第27話 釣り
「フェ、フェルマータ……久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりノエル。ちょっと見ないうちに強くなったみたいね」
「ま、まあね」
運悪く……間が悪くフェルマータと遭遇してしまった私は、そのままPKをしに行く訳にもいかなくなり、結局彼女とルミナリエの街を歩くことになってしまった。
別に彼女は嫌いではないのだが、たまに底の知れない感じがして怖い。エイルに対する恐怖とはまた違う。ぞわぞわとするような、自分がどれだけ危険な所にいるか分かっていない恐怖。
フェルマータが不満そうに頬を膨らませながら言った。
「ねえノエル。まさかと思うけどお誘いは受けてないわよね?」
「?!」
フェルマータさん。鋭すぎんよ。
この感じだとアーサーと一緒にいたことはバレてると思っていいだろう。何を言っても角が立つ。ならば黙るのが正解だ。
「黙っていたら受けたってことにするから」
「……!」
逃げ場ナシ。王手だ。チェックメイトだ。
……。しかし冷静になれ私。フェルマータとはいつか戦う約束をしたが、それを他の人としちゃいけないなんてことはないはずだ。それに私はアーサーからの誘いは受けていない。だから大丈夫だ。
「……」
私が何か言おうと口を開きかけた時、フェルマータがクスリと笑った。
「冗談よ。怒るはずないわ。あなたが誰とどうしようと、あなたの勝手だもの。ただ勇者なんかと戦って下手に自信を失われても困るって話よ。私は本気のノエルと戦いたいんだもの」
「勇者?」
「あの騎士団長サマよ」
「アーサーか。彼女、勇者なんて呼ばれてるの? ……まあイメージ通りだけど」
聖剣を持ってて、アーサーという名前で、騎士団のトップで。狙いすぎだろってくらいにアーサー王をしていらっしゃる。
勇者と呼ばれても何もおかしくは無いし、何より似合い過ぎだ。本人の明るい性格も加味してもだ。
「で、受けたの? 受けてないの?」
「受けました……」
「そう」
フェルマータは特に何も言わない。やや気まずさを感じて、私は咄嗟に思いついた話題に切り替えることにした。
「……そういえばさ、私の黒兎とかそういうのって一体誰が流してるの?」
「情報屋がいるのよ。各街に一人か二人ね。街毎にトップギルドがあって、そこが情報の元締め。で大体の情報はそこを経由して情報屋の口から出てくるものよ。あなたがこの街では有名だけどジエンマではそうではなかったのはそれが理由。ジエンマの有名プレイヤーをキルしてればまた違うのでしょうけど」
「異名なんていらないけどね……冷静になると、こっ恥ずかしいしさ」
「そこはゲームだと割り切る所よ。現実じゃないんだから、名声でもなんでも貰えるものは貰わなきゃ損というものだわ」
そういうものだろうか。名声を得たからって何があるのだというのだ。ここで得た名声はあくまでゲームの中だけのもの。外に出たら何の関係もないのに、貪欲に求める理由が私には見当たらない。フェルマータの言葉にイマイチ賛同できない私を見かねて、フェルマータは大きくため息を吐いた。
「ぐだぐだと考えすぎよノエル。もっとシンプルでいいのよ。例えばテストで一番の点を取りたいとか、クラスで一番モテたいとか、そういうのと同じなのよ。この問題は」
「そんなこと言われても……私、そういう風に思ったことはないよ」
そもそも私は一人でやっていけるようにと心構えから行動まで一貫してきたのだ。何かにおいて誰かと比較したことなんて余り無い。あったとしても、それはほぼ無意識下で行っているようなもので私に自覚は無い。
「思ったことが無いのなら、少しは思ってみる努力をしてみたらいいじゃない。どっちみちここはゲーム。気に入らなければキャラクターをデリートすればいいだけなんだし」
「……確かに。やってみないと何も変わらないよね。うん……!」
以前、ヒルデにも言われたことだ。未だに私は成長していない。だが緩やかにではあるが、前にヒルデに言われた時よりは、呑み込むのが速いように思えた。
「そうよ。何事も経験が大事。という訳で釣りに行くわよノエル」
「そうそう経験は大事だよね。……え?」
釣り?
