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第28話 ビーチアップル

11/13後半の展開をかなり修正してます。

 エンジェルダストにも状態異常はある。

 種類だけで言うならば通常のRPGよりも多いかもしれない。毒一つにしても致死毒からじわじわと追い詰める毒。更には溶かす毒なんてものも存在するほどだ。

 しかしこれらをメインで使いプレイヤーは少ない。一撃必殺の決め手にするには、勢い不足だったり、そもそも毒状態に追い込んだところでアイテムを使われれば一発で治ってしまうからだ。

 それがプレイヤーの間での常識。

 そのはずだった。


「な……なんだよ、これ……?!」


 驚愕する男の隣には、全身に毒液を浴びて瞬間的に溶かされた別の男の残った破片があった。もちろん死んでいる。ちょっとだけだ。夏の朝に住宅街を歩いていたら、水撒きに巻き込まれた程度の毒液を浴びただけだ。それだというのに、彼の隣の男はその仮想の命を一瞬で散らした。アバターをも溶かす毒。そんなものは彼の知識には無かった。

 逃げなくては。

 そう決断した男の行動は速かった。敵前逃亡という何にも勝る恥晒しだが、この時の彼の行動はあながち間違いではない。だってそれに立ち向かうことこそが最も愚かな選択肢なのだから。

 辺り一面には毒の霧が充満している。

 この毒霧には行動を阻害する効果でもあるのか、全速力で走れない。体に鉛がのしかかったような気分を感じていた。


「はぁ……くそ……何なんだよあの女……?! 何でモンスターを飼ってやがる?!」


 毒の主は少女だ。背丈は小学生くらい。リアルはともかく。背の小さくて、かなり痩せぎすのアバターを使う一見弱弱しい少女だった。ソロで行動しているのを見て、彼らはカモだと思った。一人なのに全く警戒していない少女の背後を取るのは容易だった。そしてそこから攻撃をしようとした瞬間。気付けば毒液を吐かれていたのだ。少女にではなく、蛇に。

 偶然かと思ったが、どうやらあの蛇。少女には攻撃をしようとすらしていない。


「テイム系のスキルって訳か……?! このゲームにそんなスキルあったのかよ!」


 まだまだ未発掘のスキルの多いゲームだが、しかし解せないのはテイム系スキルを見つけたのに、その存在を公表しようとしないどころか、PKに利用しているところだった。

 あの黒兎ですらレア装備の情報は流しているというのに。

 情報を流さないことそれ自体は別にいいのだ。しかしそれを率先してPKに使うその性根が男には許せなかった。

 殺された仲間の仇でもある。

 このまま逃げてもいいのか?

 皮肉にもその一瞬の思考が男の運命を決定づけた。


「そうだ……! 俺だって結構経験は詰んできた。あんな訳分からねえやつにだって一矢報いて……」


 バサバサと鳥の羽ばたく音が聞こえた。

 ゴロゴロと何かが転がる音が聞こえた。

 それらはじわじわと、獲物を追い詰めるが如く男に近付いてくる。

 一矢報いる? 冗談を。だってもうどうしようもないところにまで来てしまっているのに。

 ガクンと視界が下がった。まるで足の力が抜けたように。地面に倒れ落ちる。男は疑問を浮かべながら自分の足を見ると、そこに足は無かった。


「ああああああ……」


 骨も無い。溶かされている。腰から下が、丸ごと。痛みは無い。この痛みは彼如きの脳では再現すら出来ない。理解の出来ぬ空白が、じゅくじゅくと彼の脳を犯していく。これは何だ……? 俺は何で毒を受けて、何で足が溶けている……? バサバサとかゴロゴロとかあれは何だ。

 思考に思考を重ねるも、それらしい解は出てくれなかった。

 そして、足音が聞こえたと思った時。


「ばいばい」


 首に何か鋭い物が突き刺さる感触を感じた。


 ルミナリエの街の外れにある喫茶店。ジーン&エディ。そこは決して大きなお店ではないが、私が気に入っているお店だ。理由は二つ。余り人が来ないことと、コーヒーが美味しいのだ。

 プレイヤーが経営しているお店らしいが、私はここの店主を一度も見たことがない。それにネットやSNSでもこの店について語っているのも見たことはない。NPCの女性店員の制服が可愛いのは評価が高いが、それも行ったことのある人からのもので、新たな集客になっている訳でもなさそうだ。

 まああまり大きな店になられても私が困るんだけどね。

 何にせよこういう不思議なお店は秘密の話をするのに丁度いい。


「……毒?」

「はい。毒なんです」


 私はPKKの相談場所としてこのお店を指定したのだ。

 私のPKK稼業は現在、となりの騎士団のヒルデとかが情報をまとめてくれて、彼女が提示するいくつかの案件の中から、私が好きに選ぶ方式となっている。ヒルデが仲介して、私と依頼人がこうして話すという感じらしい。そういう話だったのに、ヒルデは忙しいとか言って、依頼人を連れて来たと思えば、そそくさと城に帰って行った。

