第29話 六菖十菊
この作品のメインキャラ(主要メンバー)の定義は、「狂言回しを行うこと」、「女性であること」、「リアルの名前が分かっていること」「過去や現在に至るまでの想い」が作中で語られることです。
はい、適当です。
人生とは素晴らしいものである。
父も母もそう言いますが、私はそうは思いません。というかまだ分かりません。素晴らしい人生とはその人が死ぬ瞬間に判定するものであって、絶賛存命中の父や母がそれを言うのはどうかと思っていました。そのことに思い至ったのは齢4歳。達観するのには早すぎるとは思いますがこれが私、榎本衣瑠歌という人間なのでした。カタカナにするとエノモトイルカ。エノモトが名字でイルカが名前です。
我が榎本家は私が言うのもなんですが、所謂金持ちの家系でして、まあ昔から私はそこまで大した苦労も無く生きてきました。かけっこもお勉強も労せず一等賞……。ではなく目立ちたくないのでわざと手を抜いていました。きっと将来どこかで苦労するでしょうが、それはその時の私に任せることにします。
はい。どうぞ妬んでください。何かにかける情熱も、アメリカンなドリームも持たないのに、才能だけ持って生まれてしまった私を妬んでください。
まあ無駄に才能だけあるのも考えものです。だってその才能を活かす気もないのに、それは宝の持ち腐れというやつでしょう? 大いなる損失です。少なくとも榎本家にとっては。
「ねえ榎本さん。相談があるんだけどいいかな?」
高校一年生になった私は、学級委員長にいつの間にかなってました。いつの間にか……ええ、中学でも学級委員長だったので、それを知っていた人からの推薦です。きっと生徒会にも入れられてしまうのでしょうね。まあ断る程の理由も無いのですけど。
話を戻してもいいですか? 学級委員長になっていた私は、上記の台詞を受けることが多くなりました。それは勉強だったり、恋愛だったり、将来への不安だったり。まあまあよくあることです。
「私、K君に告白しようと思ってるんだけど、どう思う? イケるかな?」
K君とは私の記憶が曖昧だからで、実際にKという珍妙な苗字ないし名前をしている訳ではありません。ああでも圭君とかなら通りますかね。まあ何でもいいんです木村でも木下でも。
「んー……どうでしょう」
こういう恋愛ごとの相談は困ります。正直に言ってイケるかどうかは当人が一番理解しているようなことだと思うのですが、彼女にそれを言うわけにもいきません。何であれ私に意見を求めているのですから、言わないわけにはいきません。
私は考えます。この場合の考えるは、彼女の為に何と言ってあげるかではなく、何と言えば角が立たないかです。私の言葉に励まされて告白に挑んで、フラれて私に逆恨み。又は、私の言葉に励まされて告白に挑んで、カップル成立して私が恋のパワースポットとなってしまう。どちらも最悪です。人に嫌われることに何も感じない程、私は人の心を失ってはいないので、逃げてしまう選択肢も無しです。
とはいえ、真面目に思考をするにも情報が足りません。K君は同じクラスで、目の前の彼女も同じクラスですが、彼らとの交流は社交的以上のものは無いので、どういう人柄なのかよく分かってません。
「そうですね、K君の好みって分かってるんですか?」
「……」
おや? 口を噤んでしまいました。どうしましょう。私が困りあぐねていると、彼女はボソリと呟きました。
「実は、彼……男性が好きなの……」
あー。それはー……。LBGTを否定する気もないですが、それは勝負を挑む前に結果が見えているのでは? とはいえ、K君も男性。男性ホルモンの働きで女子への興味はあるでしょうから、まだ一縷の望みもあるような……無いようなー……考えるのも面倒です。
「それなら、あれでは? 男装したらいいのでは?」
「バカにしないで!」
バカと言われるとは。男装は一応考えに考えた末のアイデアだったのですが。彼女は私に詰め寄り言いました。
「あなた誤解している!」
「……は、はぁ……」
「どっちも男だから燃えるのでしょうが! 片方男装してたらそれはもう普通の恋愛ものじゃない!」
「いや、そうでしょう?」
だってあなた女性ですし。
「違うのよ! 私はK君が好きなんじゃなくて、彼の恋路を応援しているのよ」
「……」
ヤバい。もう話を聞きたくなくなってきました。これ以上、この話を聞いても何も無い気がしたからです。無意味なもの、無駄なものは嫌いでは無いですが、それは遠くから見ているからであって、自分が矢面に立つのは勘弁願いたいです。
「えっと……つまりあなたはK君が好きなんじゃなくて、K君と特定の誰かの組み合わせが好きだと?」
「そう! KSコンビ!」
「K君とS君の組み合わせということですね」
「そうだけど、何で言い直したの?」
「読者の為です」
「?」
K君もS君も同じ部活のメンバーです。確か野球部でバッテリーを組んでるとか。バッテリーとは確か砲兵を語源とする言葉だったとか。唯一無二の相棒。いいですね、熱いというやつです。情熱の無い私には何とも眩しく、そして熱い。
「で、あなたはK君に何を告白するんですか?」
「それはもちろん……S君に告白してほしいって告白するんだよ」
「……告白してもらうことを告白する……」
私はもう考えるのも面倒になってきました。この話、どう転んでも角が立ちそうです。だから……。
「いいんじゃないでしょうか」
と答えるに留めました。雉も鳴かずば撃たれまい。何か言えば、それが巡り巡って私に返って来るでしょう。彼女は私の言葉に気を良くして、ようやく私を解放してくれました。
後に聞いた話ですが、S君には付き合って一か月くらいの彼女がいるそうです。正真正銘の女子。ノン気というやつらしいですね。
しかし彼女の告白はK君にとっては酷薄なことだったのでしょう。全くうまくないですね。
話し始めた以上、何らかのオチは必要でしょうが、実はこの話はここで終わりになります。山なしオチなし意味なし。やおい。
何かを説明しようと思うのですが、特に私個人に説明する程のものはありませんし……ああそうでした。最近ゲームを始めたんです。
エンジェルダスト。文明崩壊世界を舞台にした剣と魔法と銃のファンタジー。そこで私は「エイル」としてゲームをプレイしています。榎本のエと衣瑠歌のイルを繋げたシンプルな名前です。
では、お後がよろしいようで。




