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第1話 エンジェルダスト

 仮想空間技術が向上し、五感をコンピュータの世界へと移す技術が出来てから、早五年。

 そのゲームは人々の期待と歓声をもってリリースされた。

 その名もangel dust-エンジェルダスト-。和訳で天使の塵。VRMMORPGであり、神や天使が滅ぼされた世界で、天使の亡骸から生まれた人間たちが生きていくという、最後まで抗わなくてはいけなさそうな王道の剣と魔法のファンタジーだ。

 タイトルにもある通り、神より天使の方が世界観的な比重が強い。どちらも何らかの神話の登場人物に当てはまりそうで、当てはまらなさそうな外見と設定だ。まあ世界観はフレーバー的なものらしいので、この際気にしない。ストーリークエストでもあれば楽しそうではあるのだが。

 舞台は結構広く、ワープを使わないで徒歩のみで移動したら踏破するのに二日かかったという。これでまだゲーム的には最初のパック。既に二三の拡張パックの存在は公開されている。

 そしてそんな舞台の中でも、最も広いタウンフィールド、廃墟都市ルミナリエの一角にある酒場に私はいた。

 廃墟都市ルミナリエ。

 廃墟と書かれているだけあって、そこは廃墟である。神や天使が元は暮らしていた街が破壊され、そこに人が定住したという経緯を経ている。街を歩けば壊れている建物を再利用しているものや、新しく建造した建物がある。

 街の中央広場にある希望の噴水というスポットにて、噴水の水を鏡代わりにしているのが私だった。


「うーん……」


 腰まで伸びた艶やかな黒髪、ぱちりと大きく開いたお目目。どう見ても可愛い。身長は156cmほどあるリアル等身に近いものの肩は狭く、胸はそこそこ、お尻は小さいと、個々のパーツはリアルとは比べ物にならない程に美しい比率だ。胸なんか多少盛られてないか疑惑すらある。

 どことなくリアルの私の面影は見えるが、かなり美化されている。急に身の丈に合わないドレスを着させられたような居心地の悪さを覚えた。

 このゲームのアバターはある程度、リアルの情報を元に作られる。性別も同じだ。そこから髪色だとか目の色だとか、その他細かな調整を加えるというのだが、私は面倒なのでその辺を全てスキップした。だから髪も目も日本人らしい黒となっている。


「まあでもこれでいくしかないよね」


 周囲を見れば見目美しい人ばかり。美化されていると言っても私は地味な方だ。それに今日が初ダイブなので、早く戦闘がしてみたいのが本音。説明書を読み込んでゲームの基礎は頭に叩き込んである。しばらくは私は初心者を表すクローバーのアイコンが付くので、外に出ても安全だし。

 このゲームPKがタウンフィールド以外では可能なので、結構ハードコアな仕様だったりする。まず平均的に守りのパラメーターが低めなのだ。高レベルな装備品を買って防御力を上げて敵の攻撃を受けるというよりも、如何にして攻撃を受け流すかが重要視されている。大盾武器に鎧装備しても防御力はそんなに上がらない。が、代わりに防御系統のスキルが付いてくるのだ。このスキルをどう使うかが大事だ。

 私はルミナリエの周囲に広がる森にて狩りを行っていた。私の武器は短剣で、【クリティカル威力上昇】のスキルを持っている。スキルは武器についているもの以外に、プレイヤーで自発的に習得するものもあり、それらは習得条件を満たした後にスキルポイントを割り振ることで習得できる。私が持っているのは背後からの攻撃がクリティカルになる【バックスタブ】と短剣の攻撃力補正を行う【暗殺技術】の二つのパッシブスキルだ。高速移動を行う【縮地】や各種魔法スキルはアクティブスキルに分類される。

 深い森だが木漏れ日があるので、イメージしていたよりは見通しがいい。真っ昼間なのが良かったのかもしれない。現実と見まごう程のCGの進化を体感しながら、森林浴を楽しんでいると、私の視界に怪物の姿が現れた。


「あれは……ゴブリンか」


 低級もいいところの雑魚モンスターの筆頭格。見た目はまさしく小鬼で緑色の皮膚に、とんがった耳、折れそうなほどに手足は細い。しかしああ見えて、手に持っている棍棒の一撃をまともに食らえばガチガチに固めていても一撃で落ちるらしいので気を付ける。

 私には防御スキルはない。攻撃を食らうということはそのまま死を意味する。だからこそ搦め手で戦う。その辺に落ちている石を拾うと視界に【石を入手しました】というウインドウが出てきた。

 入手した石を持ったまま、木の影を縫うように移動して、ゴブリンの背面に陣取る。ゴブリンとの距離は約10m程。短剣の射程は10mと無い。ゴブリンに感づかれるのをちょっとでも遅くするのが勝利の道だ。

 石を明後日の方向に投げる。投げた石はゴブリンから見て私がいる位置とは逆方向の木に当たる。高い音にゴブリンの注意がそちらに向いた瞬間、


「……!」


 私は走り出した。風を切るように走るのは何年ぶりだろうか。

 懐かしくもどこか寂しい感覚を味わいながら短剣を構える。

 私に気付いていないのかこちらを見ようともしないゴブリンのその無防備な後ろ首を短剣で刈り取るように抉ると、断末魔の叫びをあげながらゴブリンの体は光の粒子となって四散した。


「……ふぅ」


 無性に疲れた気がして額を拭う。もちろん汗など出ていなかった。

 私の視界にはゴブリンを倒したことで得たスキルポイントやら、ドロップアイテムが表示されていた。このゲームにはレベルはない。基本的にスキルでパラメータを上げていくのだ。これがハードコアと言われる所以。

 敵の攻撃を避ける対応力、敵に近づいて立ち振る舞う身体能力、咄嗟の状況でどう動くのかを決める判断力が必要となる。やりようによっては今みたいに全く気付かれないで奇襲もできるが、それだって針の穴に糸を通すような集中がいることだ。

 

「これはパーティプレイ前提ってのも納得かな」


 私も本来なら一人でこうして戦うことはなかったのだ。そもそもこのゲームを始めたのも友人からの勧めでもあった。

 私立のお嬢様学校へ進学した友人に思いを馳せる。彼女とは小学5年からの付き合いで、私の数少ないというか唯一の友人だ。向こうがどう思っているか知らないが、私は彼女に感謝している。エンジェルダストを始めたのだって、彼女と離れるのに寂しさがあったからだ。だというのに……


「ごめん! 抜き打ちテストやらかしちゃってお母さんカンカンなんだわ。だからしばらくゲーム出来ない! マジでゴメン!! エンジェルダストのやり方教えるって約束だったけど……まあ綾香ならどうにかなるよな。という訳であたしが行くまで強くなってろよ。それでレベリング助けてください……レベル制ゲームじゃなかったっけか……ははは。やべっお母さん来たから切るな。ゲーム頑張れよ!」


 と昨晩電話してきたのだ。


「ははは……。これ私一人でどうにかなるの? 無理だよね?」


 ゲームとは思えないほどに綺麗な空に、笑顔でこちらにサムズアップをする私の友人。美咲伊織の姿が見えた気がした。

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