第24話 嘆きの一撃
とてもサディスティックなイメージを与えた少女が、砂浜の熱さに驚いて顔面からこけた。
たったこれだけの事柄で、この場に数秒の時間停止に似たものが起きた。
誰も何も言えない。
彼女の配下であろう筋肉集団は元より、彼女に対してどう出るべきか掴みかねている私達もだ。
殺ってしまっていいのだろうか。彼女達との距離は大体10mほど離れているが、私のスピードなら彼女が立ち上がるより早く接近できる。
しかしあの筋肉集団が謎だ。それぞれが別々のビルドを組んでいるのか、もしくは全員が一定のテーマでビルドを組んでいるのか。謎の男が10名以上もいるのだからこの場は突撃するべきではない。
「フンッ!」
「ひっ……」
筋肉集団が唸ると同時に、それぞれが別々のポーズを取って筋肉を自慢してくる。結構凄い筋肉だと思うが、仮想の体をさも鍛え上げたかのように見せつけてくるところがよく分からなかった。一応、現実の肉体データはアバターの初期作成イメージに使われるので、完全に偽筋とは言い切れないが、彼らのリアルを知らない以上、あの見せつけて来ている筋肉を素直に称賛するのは違うのでないかと思った。
長々と何を考えてるんだ私は。
そんなことよりもだ。
「ねえ、あの子起こしてあげた方がいいのかな」
「やめておいた方がいいでしょう。彼らが起こすでしょうし」
「いや、でも……なんかポーズ取るだけでいっこうに助けようとしてないんですけど」
「……それも何かの罠かもしれない」
「えぇ……。まあ二人が言うのなら、そうなのかも」
三人中二人が助けないと言うのなら、私はそれに従うのみだ。それにやっぱり筋肉集団が怖い。出来れば接近戦はしたくない。というかあの太い首に私の短剣が入るのかという心配すらあった。
そしてこれまでわりと蚊帳の外に居た砂浜に顔面着地した女の子が言った。
「ちょ、ちょっと……誰か助けなさいよ!!」
「やっぱり助けてほしかったんだー?!」
筋肉の玉座から降りた時の優雅さはどこへやら「どっこいしょ」とか言いながら、立ち上がった彼女は一度咳払いをした後、必要以上に胸を張った。
「あれだけ地面に顔を擦りつけてアピールしてたってのに、攻撃するでも助けるでもなく無視とは、あなた達結構性格悪いのね。フン。どうせリアルでもそうなんでしょうね」
リアルでも性格が悪い。その自覚は無かったが、もしかしたらそうなのかもしれない。そう思えてしまうだけに彼女の言葉を否定する材料が私の中には無かった。
どうしたものか。何か言わねばきっとこのまま増長していく彼女のペースに飲まれてしまうだろう。
私が困りあぐねていると、我らが毒舌番長が口を開いた。
「……敵に助けを求めるのもどうかと思いますよ? 味方から助けてもらえるだけの信頼を築けていないのを棚に上げてこちらの悪口を言うのはやめてくださいね」
それはさっきまでのボディビル大会を見れば分かる通りだ。彼女が静かなのをいいことに好き勝手していた筋肉達も今は彼女を護る様に周囲に立ちふさがっている。
「そ、それは……」
エイルの言葉がぐうの音も出ない正論だったのか、女の子の目が涙に濡れ始める。
「うぐっ……うぅ……」
「ちょ、エイル?! あの子泣いちゃったよ」
「見た目は攻撃的なのに、中身は伴ってないんですね。リアルでもそうなんでしょうね」
「まさかの追い打ち?!」
エイルの変なスイッチが入ってしまったようだ。私ももう彼女には逆らえない身。この場においてエイルを止めてくれそうな人はどこにもいないのだった。
「もう怒ったんだから! アンタたちはここでアイテムを落としていけばいいのよ!」
筋肉の一人がアイテムボックスから槍を取り出すと女の子に渡す。女の子はその槍を肩の上で構えると、
「悶え苦しみなさい」
思いきり投げてきた。
槍は水平に一直線にこちらに向かって飛んでくる。速さは私の最高速度並み。目視で終える領域ではない。
「っ……!」
槍は私達の誰にも当たらなかった。それが分かったのは、かなり後ろの方から槍が着弾して岩くらい硬いものが破壊されたような音が鳴った時だった。
「……速い。エイル……今の見えた?」
「私には全く。槍が彼女の手から離れたと同時に、後ろに当たった音を聞きました」
AGIかDEXの違いなのか。私は多少なりとも槍がどう飛んでいるかなどを知ることは出来たが、エイルはそれも出来なかったらしい。多分、リュドミラもそうだろう。でも私が見えた所で、私ではあの槍を落とせない。
「あの筋肉集団が彼女に槍を渡しているようですね。リュドミラさん。彼らは任せてもいいですか?」
「任せて」
リュドミラが長銃を放つ。女の子に槍を渡そうとしていた筋肉の頭を撃ち抜く。
「なっ……私の豚を……」
驚く女の子。あの筋肉集団は彼女にとって豚の様だ。女王様と豚。SとM。主人と下僕。彼女らの関係は私が予想していたものと近かったようだ。
