は怯ませ効果もあったはずだと私は武器を大槌に切り替える。


「どっせーい!!」


 技も何もないただの大振りの一撃。タコ本体はそれに合わせて口から墨を吐いてきた。大槌の大きさなら墨から身を守ることもできるだろう。

 とか完全に思い込んでいた私は実に愚かだ。

 だってそもそもデカいタコなのだ。吐くのが墨だとは限らない。

 なぜそれを失念していたのか。私が降った大槌は墨に当たるや否やジュワァと音を立てて消えていった。

  

「墨……っていうかこれ黒いだけで、ほぼ溶解液じゃん」


 タコ本体に近付き過ぎるのは危険だと判断し距離を取る。

 私の視界に『ストーンヘッドが消失しました』と表示された。マジか。

 元からそこまで大事な物でもないが、こう容赦なく溶かされているのを見ると、何だかムカッ腹が立ってきた。

 いざとなったら逃げるだとかそんな甘い思考はとっくに消えていた。

 

「こいつ……私のアイテムを……。絶対に、ぶちのめす!」


 魔剣ベイリンを向けて私は言う。気のせいか、魔剣ベイリンがいつもより大きく見えたような気がしたが……まあキレてて気が触れているだけだろうと思いたい。

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