 私は何の覚悟もしていないまま、知らない人と話さなくてはならない訳である。


「毒を使うプレイヤーってことか。でも毒使いってそんなにヤバいの? 正直、アイテムでどうとでも対処できると思うんだけど……」

「あたしたちもそう思っていたんですけど、ちょっと違くて……あの毒にはアバターを溶かす効果があるんです」

「溶かす?! 何それ、怖いんですけど」


 毒を使う相手か。毒と言えば、かかるとじわじわとHPが削られていく状態異常だ。低HPの私にとっては十分に危険だが、毒にかかったところで、やられる前にやれば問題は無い。しかし溶かしてくる毒とは。そういう毒もあったのかと、感心した。人体欠損はかなり上位の回復系魔法スキルでしか治せない。決め手にも牽制にもなる。


「溶かされちゃ、アイテムも使えないよね。武器を離す訳にもいかないし」

「それだけじゃないんです。鳥がいたんです、あと何かアルマジロみたいなのも」

「鳥、アルマジロ……? えっとプレイヤーの話だよね」

「上空からあたしたちを追いかけてきて、雷で攻撃してくるんですよ。雷に当たると一瞬、体が麻痺して動かなくなって……そこをアルマジロが」

「ちょっと待って。ただのモンスターにそういう連携は無理だよ。その言い分だと、まるでモンスターがプレイヤーの意のままに動いている様に聞こえるんだけど」

「だからそうなんですよ。彼女はモンスターテイマーです」

「?!」


 溶かす毒。雷を使う鳥。アルマジロ。正直言って敵の正体に繋がるヒントは皆無だ。アルマジロ以外は見たこともない。更にそのプレイヤーキラーが女の子だというのも、依頼人が彼女と言ったことで初めて知った。

 戦場は紫の霧に覆われていて、視界も悪かったらしい。


「あの毒霧に触れると、体が重くなるんです」

「……なんかこれでもかと状態異常で固めて来てるな。これは短期決戦を狙うしかないかな。溶かす毒ってどういうの?」

「毒液です。少し掠っただけでも、溶かされます」

「毒液ってことはヘビ系のモンスターでも飼ってるのかな?」

「分かりません。でももしかしたらそうかもしれません。周囲に感じたモンスターの反応は三体ありましたから」

「まあいいよ。やっつけてきてあげる。とりあえずは奪われているであろう装備の回収でいいんだね?」

「はい。仮に彼女が拾っていないのだとしたら、それを持って来てくれるだけでもいいです」

「ちなみ、どんな武器?」

「剣です。プレイヤーメイド品で、友達が作ってくれた大事な武器なんです。何でも廃坑街の方でしか取れない強力な素材を使った武器だとかで。水晶の剣なので、見れば分かると思います」

「……」


 なるほど。そういうことなら、絶対に取り返さなくては。

 そうして、私は街から出た。目的地はルミナリエ近郊の森。その中でもランダル平原に向かう方とは逆の森のより深いところだ。まだまだ弱かったころの私が徘徊していた場所でもあって、そこに入ると不思議な懐かしさを感じた。


「森の中での戦いは慣れたもんだけど……どうしたものか。もう見つかってる」


 バサバサという音。上を見上げると、そこには黒い鳥のモンスターがいた。あれはグリフィンだ。ジエンマ廃坑街の辺りでちらっと見たことはある。雷のスキルを使うという話は初めて知った。


「……とか言ってたら、もう雷撃ってきたよ……!!」


 頭上にバチバチと鳴る、雷の玉が表れる。私が即座にその場から飛び退くと、玉から雷が真下へとむけて落とされるのが見えた。


「あれが麻痺する雷……。となると次は……!」


 嫌な予感がした方を見る。そこにはアルマジロのモンスターがいた。ゴロゴロと転がって一直線に私目掛けてやって来る。確かルマジロとか言う名前のランダル平原にもいるモンスターだ。かなり弱かったはず。

 ルマジロは気性が荒くなく臆病なモンスターだ。近くで戦闘が起きれば逃げるような。しかしこのルマジロの行動パターンは私が見たことの無いものだった。グリフィンの攻撃に反応して追撃を食らわしにくるとは。タイミングばっちり。


「でも、やっぱり遅い」


 私の方が一足早かった。とっくに短剣を構えていた私はもうルマジロの首に短剣を振り下ろせる状態だった。


「ふっ!」


 短剣をルマジロの首に突き立てると、ルマジロは断末魔を上げて塵になる。あれだけ脅威みたいに言われていたのが嘘みたいだ。もしかしたら他が強いのであってルマジロ自信はそこまで強くないのかもしれない。もしくはトドメ要員なので耐久は低いとか。


