第17話 星に誓う
フェルマータとフレンドになった次の日の夜。私は例の如く伊織と電話していた。
「……フェルマータとフレンドになったぁ?!」
伊織の声がスマホ越しに私の鼓膜を震わす。
「う、うるさいよ。ってフェルマータのこと知ってるの?」
「知ってるも何も超有名なプレイヤーじゃんか。知らないの? 【悪魔令嬢】」
「……凄いプレイヤーだとは思っていたけど、やっぱり異名があったのかフェルマータ」
私はもしかしたらとんでもない人に目を付けられたのかもしれない。どうしよう。ノエルではフェルマータに勝てないのは明白だ。可能性があるとしたら、不意打ちのみ。まあそこら辺はフェルマータも織り込み済みだろう。だからこそ彼女は私に決闘を挑まなかった訳だし。
やるなら全力で。お互いの絶好の戦場で争いたいということだろう。
しかし、どうしてこうあっちの私は血気盛んなんだろう。
「……はぁ」
「どしたん? ため息……は結構するけど、いつもと違う感じじゃん」
「私、そんなにため息するの……?」
「しょっちゅうだよ。最近は、減ってるけどね。で、どうしたんだよ。何があったんだよー、教えろよー」
「……ん。何か最近変なんだよ私。私ってほら平和主義者だったじゃない。でもさ、あの世界でノエルをやってる私は、何て言うか……暴力主義者というか、血が湧きたつというか……」
「まあ容赦のない暗殺PKしてるんだもんねぇ。仕方ないって」
「……んー」
何だか納得がいかない。二重人格なんかではないのだが。それにしても篠宮綾香をやっている私とノエルの私とでは、いざという時の容赦の無さが雲泥の差だ。
「それはさ、ある種の常識なんじゃないかな」
「常識?」
「そ。例えば現実の街中で綾香が包丁を隠し持っていたからって、誰彼構わず殺しにかからないだろ?」
「そりゃあね。捕まっちゃうし、何より本当に死んじゃうからダメだよ。それが何か関係あるの?」
「同じさ。綾香はある意味残酷に思えるくらいエンジェルダストをゲームだと思ってるってことだよ。だからあっちでは何でも出来る」
「それヤバい人じゃない?」
「PK対応ゲームなんだしそれが正解な気もするけどね……ゲーム内の常識と、現実の常識を正確に捉えているっていう感じなのかな」
「……」
エンジェルダストでは時に過激さも求められる。初心者マークを外した私はフィールドに出ればカモ同然。ソロで生き抜くためには強くならねばならない。強さとはステータスだけではない。緊急時の対応力、精神力の強さ、そうした諸々を含めた強さだ。
「まあだから綾香はそのまんまでいいってことだよ。変に気負わず楽しんじゃうくらいが丁度いいのサ」
「そっか。伊織が言うなら、そうなんだろうね」
「うん! よろしいよろしい。あ! あと来週にはあたしも始められそうだから、その時は色々と教えてねん」
「え! 本当?! 待ってる!」
伊織がとうとうゲームを返してもらえるらしい。久々に伊織と会える。会うと言ってもヴァーチャルだし、連絡も取りあっているが、それでも対面して同じ時を過ごすのは久々。
中学三年の夏の頃に私が引っ越してしまったから、実に半年ちょいぶりだ。
「本当に久しぶりなんだなー」
思わぬ朗報に声も弾む。今日は良いことがあるかもしれない。そう思いながら、私はエンジェルダストにログインした。
ログイン場所は【廃墟都市ルミナリエ】。
この前のログインではボスを倒したり、フレンドが増えたり色々あったが、最終的には一人でこの街まで帰ってきたのだ。何だかんだ居心地のいい街となっていたのかもしれない。
街にある住宅街にはギルドハウスが多数並んでいる。ギルドハウスとはギルド毎にいくつか所有できる物件で、ギルド毎に特色が変わる。例えばクラリエさん率いる【紅蓮の女主人】のギルドハウスはレストランになっていたりする。そしてヒルデがいる【となりの騎士団】のギルドハウスはお城だ。住宅街には土地代の安い区画もあるが、そうした場所は拡張の限界も近い。ほとんどの大手ギルドは広い土地を買っている。
