第10話 無垢なる王の墓所
【無垢なる王の墓所】。
そこは古の時代。まだ神や天使がいた時代に国を治めていた人の王の墓だ。墓所の通路は基本的に一本道で、所々脇道がある程度。ダンジョンとしては迷い難そうな構成だ。
壁には王の遍歴のようなものを表した絵が刻まれているが、そこら辺はどうでもいいだろう。世界観の考察をするにも、私には材料が無い。
敵は人型のミイラ的なもの、浮いた火の玉など、心霊やアンデッド感のあるラインナップだ。ヒルデは敵とエンカウントするごとに「ひぃぃ!!」とか、「はぎゃあああ」とか叫んでいる。しかしすぐに騎士モードに戻るので、戦力外ではない。
私一人では敵への対処が間に合わなかっただろう。ヒーラーがいない分、ヒルデに攻撃しそうな奴から狙わなければいけないので、今までの戦闘とは勝手が違う。協力して戦うというのも、楽なようで大変だ。それぞれの役割を100%こなさなければいけない。
しくじればヒルデに殺される可能性だってあるのだし。
「……はぁ……はぁ……」
「ふぅ……」
周囲を取り囲んでいたミイラの群れをあらかた片付けると、私達はすぐに状況の立て直しに入った。持って来ていた回復薬でHPを回復させる。私にMPを使用するスキルは無いので、MPの心配は無い。
回復薬は実際に飲んで使用するタイプだ。味は健康的な炭酸ドリンクと同じような感じだ。ほんのり甘苦い。嫌いな味だ。
「ノエル殿」
「あの、その殿って付けてもらわなくていいですよ。ノエルで」
「そうか、すまない。つい癖でな。しかしノエルの短剣捌きは素晴らしいな。我がギルドにもそこまでの使い手は居ないぞ」
「そ、そうですか。あはは……」
正面から褒められると結構嬉しい。頬が緩む。
「でもヒルデさんのレイピアも凄いですよ。隙なんか全く見当たらない」
どうすればヒルデを殺せるか。不意打ち以外で全くビジョンが浮かばない。レイピアは突き主体の武器で、イメージだがかなり使い難そうだと思っていた。何せ適当に振るだけでは威力が出ないのだから。しかし彼女はそんなレイピアを完全に使いこなしていた。突きで的確に敵の腕や攻撃部位を破壊する戦い方は、味方ながら恐ろしい。彼女を殺すなら、まずはレイピアの射程をどうにか乗り越えなければいけなさそうだ。
私とヒルデはお互いを全く違う角度から褒め合っていた。
「ヒルデさんのその口調って……」
「ああ。これは一種のロールプレイみたいなものだよ。素の私は、お恥ずかしながらさっき見せてしまったアレだ」
「……ロールプレイ」
「【となりの騎士団】という名前からも分かる通り、我がギルドのメンバーは騎士文明に興味を持っている者が多くてな。だからこのゲームの中では皆で一個の騎士団として動こうと決めているんだ」
「へぇ……何か凄いですね」
ギルドのメンバー全員で全力でゲームを楽しむ為に行動をする。確かにそういう楽しみがギルドという集団にはあるのかもしれない。
「私も……ギルドを作ってみたい……かも……」
「? 何か言ったか?」
「あ、いいえ! 何でもないです!」
何を口走っているのか私は。
「……とりあえず先に進みましょう。結構順調ですし、向こうの広場の感じ的に、ボスですよね」
「そうだな。ノエルの攻撃力と速さ、それと私の防御力なら、数十秒は持つだろうし。もしかしたらもしかするかもしれないな」
ボスモンスターとの戦いは初めてだ。それに私は実はモンスター戦は苦手だ。プレイヤーと違ってモンスターはAIで動くので、空気感や気配で何をしてくるかが分からないから、不気味なのだ。だが守りはヒルデがいる。私は攻撃にだけ専念すればいいのだから、まだ簡単だ。
「ボスだから範囲攻撃もあるだろう。さすがに私ではそこまではマークできない。なあにタイミングよく回避すればいいだけだ。君なら得意だろう」
「……簡単に言うんですね。回避が出来ても、私が攻撃で失敗するかもしれないじゃないですか」
「ここまで一緒に来たのだから多少なりとも君のことは分かったつもりだよ。君は普段こそ確かに頼りないが、戦闘中の君はとても頼りになる。ボス戦も期待しているよ」
「……が、頑張ります……」
普段は頼りないのか。それはそうか。
だが戦闘中は頼りになると言われたのは少し嬉しい。篠宮綾香はダメでも、ノエルならば、人に頼られるということだから。
長い下り階段を下りる。
その先は開けた円形の場所で、その中央には人間より二倍くらい大きい全身鎧のモンスター。ボスモンスターだ。名前は【キングレイア】。無垢なる王が彼なのだろう。
広場に入らない限り襲ってこないらしく、そいつはただ静かに佇んでいた。あれがプレイヤーなら絶好の相手なのに。しかし人型なのは助かった。あまりに異形のモンスターだと、どこに首があるのかを探すのが大変なのだ。
「一つ先に教えておこう」
「はい」
「私は実はヘイトスキルと防御力向上スキル以外に大したものは習得していないんだ」
「じゃあ……そのレイピアの技量って」
「ああ。リアルの私の技術だ」
つまり彼女は戦闘に関してはほぼ、リアル技術だけで戦っているということになる。レイピアを現実で使うのなんてフェンシングの選手だろうか。あまり深入りするのはマナー違反なのでやめた。
「とりあえずスキルではないということですね」
「ああ。だから相手が何か物理防御系のスキルを持っていた場合、私は攻撃に全く参加できなくなる可能性もあるということだ」
「その場合は……私が」
最後まできっちり倒さなくてはならない。だがこれはあくまでお試し。実際のところは倒せなくても問題ない。気負う必要はない。
「……」
「行けるか?」
大きく深呼吸をする。敵の姿を視界の中央に捉える。狙いは首のみ。狙うは一撃必殺。もしくは二撃必殺。それ以外に価値はない。敵を倒せなければ、ノエルに意味はないのだから。
「ええ、落ち着きました。いつでも行けます」
「……。分かった。まあ二人だし、初挑戦だし、死んでも問題ないわよ。あなたはいつも通りに戦えばいいわ」
素のヒルデが出ていた。素だろうがロールプレイだろうが、この人はこういう人なのだ。人を守り、人の為に動ける騎士。偶然出会ったのがヒルデで良かったと、私は心から思えた。
「……分かりました。ありがとうございます。ヒルデさん」
「ヒルデ。呼び捨てで呼んでほしいわ。私たち、もう友達みたいなものじゃない」
「え……? ヒ、ヒルデさん……」
「ふふ……この戦闘が終わるくらいには頼むわね」
「はい……」
友達みたいなものじゃないというヒルデの言葉が私の胸中で何度もリフレインしていた。