女の子は別の筋肉から即座に槍を受け取ると、それを私達に向けて投擲してきた。
例の如く視認不可能なレベルで飛んでくる槍。だが私はまだかろうじて見える。あの槍の軌道が。どこへ向かうのか。
「エイル……ちょい右にずれて!」
「ちょっと右ですね……そういうことなら、ブルームシールド!!」
エイルは動かずにスキルを発動させた。手をかざした彼女の前に私やリュドミラをも守り切れるほどの大きさの花弁の形の膜が現れる。高速で飛んできた槍はその膜にぶつかると、あっけなく撃ち落された。
「私の盾はレジェンダリー武器です。ただ速いだけの槍くらいは簡単に撃ち落せます」
「なんですってーー!!」
槍の投擲にたいそうな自信があったのだろう。女の子も筋肉たちも固まっている。そこをリュドミラの弾丸が襲い掛かる。
「きゃっ……」
女の子を庇うように筋肉が立ちふさがり、死んでいく。なるほど。砂浜に落下した時はともかく、戦闘となると流石の連携だ。槍を渡す係と、盾になる係が決まっていた様だ。
だけどもうネタは割れた。彼女らの核はあの女の子だ。とりあえずは彼女を殺す。今はそれだけを考えるのが一番だ。
「ノエルさん……! あら?」
「彼女はもう行ってるよ」
リュドミラが二発目の弾丸を撃ちこんだタイミングで私はもう駆け出していた。
筋肉で見えない女の子の死角から、出来るだけ音を殺して走る。途中、視界に何かのウインドウが出た。だが読んでいる余裕は無い。とりあえずYesだ。
あの筋肉の中に正面から突撃するのは難しい。女の子の視界からは外れているが、あの肉の間を通り抜けるのはほぼ不可能。ならば私がとるのは上空からの射撃だ。ちょうど新技もあることだし。
スキルの発動を検知して、右手に持つ魔剣ベイリンがまばゆい光を発して消えていく。光の渦が右手に集まる。かなり驚いた。おまけにこの光、結構うるさい。チャージが必要なスキルだということは知っていたが、それまでにこんな予備動作があるとは思わなかった。
一人の筋肉が私の存在に気付きかけたところで、私は前に出した右足に力を籠めた。
「……一気に跳んでぇ……!!」
跳び上がり、筋肉の壁を越えて、私の体は女の子の真上へと。
「ま、まぶしっ?! って……上、上上!!」
女の子が筋肉達に命令をする。筋肉達は持ち前の連携で組体操のタワーの土台のようになる。女の子はタワーの中だ。
私のいつものスタイルならもう詰みだろう。だけど、今の私には魔法攻撃スキルがある。発動スキルは魔剣ベイリンに備え付けられていたスキル。【嘆きの一撃】。
収束していく光が止まり、強烈な閃光が拡散する。
「チャージ完了……! いっけぇぇ!!」
地面に向かって落とされるは巨大な光の柱。筋肉の塔もその中の女王様も全員まとめて消し飛ばす神罰の矛。これはビームの様なものではあるが、ビームとは違う。ビームの様に見える柱は、光がとおり過ぎた余波に過ぎない。嘆きの一撃は指向性の光の衝撃波だ。
「な、なんなのよー……!!!」
「ぶひー!!」
光に貫かれた女の子と筋肉達がそれぞれ独特な断末魔を上げながら死んでいった。最後に残った光が集まり魔剣ベイリンを形作る。
地面に着地した瞬間、ガクリと膝が落ちた。
何故だろう。MPを一度に使いすぎたからかな。確かに私は今までMPを消費するスキルをまともに使った覚えはないが……。
「でも……」
嘆きの一撃なんていう程だし、威力は高いのだろうけど、ここまでとは思っていなかった。せいぜい雑魚散らし程度にしかならないと思っていた。それにMPの急な消費でここまで倦怠感があることも勘定に入れていなかった。全く我ながら後先考え無さ過ぎる。
これがゲームだからいいが、現実だったら早死にするわ。
煙が晴れていく。エイル達の姿が見えてきた。
……? なぜだろう。戦闘は終了したはずなのに、彼女らの顔から緊張の色が抜けていないように見えた。何か言っている? 私が呆けていると、視界にメッセージウインドウが現れた。リュドミラからのものだった。
『後ろを見て!』
後ろ? 後ろに何がいるって?
振り返ると、そこにはまだ残っていた筋肉がいた。
「?!」
まさか一人逃していたとは。
これはマズイ。完璧に背後を取られている。倦怠感で動きも鈍い。今から立ち上がって、筋肉の背後に回る気力はもう無い。
暗殺者は暗殺されるのが一番の弱点だ。
丸太のような腕が私の頭に振り落とされる。一秒後にやって来るであろう衝撃に、私は目を閉じてしまった。
……。
…………。
しかし想定していた衝撃はいつまで経ってもやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこには赤い髪の女騎士がいた。
「あの人数相手によく頑張ったね。ボクが来たからにはもう安心だ」