「ギルドハウスかー。それにギルド。私も作って見たいな……」
それはささやかな願いだった。伊織を誘って、あと誰か気の合う人でも誘って、細々とギルド活動をしてみたりして。ギルドハウスをどこにするかで揉めたり、内部の部屋割りで揉めたり、方針転換で揉めたり、そういうあれやこれらに少しは期待できるようになってきたのは私の成長の表れだろうか。
「そういうことなら私と作ればいいじゃない」
突然、背後から聞こえてきた声は幻聴ではないはずだ。私は半分、ため息を吐きながら振り返ると、そこには目も眩むような美少女が。高級なビスクドールもかくやな見た目のフェルマータがいた。何か得意気な顔をしていらっしゃる。今日も今日で派手なドレスを着ている。これはオンラインゲームだから、彼女の専用衣装ではないのだろうけど、仮に私が彼女と同じ格好をしたら、コスプレ感が出てしまいそうだ。悪口ではなく、それだけ彼女のドレス姿は似合っているということだ。
「どう? 暗殺者の背後をとったわよ!」
何か付けられているなぁと何となく思っていたことは黙っておくことにした。
「おはようございます。フェルマータさん」
「おはようノエル。でも、今は夜じゃない? 挨拶ならこんばんはが正しいと思うわよ」
「まあ、そうなんですがゲーム内時間では朝じゃないですか」
「ゲーム内時間をそうやって使う人初めて見たわ」
フェルマータ曰くゲーム内時間はモンスターの出現時間とかレアドロップの鉱石を集める時以外は気にしないらしい。私もそこまで気にしたことはない。
夜の方が視界とか私の装備の色的に隠れやすいからPKしやすいというだけだ。
「今日はどこにPKしに行くつもりなの?」
「それを教えたら、私を倒しに来ますよね?」
「別にしないわよ。ノエルとはもっと絶好のタイミングで戦いたいもの」
絶好のタイミング。今はその時ではないということか。
フェルマータと本気で戦うのは、楽しみだという気持ちも、もちろんある。だけど、PKをあくまで効率のいい狩りと認識してやるのと、戦いだと思ってやるのとではモチベーションがちょっと違う。彼女からの申し出は私的に「何か違う」という感想が出るものだった。
「今日はその予定は無いです。今日は蜥蜴亭の新作スイーツを食べに行こうかと。こっちなら食べ放題ですし」
「それは良い話ね。私も一緒にいいかしら?」
「もちろん」
蜥蜴亭とは【紅蓮の女主人】のギルドハウスがある、あのレストランだ。あそこの奥の執務室でクラリエさんと会って、それから地獄の特訓の末に私は料理スキルを獲得した。あれ以来一度も行っていない。というかいつかここに何か食べに来ようかなと思いつつ、栄養にならないヴァーチャルの食事を取る気にもなれずにいたら、今に至る訳である。
今日になって行こうと思ったのはスイーツ事業を始めたらしいからだ。それまでは肉だとか魚ばかりで、甘い物というのが徹底的に不足していた。いくら食べても太らないスイーツがあるのなら、それは女の子にとってこれ以上に無いユートピアだ。そしてユートピアが現実となった。
速く着かないかなと足を進める私に、フェルマータは言った。
「今日は気分がいいから奢ってあげるわ」
「えぇ?! いいんですか……じゃなくて、流石にそれは悪いですよ」
「本音ガッツリ出てるわよあなた」
蜥蜴亭に着くと、私とフェルマータは窓際の席に座った。
前に来た時は、男性客が多かったが、今は女性だけで満席だ。そりゃみんな来るよね。そして以前まではウェイトレスがやって来て、注文をとる形式だったらしいが、今は変化していて、テーブルがタッチパネルになっていてそこで注文をとる形になっている。
「スイーツコーナー……あったこれですね」
「見た目にもこだわってるのね。流石クラリエだわ」
自然と声色が上がる私達。それもそのはず、メニューにあるスイーツはどれも可愛い見た目をしているのだから。現実だったらカロリー計算を即座に始めそうだが、ここはヴァーチャル。五感の再現がされているので、食べた物の味も匂いも食感もちゃんと分かる。