「グリフィンは?!」


 空を見上げるがグリフィンの姿は無い。羽の音も聞こえない。

 逃げたのか。そう思う私だったが、何か違和感を感じた。甘い匂いがする。周囲の景色がやや紫がかっているのを見て、不味いと思った時にはもう遅かった。


「ハイドラちゃん」


 少女の声が聞こえた瞬間、右腕に何か冷たい物がかかる感触がした。だがその次の瞬間には、焼けるような熱さが右腕を襲う。


「っ……これは……」


 毒液だ。見れば私の右腕が溶かされていた。真っ先に力が抜けて、武器は離していたので、魔剣ベイリンは無事アイテムボックスに。あのまま持っていたら溶かされていた可能性もあったのかと思うとぞっとする。


「ごきげんよう。お姉ちゃん。マイコの広場にようこそ」


 グリフィンを右肩に乗せて、ヘビ型のモンスターのナーガを首に巻いている少女がいた。背は小学校5年生くらい。何だか幼い雰囲気を感じる喋り方だ。実年齢なのかも。

 右腕は秒刻みに溶かされていってもう原型も留めていない、幸いなのは精神的ダメージほどにはHPは減っていないことだ。あくまで人体欠損がメインの毒ということなのか。


「マイコちゃん……。何でここでPKをやってるの?」

「別にPKはいけないことじゃないでしょ?」


 紫色の髪の少女は言う。まるでキノコのような水玉のマークを張り付けている髪を揺らしながら。彼女の言葉に鳥が反応する。まるで肯定している様だ。まあ私も彼女の意見には概ね賛成だけど。


「本当にテイムしてるんだね。どこで取ったの? そのスキル」

「別にどこでもいいでしょ。お姉さんだって、自分が取ったスキルについて人にベラベラ話したりはしないでしょ」

「……まあそうなんだけどさ、ちょっと世間話っていうかさ」


 うーん。不思議だ。ここで殺すと決めた敵なら結構普通に喋れる。アーサーとかヒルデとかフェルマータには未だに緊張するのにだ。

 相手の出方を窺うしかない。右手が無い以上、相手の攻撃を回避するのに武器は使えない。残った左手の短剣だけで彼女を倒さなくては。一応、装備セット2と3には大槌と大砲があるのだが、片手じゃ邪魔になるだけだし。


「……何であなたはこんな人の来にくい場所を狩場にしてるのか気になったんだよ」

「人が来にくいということは、どうしても強くなりたい人が集まりやすいんですよお姉さん。で、そうした人たちは見栄を張っていいアイテムを持ってることが多いんです」

「見栄っていうか、予防策みたいなものじゃないそれって」

「見栄ですよ。使いこなせない武器をわざわざ使おうとするのですから。ほら、これ。見てくださいよ水晶の剣ですって。お姉さんくらいの人ならともかく、森でスキル上げをするレベルの人が持つような武器じゃないですよね」

「それ、プレイヤーメイドなんだってよ。返してくれない? 私の依頼人が友達からもらったものなんだって」

「……友達。そんなものに価値があるんですか? ああ、リアルの話じゃないですよ。ゲームの話です。ほんと。そんなものに縋るから負けるんですよ」


 そんなことを良い笑顔でいう少女。ああ、この子とは絶対に相容れ居ないなと私は思った。

 確かに武器は使ってなんぼだ。現実じゃないし、ギルドホームがある訳でもないのに、飾りの武器を持ったって意味が無い。でもそれだけではないはずだ。

 大事な友人が作った武器。仮に伊織が私に何か武器を作ってプレゼントしてきたら私は使うだろうか。絶対に使う。多分、メイン武器にするだろう。


「色々と良い情報も聞かせてもらったよ。是非とも今後の参考にさせてもらうね」

「そうですね。ではまずは、森の奥には近づかない方がいいってことを覚えて帰ってくださいね……! トリカブトちゃん! 突撃……! マンチニールちゃんの仇をとって!」


 彼女が命令をするとグリフィンが猛々しい声を上げて突撃してくる。マンチニールとは恐らくあのアルマジロだろう。


「ほっ」


 私はグリフィンの攻撃を横に転がって回避する。続けざまに落ちてくる落雷も躱す。私が習得しているスキル【フラッシュステップ】が発動する。このスキルは攻撃を回避すると次の攻撃の威力が上がるというものだ。チャージは3回まで。つまり3回、回避すれば最大ダメージを叩き出せるという訳である。魔剣ベイリンが無くとも決め手はあった。