フェルマータに連れられた私は、ルミナリエの道具屋に来た。
木造の建物の中にはいくつかの棚がある。棚には商品が置かれていて、そこから物を買う仕組みになっている。
「釣り竿……と、後何を買えばいいの?」
「餌よ」
「餌……それってあれ? ミミズとかそういうの?」
「ミミズは苦手?」
「そりゃあもちろん」
「……」
フェルマータは頷いた後、おもむろにウインドウを操作する。彼女の手にアイテムが出現するエフェクトが表れる。フェルマータの手の上にはミミズがあった。
彼女は自分の手の上で蠢くミミズを私の顔に近付けてきたので、私は本気でバックステップをした。
「……!!」
まさしく瞬間移動。縮地の再現ともいえるほどのスピードで私は店の壁に背中と頭をぶつけた。
「う……おお……」
「そんなに嫌いなの? 可愛いじゃないウネウネと」
「んなバカな!」
好きな人いるのかあのウネウネ。私は虫とかああいう小さくて動く奴の大半が嫌いだ。それは生きているとか死んでいるとか関係が無い。何故かは知らないけれど。生きている奴より死んでいる奴の方が気持ちが悪い。飛ぶたんぽぽの綿毛に生理的嫌悪感を抱いたこともあるほどだ。
「私は嫌いじゃないわよ」
「壊れてる……フェルマータの価値観がぶっ壊れてるよ……」
「ミミズ嫌いじゃないだけでそこまで言われるなんて心外だわ」
釣り竿にもいくつか種類があるが、私は一番安いやつにした。基本的にお金が無い人なのです。フェルマータは一番高いのを買っていた。なるほどね。イメージ通りだ。
「高い釣り竿だと染色も出来るんだね」
「ええ。自分好みの釣り竿にすると、モチベーションも上がるのよ。おひとついかが?」
「お金が無いです……」
「……買ってあげてもいいのよ」
「その代わりに何をされるか分からないのでやめとく」
釣り竿と餌を買った後は、ルミナリエにある水路までやって来た。フェルマータ曰くランダル平原まで行ってもいいのだが、襲われる危険性もあるので、街の中が一番安全らしい。
「リアルで釣りをしたこともないんだけど……」
「私の見よう見まねでいいわ。垂らしてればいつか魚が食いつくし、そうなったら竿を引っ張ればいいわ。ぶっちゃけほとんど運ゲーだから」
「運ゲーなんだ」
料理とかバトルとか、リアルのセンスや経験を活かすものが多い割に釣りは運げーとは。まああまりリアルにされても困る話だ。数時間もずっと釣り糸を垂らさなきゃまともに魚も釣れないのではゲームとして破綻する。
釣り竿をアイテムボックスから取り出すと、釣り竿の持ち手の辺りにいくつかのコマンドが表れる。そこで餌とかルアーとかを決めるらしい。
「……」
良かった。リアル釣りみたいに自分の手でミミズを取り付けるとかじゃなくて。私は買ってきたミミズをセットする。餌によってランクもあるらしくミミズは最低ランクだ。店でも安かったし。
「釣り竿と使う餌のランクによって、釣りやすさとか釣れる魚が変わるのよ」
「はぁ……じゃあ私じゃ、まともなの釣れないかもね」
「靴下とかなら釣れるんじゃない?」
「靴下なんてあるの?! この水路」
見た目にはとても澄んだ水路なのに……。残念がっていると早速当たりだ。
竿を持つ手がガクンと沈む。引っ張れば釣れるとフェルマータは言っていた。私は彼女の言葉に従って、竿を思いきり持ち上げた。
「おっ……釣れた! 結構楽しいかも」
「……」
ルミナリエサーモンというものが釣れた。ルミナリエの鮭だ。レア度を表す星の数は一つ。まあ最初だし、釣り竿も餌も安い物だしこんなものだろう。そう思っているとフェルマータが凄い顔でこっちを見ていた。
「な、なに……どうしたの?」
まさかサーモン釣っただけで喜んでいる私を見て笑いを堪えているのだろうか。「サーモン釣ったくらいで大喜びしてバッカじゃないの~」とか言いそうな顔をしている。ヤバい! 私の紙メンタルじゃ耐えられる気がしない。
「べ、別にいいでしょ。初めてなんだから……サーモンだって魚だし! 靴下じゃないじゃん?!」
「笑い飛ばすつもりはないわよ。ただ驚いただけ。そんな装備で、しかも釣り初めてで魚を釣り上げるなんて……」
スキルには釣り系統のものもある。私が買った釣り竿にも【漁師】というスキルがあって、このスキルのおかげで釣りが出来ている。成功率を上げるタイプの物もあるらしいが、釣り初心者の私にはもちろんスキルは無い。
「ビギナーズラックって感じなのかな」
「ノエルのラックってどのくらいなの?」
私は指で操作してステータスウインドウを出す。それを可視化状態――自分のウインドウを他人に見せられるようにしているんだよ!――にしてフェルマータに見せた。
「別に全部見せなくてもいいのよ? 先っぽだけでいいわ。先っぽだけで」
「どこの先っぽなんだ……速く見てよね。誰が来るか分からないんだし」
「……へぇやっぱりAGIは高いんだ。VIT低すぎじゃない? これじゃあ一撃で死んじゃうじゃない。で、LUKは……え……? 嘘……たっかーー?! ちょ、高すぎない?! LUKなんてせいぜい良くて20程度なのに45ってバカじゃないの?!」
「バカって、それは流石に言い過ぎでは……?」
ステータスの中でもLUKに関しては全く鍛えていない。装備やスキル習得で増減した覚えも無いし、どうすれば変わるのかも分からない。確かに平均よりは高いと思っていたが、そこまで驚くほどだったとは。いきなりサーモンを釣れたのも幸運の高さが故という訳か。幸運が何に作用するのかは全く分からなかったが、釣りで開花した幸運。
……何かで使えるかもしれない。