「フェルマータさんは何にします?」
「そうねー。これにしようかしら」
フェルマータが選んだのはパンケーキだった。といっても私がイメージしていたのとは違っていた。スフレパンケーキというやつらしい。フワフワでパンケーキの上には生クリームとかフルーツが所狭しと乗っている。
「美味しそう! 私もこれにしようかな」
「なら私は別のにするわ」
「……」
まさか私と同じのは嫌だと? 涙目になりそうな私を見て、フェルマータは苦笑した。
「バカね。あなたと別々のにしたら、お互いに食べさせ合って、二つ分スイーツを食べれるじゃない」
「あ、そうか。なるほど」
その発想は全く無かった。人生経験の差がここに来て表れた。
フェルマータはブッシュドノエルを頼んでいた。今はクリスマスはおろか、ハロウィンすら迎えていないというのに。
「何故にブッシュドノエル?」
「ふふ、どうしてでしょうね」
どうしてかは考えないことにした。フェルマータは楽しそうなので、特にこれ以上考える必要はない。多少察するところではあるけれど。
しばらくすると、私達のテーブルの上に、料理が現れた。随分とハイテクになったものである。内装は変わらずなのに。
スフレパンケーキをスプーンですくって一口。じゅわぁとパンケーキが舌の上で溶けるように消えていく。程よい甘みが口の中に広がる。
「んー、甘ーい!!」
最近は甘い物は控えめにしていたので、より一層美味しく感じた。スプーンが止まらない。
「こっちのブッシュドノエルも美味しいわよ?」
フェルマータがそう言ってフォークに乗せてケーキを差し出してきた。うん、これも美味しい。ここまでの物にするにはどれだけ料理スキルを強化すればいいのやら。
フェルマータは私が口を付けたフォークを見て、何やらため息を吐いていた。
「はぁ……ここまで再現はしてくれないのね……」
怖いので何も聞かないことにした。
よくよく考えれば、私は彼女と間接キスをしたということになる。自然とフェルマータの小さな口を見ていた。顔が熱くなる。
「~~~~~~」
「あら? どうしたのノエル」
「い、いえ……何でもないです……!!」
その後、私のスプーンをひったくるように奪ったフェルマータがスフレパンケーキを食べて、間接キスに動揺する私をフェルマータが笑ったりとかして、私達は蜥蜴亭を出た。外は夜になっていた。ゲーム内時間はもちろんだが、現実よりも速い。
「美味しかったー!」
「本当、あれだけ食べても体には何の影響もないのだから、VR様々よね」
「人類の進歩のすばらしさを感じますね」
「そこまで……ま、まあそうよね」
廃墟都市ルミナリエは夜になると所々ライトアップする。これが結構綺麗で、ネットには夜景職人というこのライトアップをどれだけ美しく撮れるかに挑戦しているプレイヤーもいるくらいだ。
「星も綺麗ですよね。このゲーム」
「文明が滅んだ設定……だったわよね。ちょっと皮肉よね」
「ま、まあそこは考えないことにしましょうよ」
「あの星って現実のものとは違うみたいね。ということはいずれ宇宙ステージとか出るのかしら」
「なるほど。そういう見方もあるんですね」
私が感心すると、フェルマータはこほんと咳払いした。
「失礼したわ。せっかく綺麗な星空ですもの。野暮なことは考えてはダメね」
時間が夜になってからしばらくの間は、タウンフィールドにいる人は上を向く人が多い。田舎で暮らしでもしない限り、ここまでの星空を見る機会などそうそう無いのも大きいかもしれない。
フェルマータも普通の女の子だった。甘い物が好きで、綺麗なものに感動する。理解が出来ないなんて言葉で片づけるのは簡単だ。でも、それをするから、私は人見知りが直らないのだ。相手を理解する。その上で、付き合い方を考える。
せっかくフレンドになったのだし。
私は新たな目標を頭上で輝く星々に誓った。