「ハイドラちゃん、アレ行くよ!」


 マイコが叫ぶと、ハイドラちゃんと言われたヘビが私に向けて口を開く。噂に聞く毒液を放つのだと思って身構えた。そんな私目掛けて背後からグリフィンがやって来た。全く抜け目のない敵だ。


「ビーチアップル!」


 ヘビが吐き出したのは毒液ではなく、シャボン玉。紫がかった禍々しい色をしている辺り、毒液で作ったシャボン玉といったところだろうか。シャボン玉はふわふわと浮かんでいる。徐々にこちらに近付いて来ているが、かなり遅いので捕まることはないだろう。


「このシャボン玉ね、爆発するんだよ」


 丁度私とマイコの間くらいにシャボン玉が来た時、グリフィンが滑空しシャボン玉に衝撃を与える。

 空気を轟かす様な音と共に、シャボン玉が割れると中に入っていた毒液や毒霧が一斉に放出される。


「うわ……ちょ、やっばぁぁぁ!!」


 周囲の木々を毒が溶かしていく。そんな異常な場所で、私の体は上手く動かなかった。初動が遅れるような、ラグだらけのゲームでもやってるような感じだ。


「う、ご……けぇぇ!!」


 気合で地面を蹴って、毒液からどうにか逃れる。爆発した毒液は地面にある窪みに貯まる。そうこうしている間にも空中にいくつも舞うシャボンがグリフィンによって割られ続けていく。毒霧が充満するごとに重くなっていく足。毒液をまともに浴びれば一瞬で戦闘不能という状況。

 絶体絶命だ。どう見ても私に勝機は無い。


「トリカブトちゃん!」


 グリフィンがこちらに向かって滑空してくる。回避が可能なスピードは私には無い。グリフィンのくちばしに上手く短剣を当てていなそうとするも、間に合わず私の体は上空へと吹き飛ばされてしまう。


「叩きつけちゃって!!」


 空中戦において人間は無力だ。重力落下しかない人間では空中で取れる手はほぼ無い。ただ風景が綺麗で視界が開けているくらいしかない。


「でも、上からじゃなきゃ出来ないことだってある!」


 私は武器セット入れ替えで大砲を装備した。空中から下に向けて大砲を放つ。


「吹き飛べ!!」


 スキルにより威力を増した砲弾の爆発は、強烈な爆風を引き起こし、周囲の環境にすら干渉する。辺りを覆っていた毒の霧が全て霧散したのだ。体の鈍重さが消える。凄い寝た朝のような清々しい気分だった。


「邪魔!」


 空中にいた私をすくい上げようと下から迫るグリフィンに踵落としを食らわせ、グリフィンを足場に私は、跳躍した。私の落下地点に毒液の泉が出来上がっていたからだ。


「ハイドラちゃん……!」

「やらせるか!」


 これ以上、ヘビには何もさせない。

 私は落下の勢いのままに短剣を振り下ろして、ヘビの首を一刀両断する。


「ああ……ハイドラちゃんまで……! 許さないんだから……!」


 マイコが懐から針を出す。それは小さいが殺傷能力はある針で。刃先に毒が塗られている武器だ。不意打ちに使うには最適なものだが、相手が悪すぎた。


「遅い!」


 マイコの腕を蹴り上げる。マイコの手から毒針が離れた。私は追撃を与えようと構えたが、マイコが戦意を失って膝から崩れるのを見て、止まった。


「……」

「……やっぱりダメなのね。ゲームでなら、無敵の自分になれると思ってたんだけどな」

「ゲームも現実だよ。いくら見た目がアバターになったって、スキルを使えたって、この体を操作するのは現実の自分なんだから」


 それだけは間違えちゃいけない。いくら強くたってこのアバターは自分では無いのだから。そこにさえ気付ければマイコだってもっと強くなれるだろう。実際に彼女のモンスターの操作技術は卓越したものがある訳だし。


「そうだよね。ゲームはゲーム。リアルはリアル。その切り分けは大切よね……!」

「?!」


 マイコがその小さな口を私に向けて開けた。何をしてくるのか。


「毒を吐く人間なんて、こっちの世界らしいじゃない?」


 彼女の口の中から紫色の液体が現れる。あの毒蛇の毒だ。食らえば死ぬ。至近距離で回避する余裕もない。


「……悪あがきを……するなぁ!」


 ノエルの高い反射神経で、私の体はほぼ自動的に動き、マイコの細い首を断ち切った。どさりと音を立てて、マイコの体が地面に倒れ伏せる。倒れた体は森の斜面を滑って、毒液の泉の中で溶かされていく。


「……一瞬同情しかけたけど、やっぱり私あの子嫌いだわ」


 何だか言い訳じみていて、どことなく私に似ている感じがしたあのキノコみたいな女の子。戦ってみて絶対に分かり合えないなということだけは分かった。 

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