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第19話 死の女

「きゃあああああああ!!!!」


 私は暗い洞窟の中に突然できた斜面をものすごい勢いで滑り落ちていた。周囲の風景もあまり見えない。というか落下角度が段々と90度に近くなってきている。

 時折、腕とか肩を激しくぶつけてHPが減る。今はアイテムを出す様な精神的余裕も無く、私は呆然と減り続けるHPを見ていた。

 しばらくすると、完全に地面は消えてしまった。体が落ちていく。こういう状況で使えるスキルも無い。これは流石に怖い。視界にビリビリとノイズが走る。

 強制ログアウトの懐かしい感覚があった。


「うわああああああああ!!!」


 地に足の付かないVRから、柔らかいベッドの上のリアルへ。地面素晴らしい。

 強制ログアウトしたということはあっちのノエルはそのまま落ちて死んでいるだろう。もしくはまだ絶賛落下中か。あれがどういう場所なのかは分からないが、今すぐ行ってどうにかなるものでもない。

 ちょっと休憩しよう。


「後でヒルデには色々文句を言わねば……」


 自分の部屋を出て、階段を下りる。階段を下りるとすぐそこには玄関がある。普段は私の靴しかない場所だが、今日は珍しく別の靴があった。クロケット&ジョーンズの10万くらいする革靴だ。まだ20代だというのにこんな靴を履いているのは私の兄くらいだと私は思っている。


「お兄ちゃん帰って来てたのか……」


 両親や兄が帰ってくることは本当に滅多に無い。だからこそたまに家にいたりすると結構緊張してしまうのだ。私はリビングに入ってそのままキッチンへ直行。冷蔵庫の中で冷やされている水をコップに入れて一気に飲んだ。冷たい水が温まっている体を一気に冷やす感覚。さっきまで叫んでいたので肉体的にも精神的にも乾いていた喉はすっかり潤い満足感を感じた。

 コップを流し台に置いて私はすぐに自分の部屋に帰ろうとする。リビングを出たところで、ちょうどトイレに行っていたらしい兄とぶつかりそうになった。

 

「おや、綾香じゃないか。下に来るなんて珍しい。少し話でも……」

「今忙しいから無理!」


 その兄の周囲を回る様に地面を蹴って移動し、私は階段を勢いよく駆け上った。


「しようか……って、そんなにお兄ちゃんが嫌いか。はは」


 ふと後ろを見ると悲しそうにガクリと肩を落としている兄がいた。

 兄と私の関係については特に。普通の兄妹、だと私は認識している。兄個人としてはかなり異常な人間だと思うけど。

 自分の部屋に入り、すぐにベッドに寝転び、またエンジェルダストの世界へと入った。


「……ん」


 目を覚ますと、そこは私がホームタウンに設定している廃墟都市ルミナリエではなく、どこか知らない洞窟。明かりの少ない薄暗い場所で、空気が悪い。どうやら落ちてきた場所だろう。上に真っ暗な穴がある。そしてやけに頭が暖かい。

 それもそのはず。目の前にはとんでもない美少女がいたのでした。

 青のシュシュで束ねられたルーズサイドテールの黒い髪にエメラルドの瞳。


「???????」


 こちらを見ている感じではない。私が目を覚まさないのを見てもトドメを刺していない。状況が分からない。美少女は周りを見ていて、外部への警戒はともかく下にいる私に刺される可能性は考えていないらしい。

 見ればHPは全回復している。多分、この子が回復してくれたのだろう。

 そんな相手を不意打ちしたくはない。しかしなんて声をかけよう。こんなすぐに知らない人と関わるとは思っていなかったので、全く心の準備がされていない。さっき水を飲んだのにもう喉が渇いているような気がした。


「あ……あの……」


 震える声を出すと、美少女はこっちを見た。可愛い顔だ。優しそうなそれでいて儚げな雰囲気を感じる。美少女は私を見るとほっとしたような声を出した。


「起きたんだ良かった」

「あ」


 そう言って笑顔になる彼女を見て、私は自分が膝枕をされていることにようやく気付いた。謝罪の言葉を喚き立てながら私は彼女の柔らかい太腿から離れた。


「ご、ごごごごごめんなさーい!!」

「別に大丈夫だよ」

 

