第26話 謁見
アーサーに助けられた私達は、彼女をパーティに入れたままランダル平原を進み、廃墟都市ルミナリエまで帰ってくることが出来た。
最初のPKKは結果的には成功だが、実質失敗したようなものだ。最初は私一人でやるつもりだったとか、一体どの口が言えよう。敵の人数差も戦略も何も考慮していなかった。
「……」
って何を弱気になりかけているんだ私は?!
常勝なんて不可能だ。私如きでは。運よく勝ったのがただ少し続いているだけ。そう思えばあの敗北だって似たようなものだ。
実際は生きて帰っている訳で、そこまで気にする必要も無いのかもしれない。
エイルとリュドミラと別れ、アーサーと二人でとなりの騎士団のギルドホームへと向かっていた。となりの騎士団のギルドホームは城だ。騎士が集う城。
まるで中世の世界が戻ってきたかのような。そんな大きな城だ。
ルミナリエの廃墟の街並みを進んでいく。一番大きな通りを真っすぐ進む。この通りは私もよく利用する場所で、アイテムを売るお店とかそういうゲーム的に主要な店が集まる通りだ。その奥に、となりの騎士団のギルドホームはある。まるでルミナリエという国の城のようなものなのかもしれない。そうとすら思える。
「本当に大きいな……この城は」
「ボクらが頑張って建てたお城だからね」
「こんなに大きいと、中を歩くのも大変じゃないの?」
「実はこの中、ファストトラベル出来るんだ」
「ああ……」
まあそうですよね。
城に入ると、大量の鎧が私達を出迎えた。プレイヤーとかNPCとかでなく、ただのオブジェクトみたいだが、迫力はあった。何度かほかのプレイヤーとすれ違う度に挨拶された。アーサーと一緒にいるせいだろうか。
高級そうな赤い絨毯の道をビクビクとしながら歩くと、ヒルデが待機している応接室が見えた。
「あの……アーサーさんはいつまで付いて来る気なの?」
「アーサーでいいよ。面白そうだから最後まで付き合うよ」
「面白そうって……報酬は分けないからね?」
「分かってるって。ヒルデからもらった報酬をボクがもらっちゃったらマスター失格だよー」
本当にそうだろうか。
一瞬物凄く悲しそうな顔をしていたような。ギルドマスターと言えども、意外と金欠なのかもしれない。私は応接室へつながる扉を開いた。
「ノエルか」
中にはヒルデがいて、優雅にコーヒーなんか飲んでいた。私が、いや私達が死にかけていたというのに呑気なものだ。
アーサーと一緒にいる私にヒルデは驚いていたが、その辺の話や、今回の顛末についてヒルデに報告した。
「……という訳でさ。情報はもっと正確に伝えてくれなくちゃ、何度か死にかけたよ」
「それは悪いことをした。……そうだな。お前の門出を祝って今回は報酬は上乗せしておこう」
「いよしっ!」
私はほぼ反射的にガッツポーズをしていた。
「実は結構余裕だったんじゃないか……?」
訝し気に見てくるヒルデの視線は完全無視。ヒルデがウインドウを操作すると、私が受けていた依頼がクリア扱いとなり、報酬のお金やアイテムが振り込まれた。
「おー」
「聞けば三人パーティという話だからな。元から払う予定の報酬は三倍にしている。その上で上乗せ分も入れておいた」
「ヒ、ヒルデさまぁ……」
「二人を誘って買い物でも楽しんでみたらいいさ」
なんという気遣い。これが大人の女の余裕というやつなのか。私はまだ彼女の実年齢は知らないけど。だがしかしただの学生にここまでの気遣いは出来まい。だから彼女は大人だ。私がそう決めた。
「ねえヒルデ。一応ボクも戦ったんだけど」
「お前は私たちの団長だろ。ギルドの資金から出した金を横領する気か。それと何も言わずに出て行かないでくれ。他の団員が心配していた。マッ君に至っては心配のし過ぎで腹を壊して強制ログアウトだ」
「マッ君って本当にお腹弱いよねー。アイス食べたらどうなるのかな?」
「反省しろ」
「はい」
意外だ。ギルドマスターだから、ヒルデよりも立場としては強い訳で、そしておそらく実力も強い。それなのにアーサーはヒルデに窘められている。
「その鎧も予備の剣もアイテムもうちの団員が作ったものばかりだぞ。下手に死なれて流出するような事態になったらどうする」
「わかってるよー。死ななきゃいいんでしょ。ボク強いもん。ステータスだって高いし」
「カタログスペックだけでは正確な強さが測れない奴だっていることは理解してくれ……」
ヒルデが私を見ながら言った。アーサーもうんうんと頷いている。
「ノエルとは戦ってみたいんだよね」
するとアーサーがとんでもないことを言い出た。私と戦いたいだって? ルミナリエでも有数のギルドのマスターであるアーサーが。私と? 冗談にしては笑えない。
「まあそれは分からんでもないが」
「ヒルデまで?! い、いや私なんてただのモブみたいなものですので、お二人から戦ってみたいとか言われるほどの資格は無いですよ」
「……まあでもそっか。確かにノエルとは戦おうとしたら戦いにはならないよね。多分、ボクが勝っちゃうし」
アーサーはさも当然のことのように言った。ヒルデはフォローしようとしてくれたが、私もアーサーとは同じ意見だった。私は自分の得意とする戦場は理解しているつもりだ。
「戦いにならないとはどういうことだ?」
「ノエルは奇襲による一撃必殺がウリだからだよ。よーいドンで戦闘開始するような戦いには向いてないってこと。どこにいるか、いつ来るか分からないからこそ奇襲は輝くでしょ?」
「そういえば、そうだったな……残念だ。ノエルとは剣を交えてみたかったのだが……」
「ごめんなさい。私もヒルデは殺してみたいなと思ってたよ」
「面と向かって殺してみたいと言われる経験は初めてだ」
そんなこと言ったら私だって誰かに殺してみたいなんて言ったのは初めてだ。現実で言ったらまず間違いなく警察沙汰だし、そもそも私は平和主義者。誰かを害する思考なんて初めから持ち合わせていないはずなのだ。
そしてのけものにされて、いやしているつもりはないのだが、とにかくされていると感じたのだろうアーサーがたまらないとばかりに声を張り上げた。
「ノエルはボクと戦うんだよ!」
「いや、誰とも戦わないって……。勝てる見込み無いし」
「勝つか負けるかは戦ってみないと分からないよ」
「いや、私そこまでお気楽思考はしてないから」
「何かボクをバカだと言っているように聞こえた」
「言ってないよ?!」
戦うんだと言い張ってとうとう聖剣を持ち始めたアーサーをヒルデが全力で止めている隙に、私はとなりの騎士団のギルドホームから逃げ出した。何だかずっと人と一緒にいる気がする。そろそろ限界だ。一人になりたい。森でPKでもしてこようか、いやでもそれではちょっとは築いた信頼が損なわれる。色々と考えている内に疲れてきたので、とりあえずルミナリエの路地に入った。壁にもたれかかって一息つく。
「ふぅ……あれがギルドマスターとかヒルデも苦労してるんだな。にしても私と戦いたいって……本気なのかな?」
「あら、誰が誰と戦いたいって?」
聞き覚えのある甘い声が聞こえたと思い、恐る恐る声のした方を見るとそこにはフェルマータがいた。
「あぁ……」
神様。そろそろ一人にしてくれてもいいんじゃないでしょうか。