 さてどうしよう。私はこのゲームの中での自発的なコミュニケーションを行ったことは無い。あったとしても殺す時や何か用がある時くらいで、こういうばったり遭遇した非好戦的なプレイヤーは初めてだった。


「え、っと私……ノエルと言います」

「私はリュドミラ。よろしくノエル」


 私の名前を聞いても特に警戒してこないとは。まあジエンマ廃坑街でもナンパされたりした訳だし、本当にルミナリエの街だけで広まっている名前なのかもしれない。もしくは分かった上での余裕だろうか。後者だった場合、少し厄介だ。肩には白い長銃がかかっているから恐らく遠距離型。いざという時は、距離を離されないように注意しなければ。


「よろしくお願いします。……ん? リュドミラ……ってロシアンスナイパーの?」


 確か昔見た映画の主人公がそんな名前だったはずだ。あれは史実を元にした話だったか。映画の内容を思い出そうとしているとリュドミラ……プレイヤーの方が言った。


「うん、そう。リュドミラ・パブリチェンコ。私が尊敬する人物」

「へえ」


 思い出した。リュドミラはロシアの軍人の名前だ。女性狙撃手で何か凄い技術の持ち主だったとか。


「尊敬ってことはそうなりたいってこと?」

「うーん。ちょっと違うかな。流石に戦争とかはしたくないし……狙撃の技術に対して尊敬してるんだ」

「ああ。なるほど……?」


 狙撃が上手くなりたいということだろうか。それで名前を付けるのは分からなくも無いが狙撃か。お祭りの屋台のヒーローになりたいのだろうか。

 とか言っているとリュドミラが頬を赤くしながら言った。


「違うよ。私、リアルではライフル射撃の競技をやっているんだ」

「射撃競技?! 凄い!」


 思わず彼女のリアルを知ってしまったが、まさかの事実に驚きが勝った。リュドミラも特に気にした様子は無さそうだった。


「そ、そうかな?!」

「凄いって!」


 私の言葉に気を良くしたのかリュドミラは肩にかけていた長銃を取った。彼女が指で指し示した方向を見るが、何も無い。【暗視】スキルを使った上で、よく目を凝らして見るとかなり遠くだがモンスターがいるのが見えた。


「……あれを見つけるなんて……視力良いんだね」

「【鷹の目】っていうスキルを取ると見られるよ。習得条件のクエスト教えようか?」

「あ、お願いします」

「うん。じゃあ後で教えるよ……よし」


 リュドミラは会話を止めると、地面にうつぶせに寝そべって伏射の姿勢になる。

 あの白い銃にスコープは無い。エンジェルダストでは弓も銃も超遠距離狙撃をするための武器では無いのだ。故にスコープは存在しない。アップデートで増えるかもだけど。

 彼女の右目の辺りに何か魔法陣のようなものが見えている。何らかのスキルが発動していて、多分それがスコープの代わりになっているのだろう。

 静かに呼吸すらも止めている。

 私から見たら止まっているように見えるが、今の彼女はかなり精密な動作と緻密な計算を行っているのだろう。

 そして無限にも近いような時間が過ぎ去った頃、引き金を引き、ドンという空気を震わすほどの音が鳴るとほぼ同タイミングで、遠くのモンスターが弾けて消滅した。


「おお……」

「ふぅ、こんな感じ……だよ」

「プロだ……美少女スナイパーだ……」

「び、美少女スナイパーなんて……」

「いやいやあの恐ろしく精密な射撃は、まさに美少女スナイパーって感じだったよ」


 自分でも何言ってるのか分からないが、とにかくすごい射撃だった。ただのゲームと言うには少し軽すぎる。彼女の射撃には彼女の矜持とかそういったものが含まれているようにも思えた。

 重くて強くて、私程度の言葉ではとてもではないが言い表してしまっていいようなものでは無かったのだ。

次回更新は少し後になるかもしれません。

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